「…はぁ」
「どうしたの、苗字さん。溜息ついて」
自分の机の上で大きめの溜息を吐いていたら、これからバレー部に向かおうとする日向くんが声を掛けてきた。
溜息…というかなんというか。
原因は先日部活にお邪魔させてもらったときに見た、日向くんと影山くんのスーパープレーの所為だ。
初めてあんな凄いプレーを目の当たりにして、驚かない方がおかしい。
いつもの日向くんの様子を知っているだけに試合中の彼の姿は、本当に別人のように格好良かった。
あれだけで記事を書こうと思ったぐらいである。
ただほんの僅かに残った理性がそれを止めた。
「日向くんと影山くんが凄かったなぁと思って」
「へへ…そう言って貰えるのは嬉しいなぁ!」
まるで子供のように無邪気な笑みで照れる日向くん。
そして思い出すようにハッとなって、私の顔を覗き込んだ。
「今日は体育館寄る?」
「うん、今日はお邪魔しようかな。新しいコーチが入ったって聞いてるし」
「コーチだけじゃないよ! 休んでいた先輩も復帰したんだ。凄いんだよ」
そんなにおめめをキラキラさせて言わなくても、なんとなくそれがとても嬉しいことは良く分かった。
なので、私は今日もいつものように日向くんと一緒に体育館へ向かう事にした。
もうそろそろ記事が一つ書けるくらいには、知識もネタもあると思うんだ。
それに最初の頃はあんまり興味がなかったけれど、バレーボール自体に物凄く興味がある。
先輩たちも優しいし、新聞部よりも先にバレー部の良さを知っていたらマネージャーをやっていたかもしれない。
……嘘、月島くんは別。
「はぁ」
「あれ、また溜息?」
脳裏に浮かんだメガネを思うと、先ほどとは違う暗い溜息が漏れた。
日向くんは不思議そうな顔で私を見ていたけれど、私は何でもない、と言って首を横に振った。
◇◇◇
「合宿に練習試合、ですか?」
「そうなの。どう? 名前ちゃんもくる?」
最初の頃よりも大分潔子先輩と打ち解けてきた。
空いた時間でマネージャーのお仕事をお手伝いさせてもらっていたら、ふと潔子先輩が今度行う予定の合宿と練習試合について教えてくれた。
GW中にこの学校で合宿をするらしい。
新しいコーチの提案の一つなんだとか。
確かに、今日体育館に入ってすぐに見かけた、少しチャラそうなコーチ。
それから、ガタイがとんでもなく良くて、ちらっと目があうと、思わずチビりそうになった…先輩。
もう一人今まで見かけなかった小さな先輩は、私を見かけるなり寄ってきて、仲良くなった。
これでチームは全員揃ったらしい。
その中で初めての練習試合を行うということで、皆の気合も十分だと。
「私も行っていいんですか?」
「勿論、宿泊はできないけれど、見学なら大丈夫だし。それに、練習試合はきっと面白いと思うよ」
ふふ、と笑みを見せた潔子先輩。
確かに前回の青葉城西との練習試合は私は存在すら知らなかったので、見学することは出来なかったけれど、
それだけで記事に出来るくらい凄い試合だったと聞いた。
だったら、今回の練習試合もきっと凄い白熱したものになるのだろう。
「是非、参加させてください! 私、何でもお手伝いしますので」
「ありがとう」
私にとってメリットしかない提案に、正直喜ばずにはいられない。
飛び跳ねる勢いでお礼を言うと、私と潔子先輩の横をタオルを持った影が一人。
「何、君。GW暇なの? 可哀想に」
飛び跳ねていた身体が、テンションが。
一気にドン底へと下がった瞬間だった。
隣を歩いていたのは、言わずもがな。
メガネの長身、月島くんだ。わざわざ嫌味を言いに私の隣まで来たに違いない。
私はキっと月島くんに鋭い視線を飛ばしながら「余計なお世話…」と恨めしく呟いた。
「ああそうだった、余計なお世話だったね。ごめんね? 暇だったのをわざわざ指摘しちゃって」
「…くっ…」
事実、GWが暇だった私には反論する余地はなかった。
