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兼ねてより好いていた女性に交際を申し込んだ結果、反応はどうあれ結果的には付き合うことになった。
その日は身体の奥底から湧き出る喜びを押さえることが出来ず、彼女を抱きしめてその場で回ってしまうほどだった。
寝ていたはずの冨岡まで起きてきて、最初は呆れたような顔をしていたが、どこか嬉しそうしていた。
彼女が、俺の名を呼んでくれたから、俺も勢いで「名前」と呼んでみたが、すぐに

「それは許可してない」

と真顔で言われてしまい、上昇していたテンションも一気に底まで落ちた。

それからは、何通かメッセージを送れば、たまに返信がくるようになり、少しずつ距離が縮まっているのを感じた。
他愛もない内容だ。
「今日はデスクの花が咲いた」とか「好きなものは何だ?」とか。
全部に返事が来るわけではなかったが、絵文字の一つもない可愛げのない返信が、俺の心を灯してくれた。
ああ、これが愛しいという気持ちか。

今まで付き合った女性はいた。
が、ここまで心が燃えるような恋愛はしたことがあっただろうか。
彼女の事を考えているだけで、同じ景色でも違って見える。
街中の旅行の広告を目にして、真っ先に思うのは「彼女と一緒ならば」という邪念。
何をしていても、何を見ていても脳裏に浮かぶ彼女の姿。
交際すれば落ち着くかと思ったが、むしろ悪化しているような気がする。
だが、それを止める術を俺は知らない。知りたくもない。

彼女が、俺の事を見ていなくとも。

そうだ。
彼女は、俺を好いて交際をOKしてくれた訳ではない。
俺が執拗に迫ったから、渋々OKしたにすぎないのだ。
別にそれでも問題はなかった。
彼女が誰を想っていようと、俺と繋がってくれているだけで、俺は満足だ。
彼女の事を考えるだけで、俺は幸せなのだから。

そう、思っていた。


『いやよ』

交際しているのだから、どこかへ遊びに行かないか。
そう電話をした。
その話をしたかっただけではなくて、彼女の声が聴きたいと思ったからだ。
勿論簡単に承諾してくれるとは思ってはいなかったが、こうも即答されると否が応でも連れ出してみたくなった。

「俺は、君と一緒に過ごしたい」
『……っ』

電話口の先で息を飲む音が聞こえた。
最近分かったことだが、素直に俺の気持ちを伝えると彼女はほんの少し戸惑い、簡単には拒否の言葉を吐かなくなる。
打算的な気持ちだけで言葉にしているわけではないが、あわよくば彼女と少しでも長く一緒に過ごしたい。
頼む、ともう一度強く懇願すると、しばらく沈黙が続きそして「わかったわ」と呆れた声が聞こえる。

「ありがとう、好きだ!」
『わかったから、叫ばないで』

呆れつつも喜んでいるような気がするのは俺の気のせいなのか。
深くは追及できないが、俺は言質を取ったことで気合を入れて、次の日から最適なデートスポットを探すことにした。


◇◇◇


待ち合わせ同時刻。
彼女は5分前から柱に背を預け、スマホを睨みつけていた。
俺はというと、彼女が来る30分前からその場に居たが、彼女が来るまで顔を出さないで少し遠い場所から観察をしていた。
すぐにでも顔を出せばよいのに、一人の彼女をじっくりと眺めるのも良いものだと思ったからだ。
そんなことを考えていたら、彼女の前に一人の男が近づいてくる。
こちらからは何をしゃべっているのか分からないが、男が陽気に話しかけていて、彼女が表情を一切変えずに首を横に振っている。

……しまった。

バカな事をしている間に、彼女の魅力に気づいた男がちょっかいをかけている。
折角の俺とのデートだというのに、これはいただけない。
隠れていた植木からひょっこり顔を出し、俺はズンズンと彼女と男の方へ歩いていく。
男の肩から俺が歩いてくるのが見えたらしい。
彼女が俺と目が合い、そして少しだけ安心したような顔を見せた。

ドクン。

笑ってくれたわけでもないのに、それだけで心臓が鼓動する。
それだけ俺が彼女に惹かれていることだろうか。
……気を逸らした。
慌てて俺は彼女の目の前に立つ男の肩を後ろから掴み、

「俺の連れに何の用だろうか?」

と一言声を掛けた。
なるべく威圧を与えるように、声を落として。
それから、表情は変えず視線だけは男を睨むように。
振り返った男は、俺を見てぎょっとした表情を見せて「い、いえ…お連れ様でした、か」と言いながらゆっくり後退する。
俺と彼女から少し離れたら、そのままダッシュで走り去ってしまった。
少し怖がらせすぎただろうか。
まあ、後悔はしていないが。

「そんな怖い顔してるからよ」
「仕方ない。君に声を掛ける男が悪い」
「……」

俺の言葉で沈黙してしまったが、ほんのり頬が赤い気がする。
気のせいだなんて思いたくはないので、そのまま彼女に向かって右手を差し出した。

「さあ、行こうか」

彼女は差し出された手を見つめて、にっこり微笑み。

「そうね」

と言って、俺の手に触れないで俺の先を歩いて行った。

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