01


この世に生を受けてから、どれだけの時間が経ったのだろうか。
ああ、そうだ。まだ19年だと、ふとカレンダーに書かれた数字を見ながら、天井を仰いだ。
テーブルに投げ出していたスマホが僅かに振動する。
バイトに出ていたので、マナーモードにしたままだったらしい。
怠い様子で手を伸ばし、画面を確認した。メッセージが一件。それも予想された相手だったので、私はそのまま通話ボタンを押した。

「何?」
『何じゃない。お前、連絡くらい寄越せ』
「別に連絡を寄越さないといけない間柄でもないんじゃない。ねえ、冨岡」
『お前が大学を無断で休むからだ』

通話先の声は酷く面倒くさそうに、時折溜息を吐いている。
腐れ縁と言っても過言ではない、相手。冨岡は『元気そうだな』と嘘ばっかりなセリフを吐いて、さっさと通話を切った。
幼馴染、と言う関係である。この世に生を受ける前から知る相手。それが果たして幼馴染と呼べるのかは些か疑問だが。

幼いころに私の学校に転校してきた、目つきの悪い男の子。
それが冨岡だった。
だけど私は知っている。
冨岡も私を見て、一瞬で理解したらしい。

私達は、前世でも知り合いだった。
他人からすればバカみたいな話だということは重々承知だ。
それでも、私は冨岡を一目見た時に、すべてを思い出した。
自分が以前、何をして生きて、どうやって死んだかを。

今から百年以上前に私達は同僚だった。
鬼を退治する、非政府組織。鬼殺隊の、柱として。
刀を振り、血まみれになりながら戦ったあの時。
思い出したくもない思い出とともに、すべてが脳裏を掠めた。

私と冨岡だけが知る、前世の記憶。
勿論、今の家族に言ったところで信用されないことは分かっている。
むしろ病院にぶち込まれるのがオチだと分かっているので、私たちは私達以外には決して口外しなかった。

「生きていたのか」

小学校の休み時間にする会話とは、あまりにも程遠く物騒な会話だった。
それが、冨岡と最初に交わした会話だ。
前世では私は、冨岡よりも先に世を去った。
冨岡がどのように生きて死んだのか知らない私は「冨岡は幸せだったの?」と脈絡なく尋ねた。

「ああ」
「そう、それは良かった」

それを口にした瞬間、ボロボロと零れ落ちる涙。
一番最初に気づいたのは勿論、会話をしていた冨岡だったが次に隣の席の女の子が気づき、
「転校生の冨岡くんが、名前ちゃんを泣かしました!」と叫んだのは今思い出してもとても笑える話だ。

結局泣き続けて上手く説明できない幼い私に、冨岡の親が呼ばれ、転校初日から冨岡は「女の子を泣かしたやべー奴」という認識のまま卒業を迎えた。

「……あいつを探さないのか」

今世で冨岡と知り合ってから数年。
数年経過してやっと、冨岡の口から「あいつ」と呼ぶ男の話を聞いた。
それが誰の事を指すのか分かっているから、私は閉口したままじっと冨岡を見る。

「俺とお前がいるんだ、もしかしたら」
「冨岡、やめて」

言葉を遮った。
首に巻いたマフラーを無意識に握り、俯く。
その言葉の先に何を言おうとしていたのか、それがわかっているからこそ、止めた。
それは、何度も何度も、私と冨岡が出会って、前世の記憶が蘇ったあの時から、考えていた。

煉獄杏寿郎という男が、生きているかもしれないと。

かつて、鬼がいた時代。
刀を共に振った同僚、そして、私の恋人だった男だ。

私よりも先にあの世に逝ったのに、あの世で会う事は叶わなかったけれど。


「希望を抱くだけ無駄だわ。見つからなかった時の絶望なんて、考えるだけでも吐きそう」
「…諦めるのか」
「諦める、諦めないの話じゃないの。無駄なのよ」
「……」

足元の小石を蹴って、隣の冨岡に飛ばした。
小石は冨岡の脛に当たったけれど、冨岡は無反応だ。
相変わらず、変な男だ。今も昔も。

「そんな小さな希望に飛びつくほど、若くないのよ、私」
「13歳の女子が言うセリフじゃないな」
「前世と足したらアラサーだけど?」
「奇遇だな、俺もだ」

それきり、冨岡は杏寿郎の話題を出すことはなかった。
不器用だけれども優しい冨岡の気遣いに甘えて、私も口に出すことはなかった。

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