厭らしく笑う月島くんに向かって奥歯をぎりぎり噛みながら睨みつけるほかなく。
それを見てまた月島くんは楽しそうに笑うのだった。
あー腹立つ。
潔子先輩はふうと息を吐いて私たちの間に入ろうとしていたけれど、武田先生に呼ばれてしまったので、軽く「ごめんね」と言い残し走って行ってしまった。
また月島くんと二人残された私は心の中で小さく舌打ちを零す。
「君、どうせ日向と影山以外興味ないんだから、来なくてもいいんじゃない?」
「失礼だよね、月島くんって」
「事実でしょ。それ以外見てないじゃない。新聞部って公平性がないんだね」
「……」
そんなこと、ない。
と、口にすることは簡単だ。
だけど、そうしなかったのは、少なからず自分の中でも月島くんの言葉通りに思っていたところがあるからだ。
月島くんに指摘されるのは凄く腹立たしいけれど。
「……そんなこと」
無理やり呟いてみたけれど、やっぱり心の中がモヤモヤする。
考えている間に笛が鳴って。
隣の月島くんがトコトコとコートの中へと戻っていく。
そのとき、手に持っていたタオルを私に投げつけるのを忘れないで。
「やっぱり嫌い」
顔面に受けたタオルを床に叩きつけながら、私は地団太を踏んだ。
◇◇◇
あっと言う間にGWに入った。
学校のある日とは違って、朝から晩までみっちり練習がある合宿。
暇な私も初日から見学させてもらうことになった。
普段の練習よりも長いせいか、先輩たちや日向くんたちの様子も普段とは少し違って見える。
それはコーチが新しく取り入れた練習も相まっているのだろうか。
バレーについて良く知らない私でも、新しいコーチの巻き起こす雰囲気が良い空気であることは分かった。
少しだけダルさの見えた前の練習とは打って変わって。
そんな彼らを見て、まるで私もバレーに参加しているような楽しさを感じていた。
「ごめんね、名前ちゃん。遅くまで引っ張っちゃって」
「いえ、大丈夫です」
潔子先輩が申し訳なさそうにそう言う。
合宿初日、練習の最後まで見ていたかったからいつもより遅く見学をしていた私が悪いのだ。
しかも最後まで残ったから、と晩御飯まで頂いてしまったし。
晩御飯のカレーを作るのをお手伝いさせてもらったけれど、とてもおいしかった。
ぽんぽん、と自分のお腹を撫でながら満腹感で眠気が私を襲う。
「帰り、送るから」
すっかり日の落ちた空を見て、潔子先輩に言われると私も黙っては居られない。
元々潔子先輩は家が近くなのだ。なのに、私の所為で夜の道を歩かせるわけにはいかない。
思わず「全然大丈夫ですから!」と声を上げた。
「…だったら、日向達に送ってもらえばいいじゃないですかね」
お風呂上がりであろう、田中先輩がタオルをブンブン回しながら呟いた。
潔子先輩も「あー」と納得の声を上げたけれど、やっぱり私には申し訳なさ過ぎて首を横に振る。
「あ、でも今日向、風呂入ってるわ」
「大丈夫です、一人で帰れますし、お風呂上りに送ってもらっちゃったら湯冷めしちゃいますし!」
「でも、ねぇ」
うーん、と頭を悩ませる田中先輩と潔子先輩。
本当に一人で帰れるのに。
そう言ってみても、二人は全く納得してくれない。果ては先生に送ってもらうか、などと話が出た時だった。
「まだ帰らないの、君」
背後から聞こえた声は、まったく望んでいなかった人物だった。
私の目の前の潔子先輩と田中先輩の顔が「おお!」と納得するような表情に変わった瞬間、私はガンと頭を殴られたような衝撃が走る。
「月島、いいところに来たなお前! 風呂入ってねーのか?」
「……ちょっと走ってただけですけど、それが何か」
「お前に重大任務だ」
ニヤリ、と笑う田中先輩をこんなに恨めしく思ったことはない。
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