18

こんな大きな身体をしているのに、抱きしめている身体が僅かに震えているのが面白くて、私はくすりと笑みを零した。
決して笑っている場合ではない事くらい、愚かな私でも気づいているけれども。
それでも、目の前の大男が愛おしすぎて、私はただその胸に顔を埋めた。
ずっとずっと、会いたかった。

「あら、貴方ってこんなに可愛らしい人だったのね」

何だか私は皮肉屋にでもなったようだ。
杏寿郎を困った顔が見たくて次から次へと皮肉を零してしまう。
私を抱き締めている杏寿郎が「君はそんなことを言うような人だったか」と戸惑うように呟いた。
私も、それは感じていた。

昔の私は、杏寿郎を困らせたりはしなかった。
私を引っ張っていってくれる存在だった杏寿郎に甘えていたのは確かだけれど。

「…今世の貴方は、本当に可愛いのよ」
「可愛いと言われても、男としては全く嬉しくはないな」
「喜ばせようと思って言ってるんじゃないからいいのよ、炎柱さま」
「……名前はいつから知っていたんだ」

抱き締められた態勢のまま、杏寿郎が片手で私の後頭部を撫でる。
何を、と聞かなくてもわかる。
私がいつから前世のこと、それから杏寿郎のことを知っていたか、と尋ねているのだ。
一番最後に思い出した癖にあっさり尋ねてくるのが少しむかつくので、私は「さあ?」と茶化すように言う。

「今世の君は意地悪だ」

やっとそこで杏寿郎は身体を離した。
身体を離してくれたとはいえ、まだ私の腕を掴む様子からは、簡単には離さないようだけれど。

少し怒ったようにキリリとした眉。
それを見ても私は、愛しい感情しか湧かなかった。

「杏寿郎が”杏寿郎”であることが、夢なんじゃないかと思ってる」
「俺が幻だと?」

そっと私の頬に手を伸ばしてきた杏寿郎の手を上から重ねた。


「そんなの、もうごめんだわ」


杏寿郎の首に飛びつくと、突然のことに驚いた杏寿郎の体が後ろへ倒れた。
私は杏寿郎の胸板に耳を当てて、そのまま横になる。
杏寿郎も抵抗することなく、私を身体の上に乗せて手を回してきた。

昔々から、どれだけ夢を見てきたと思っているんだ。
今世で出会う前からずっと思い出さない日はなかった。
会いたくないと願いながらも、またこの腕に抱き締められるのを待っていた。
杏寿郎を忘れて生きることを考えればよかったけれど。

「貴方なしでは、ダメなのよ私」

天国でも地獄でも、私には居場所なんてなかった。
私の生きる場所にはきっと貴方がいなければ、無理なのよ。
今世の杏寿郎にアプローチを受けても、拒否できなかったのはきっと、深層心理でそう感じ取っていたから。

どうしてくれるの、杏寿郎。
私の半分以上、貴方でできているのよ、きっと。


「君は名前だが、やっぱり”名前”とは違うようだ」


くるくると私の髪を指に巻いて楽しそうに口角を上げる杏寿郎。
その言葉に今度は私が頬を膨らませてしまう。

「なによ、それ。昔の方がよかったとでも言いたいの?」
「まさか」

膨れた私の頬を指で潰しながら、顔をそっと近づけてくる。
大きな燃えるような瞳が私を射抜く。


「今の名前に惹かれたんだ、”俺”は」


嘘偽りのない、杏寿郎の瞳が。
息ができないくらい、強くて、愛おしくて。

そして、心からあふれ出る感情を抑える事はできなかった。



「愛してる、杏寿郎」



外から聞こえる酔っ払いの声も、車のクラクションも。
勝手にぽろぽろ零れる涙も、相変わらず杏寿郎のお腹の上で格好がつかなくても。
そんなことに構ってる余裕なんてないくらい、私は幸せだった。

私の、煉獄。

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