「遅くなったのは自業自得だろうに、どうしてこの僕が」
「……」

どうしてこうなった。
隣でブツブツとわざと聞こえるように呟く独り言に、頭を抱えたいくらい嫌悪感を抱きながら私はトボトボと夜の下校路を歩く。
さっきまで外を走っていた、という月島くんは超ラフな格好で、私の事がなければそのままお風呂に入るつもりだったんだろうなと思う。それなのに田中先輩と潔子先輩に捕まってしまったのは、本当に申し訳ないと心の隅っこくらいには思うんだけれども、どうしてもその相手が月島くんであるというだけで、私にすれば薄れていくような気がしていた。
そりゃ、遅くなったの私が悪いけれど、あからさまに文句言いすぎじゃない?
だから苦手なんだよね、とちらりと視線を月島くんに向けると、バチっと目が合った。

「君、全然僕に対して、申し訳ないという気持ちが感じられないんだけど」
「申し訳ございませんでした」
「……」
「……」

さっきから一事が万事この通り。
勿論、会話なんて弾むはずもなく、イヤイヤついてこられているのは一目瞭然だから、楽しい雰囲気であるはずがない。
ただ隣で文句だけタラタラ言われるのは嫌なので、普段なら絶対しないけど月島くんに話しかけてみた。

「この辺でいいよ、月島くんのお風呂遅くなっちゃうし」
「僕がこのまま帰ったら、送ってないのバレバレでしょ。君、バカなの?」
「…バカ…」
「そんなことはどうでもいいから早く歩いて」
「くっ…」

人が折角気を使ったのに!と段々こちらもイライラしてきた。
だけどもこれでは普段の険悪な雰囲気そのものだ。
イライラを隠しつつ(多分表情から隠せていないけど)私は言おう言おうと思っていた事を口にすることにする。

「…月島くんの言った通りだった」
「何」
「あの、ほら、日向くんと影山くんしか見てないって、言ってたじゃない?」
「それが何?」

もう私の前では当たり前だが、不機嫌さを隠すこともない。
日向くんの名前を出しただけで月島くんの目が鋭くなった気がした。
一瞬怯んだけれど、私は負けじと言葉を続けた。


「私、全然見えてなかった」


口にするのも恥ずかしい。
結局は私の中のバレー部というのは、日向くんと影山くんのスーパープレーだけで。
その横で同じようにプレーをしている先輩たちの事は、全然目に入っていなかったのだ。
勿論、部員を支える潔子さん達も。

月島くんがこちらに視線を向けた。

「月島くんに言われたときは、そんなことないって思う気持ちが大きかったけれど、言葉の意味をよく考えてみたらその通りだった。先輩たちのトスやサーブだって、日向くんたちに負けないくらい凄いものなのに」
「先輩たち、だけ?」
「……つ、月島くんも…多分、凄い、と思う」
「多分?」
「……とっても」

私の反応を見ても月島くんは納得いかない顔で鼻を鳴らす。

悔しいけれど。
私は新聞部として、本当に最低だった。
バレー部は、個人ではないのだ。決して、日向くんと影山くんだけではない。
二人が活躍しているのは勿論だけど、その二人を支える先輩たちもまた、コートの中と外に存在している。
それを、私は分かっていなかった。

「確かに日向くんたちは記事にすれば映えると思う、けど」

歩いていた足を止めた。
私が止めて、二歩ほど前を歩いていた月島くんも止まる。


「それは、私の書きたいバレー部じゃない」


何日も何日も、バレー部にお邪魔させてもらって、それは身をもって実感した。
私は、この素敵なバレー部を皆に知って欲しいんだ。
うちの学校の、技術だけじゃなくて精神的にも強い、バレー部を。

「ふーん」

人が真剣な顔で胸の内を曝け出したというのに、月島くんは本当に興味がないらしい。
止めていた足もすぐに私を置いてすたすたと前を進んでいく。
あまりの事に一瞬ポカンとしてしまったけれど、一寸置いて頭に血が上っていくのを感じた。
月島くんから遅れる事3秒。
私はプンプンと頬を膨らまして、その後ろをついていく。

本当、何を考えているのか分からない人だ、とやる気のない背中を見つめてそう思った。

それからは特に話すことも無くて、二人無言で歩いていく。
気が付けばバス停の前に到着したので「ここでいいよ」と言ったけれど、時刻表を睨んだ月島くんがそれを華麗に無視をする。
置いてあるベンチに我先にと腰を下ろして足を組む。
それを横で見ていたら「座れば?」とぶっきらぼうに言われたので、月島くんから人二人分横に腰を掛けた。

「露骨」
「な、何が」

問いかけても月島くんは返事を返してくれない。
もう無視されるのもいい加減慣れてきた。はあ、と小さく溜息を吐いて、私は自分のスマホと時刻表の文字とにらめっこをする。
あと10分くらいすればバスが来るはずだ。
……あと10分の辛抱だ、頑張れ私。
心の中で自分を応援しながら、バスが来るのを今か今かと待つ。


◇◇◇


『私、全然見えてなかった』

以前、僕が特に考えないで口にしたことを、本気で悔やむように隣の女子は呟いた。
嫌味のつもりだった。お互い仲良くする気はないから、毒の一つや二つ吐いたところで、何ともないけれど、彼女は違ったらしい。
まるでそれが謝罪のように聞こえた。
こう素直に謝られるのは何だかそれはそれでムカつくから、反応もしなかった。

ただ、思ってた以上にバカ素直だとは思うけど。

よっぽど僕に傍にいて欲しくないようで、何度も「もう大丈夫だよ」と言って僕を帰らそうとする。
僕だってさっさと帰って風呂に入りたいけれど、まるで言う事を聞いたみたいに思われても嫌だから、意地でも待つことにした。
案の定居心地が悪そうにスマホを睨みつけている。
ざまぁ、と思ったけれど口にするのはやめて、ほくそ笑んだ。

どうせ、日向しか見えてない。
最初から分かっていた。
僕の事を苦手だと、嫌いだと言うくらいなのに、反論してくる様は本気で怒っている。
最初の怯えた表情とは違ったその顔からもっと歪んだものがみたい、と思ってしまうくらいには興味はあった。
僕に怒る女子は珍しいから。

今だって僕が嫌いなくせに、本当は嫌で嫌でたまらないけれど、我慢してベンチにちょこんと座っている。
……面白くないんだよね。
日向の前ではもっと素直な表情を見せるくせに、僕の前ではこうだ。
あの日向がころころと表情を変えさせているのだと思うと、やっぱり腹が立つ。

ふと、思った。
組んでいた足を下ろし、ジロリと視線の合わない隣の女子を頭上から見た。
一向に目線が合わない。
嫌いすぎでしょ。
……面白くない。


「名前」


だから、こそ。
機嫌の悪い顔以外も見てみたかった。
そう例えば、嫌いな人から急に名前を呼ばれて、目をかっ開いて驚く、バカみたいに情けない顔、とか。

「…え?」
「名前だったよね、確か」
「そ、そうだけど…何で?」
「……嫌がらせ」
「は?」

ぴくり、と瞼の上が痙攣した。
その時、バスのライトが僕たちを照らし、あっと言う間に真横に停車した。
それを見て僕はすくっと腰を上げ「じゃ、僕は帰るから」と振り返りもせず来た道を戻っていく。
きっとバスにも乗らずに訳が分からないという顔で、その場に突っ立っている事は簡単に予想がついた。

いい気味だ。