03

「任務に出る」
「ああ、そう」
「何だ、心配はしてくれないのか」
「心配よ、死ぬほど」

明日から厄介な任務に出るという杏寿郎の隣で、私は三食団子を頂きながらぽつりと呟く。
そんな私の返答に満足したのか、杏寿郎は「うむ」とどこか嬉しそうに頷いた。
つかの間の休息。少しの間だけ時間が取れたので、二人でこうして団子屋へ来てみたものの、二人で話す会話なんて物騒なものしかなくて。
それでもこうして杏寿郎と二人で過ごせる大切な時間をただぼんやりと過ごしたくはなくて、記憶に焼き付けるように必死で頭を回転させる。
もし、この時が最後になってしまったら。
私はきっと記憶にも残らない最後に後悔してしまうだろうから。

柱と言う立場上、いつ命が儚くなるか分からない。
二人ともそういう覚悟で生きている。
だからこそ、いつ何時最後となってもいいように、記憶に焼き付けていくのだ。

「大丈夫なの?」

大丈夫に決まっている。
杏寿郎のことなのだから、きっと何の問題もないはず。
そんなこと分かっているのに、毎回そう聞いてしまうのは、私が杏寿郎に何かあったら生きていけないからかもしれない。
杏寿郎は大きく笑顔で頷いて「当たり前だ!」といつもと同じように返してきた。

「数人の隊士が消えているらしい。なあに、気にするな。すぐに名前の元に帰ってくるよ」
「本当かしら。任務先で可愛い女の子を見かけて、ホイホイついて行ったりしないわよね?」
「心外だな」

団子を掴む手が杏寿郎の大きな手で包まれる。
ちゅ、と私の手にそっと唇を落としてすぐに離れていく杏寿郎の顔。
一瞬何が起こったのか分からなくて、ぽかんとしていたけれど、やっと頭が働いてボンと湯気が立つように顔に熱が籠る。

「顔が赤いぞ。熱でもあるんじゃないのか?」
「誰の所為よ!」

くすりと口の端を上げて笑う杏寿郎。
苛めっ子のような顔をしている事に気づいていないのだろうか。
店内だというのに、平気でこんな事をしてくる男だと、誰が想像できたというのか。
昔の杏寿郎と全く結びつかない。
自分の頬の熱が下がるのを待ちつつ、私は「遅くなったら承知しないわよ」と苦し紛れに呟く事しかできなかった。


◇◇◇


「あら、珍しい。どうしたの、こんな夜中に」
「用が済んだらすぐに帰る。入れろ」

昔からの馴染みとは言え、女性の家に夜中に尋ねてくるなんて、いったいどういうつもりなのか。
仮にもこの男は今、高校で教師という職業についているんじゃなかったか、と脳裏に考えながら面倒臭そうに私は、中へ誘導する。
高校教師、冨岡ははあはあ、と急いできたのだろうか荒い呼吸でリビングのソファに座り、私にも向かいに座るよう命じる。
いや、ここ私の家だし。
冨岡の命令に応じたみたいで嫌だけれど、いつもの冨岡とは全く違う雰囲気に私は文句を言う事なく腰を掛けた。

「んで、何?」
「あいつらが、いる」
「ああ、メッセージ来てたね。あいつらって?」
「あいつらだ」

冨岡との会話は基本言葉足らずなことが多い。
だけど今日はどうだろう、いつも以上に拍車がかかっている気がする。
私は眉を顰めて首を傾げた。

「誰よ?」

そう言いうと、一瞬言葉に詰まった冨岡が、苦しそうに口を開く。


「た、炭治郎や、不死川たちが」

「炭治郎…竈門、くん?」


聞き覚えのある名前に私は目を見開いた。
竈門炭治郎、それから不死川実弥。
この二人は前世で部下と同僚だった。
私が先に死んだから、彼らがその後どうなったかは知らないのだけれど。
冨岡が今世にいるのだ、彼らが居ても可笑しくはない。
そうなんだ、彼らが。
ふわっとあたたかな気持ちになり、私は「そうなの」と呟いた。その声は今にも泣きだしそうだった。

「嬉しいわね」
「それだけじゃない、アイツも」

そう言ってにこりと笑えば、冨岡も同じように笑ってくれると思ったのに。
まだ何か続きがあるようで、焦ったように言葉を紡ぎだした。


「煉獄が…っ…」


その名を聞いて、私は全身の力が抜けた。

「名前っ!」

座っていた場所から横に倒れそうになった。
それを冨岡がすぐに動いて支えてくれる。
今、この男は何と言ったか。
それを理解したいのに、頭が拒否している。
そんなはずない、だって、だって、杏寿郎は、煉獄杏寿郎という男は。

「死んだじゃない」
「この世にいる。俺とお前と同じように」
「…うそよ」

何度も冨岡は断言する。
支えてくれた腕からそっと離れて、私は深呼吸をした。
昔の呼吸法なんて忘れてしまったから、精神を落ち着かせることは出来ないが、しないよりましだ。
少しでも叫びたくなる気持ちを抑えるため必死に大きく息を吸う。

「嘘じゃない、アイツは教師だ」
「……他人の空似、とか」
「お前が一番良く知っているだろう、あの形相が二人もいればそれは煉獄家のものしかあり得ない」
「それも、そう…ね」

杏寿郎の年の離れた弟、千寿郎くんの顔がちらついた。
ああ、そうだった。杏寿郎の家はみんな同じ顔だった。
現実から逃げようとしているのか、私の脳はどうでもいい事が思い浮かぶ。
そんなことをしたって、現実は変わらないのに。

「話したの?」
「ああ」
「……その反応で分かるわ」

顔を見てすぐに話しかけたという冨岡。
だけど、その後を口にしない辺り、分かってしまった。
そうなのね、杏寿郎は確かにこの世にもいるのね、でも杏寿郎には

記憶がないのね。

ズキンと頭が痛んだ。
そもそも私と冨岡もお互いの顔を見るまで前世の記憶なんて、思い出しもしなかった。
顔を見ても思い出さないこともあるかもしれない、そう、杏寿郎はそのタイプだ。

だったら。

「わかった、ありがとう冨岡。もう遅いから帰って」
「名前っ、煉獄に、会いに行かないのか!?」
「記憶のない人にどうしろっていうのよ」
「お前の顔を見れば思い出すかもしれないだろう!」
「私にそんな一か八かの賭けをしろって言うの? 嫌よ」

嫌よ、と呟いたすぐあと。
冨岡が舌打ちをして私の両肩を掴んだ。
その必死な顔は、今世では見ることが無いと思っていたのに。
昔、その表情を見たのはいつだったか、と思いつつ私は冨岡が喋りだすのを待った。


「お前たちは、恋仲だろう」


そう言う肩を掴む手が震えている。
私はその手を優しく引き剥がしながら、ふう、と息を吐く。


「今は違うのよ」


今の杏寿郎には私が存在しないなんて、この目で見てしまったら私はきっと一生立ち直れない。

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