27. ついていきますよ


洒落にならないくらい我妻さんは疲弊していた。
何があったのか聞いても「いつの間にか周りで鬼が死んでた」とか意味のわからない事を言っていたので、自分の実力に気付いていないか、ただの馬鹿かだと思う。
我妻さんと一緒に可愛い雀が着いてきていた。鎹鴉だって。
旦那様の鴉と大きく違うけど、本人に似あうから良いんじゃないかな(あとめっちゃ可愛い)。

我妻さんの元へ日輪刀が届けられたら、晴れて任務へと旅立つという。
隊服に袖を通した我妻さんを見て素直に「かっこいい」と言うと、いつも平気で口説いて来る癖に、顔真っ赤で黙り込んでしまった。
なんか珍しいモノみたな。何かあったらこの手を使おうと心に決めた。


「我妻さーん、お客様ですよー」

庭でお花に水をやっていた私は、門からの来客にすぐに気付いた。
ひょっとこのお面?を被った彼は、深い笠を被っていたが、こちらに気付くとペコリとお辞儀をして、私に「我妻善逸さんの日輪刀をお持ちしました」と伝えてくれた。

きっと縁側で寝ているだろう我妻さんに聞こえるように言う。
そのまま私は玄関へと案内をした。

客間でお茶を出しながら、日輪刀の説明を受ける我妻さん。
これまでは旦那様がお持ちだった刀を使っていたけど、これからは我妻さんの刀になる。
普通はお茶を出したら引っ込むものだと思うけど、どうしても刀の色が変わる所が見たくて襖の近くでワクワク待機していた。

「では、一度刀を抜いてみて下さい」

ひょっとこさん(名前忘れた)にそう言われて、我妻さんが鞘から刀を抜いた。
鋼色の鋭い刀。それが見る見るうちに金色の雷が走る。
本当に色が変わった!凄い。
私のテンションは上がっていたけど、そんな雰囲気でも無かったので黙って心奥底で暴れておく。
意味深な目をした我妻さんが一度チラリとこちらを見た。

あ、あの人また私の音を聞いたな?


ひょっとこさんも帰ってしまい、チュン太郎ちゃん(我妻さんがつけた)が鳴き始めた。
旦那様の鎹鴉は人語を喋るけど、この子は喋らないんだね。

「そろそろ、か」

旦那様がふう、と息を吐きながら呟いた。
ああ、そういう事。
任務へ、行ってしまうんだ。

「ヒ、ヒエエエ!! 俺行きたくないよぉお…!」

シッシッとチュン太郎ちゃんを拒否する我妻さん。
ああ、情けない。雀に当たらないでください。


私は我妻さんの隊服を用意して、その横に新しい金色の羽織も置いておく。
藤乃さんは簡単なお握りを用意していた。
とうとう出て行ってしまうんだね。

「寂しくなりますね、善逸さん」

藤乃さんが少し目尻を下げて、我妻さんに言う。
まるで母のように慈しみ、善逸さんの背中を撫でた。
旦那様は肩を叩き「辛かった鍛錬を忘れるな」と一言。
二人の目が潤んでるのを見ると、私ももらい泣きしてしまいそうになる。

「ほら、名前さんも」
「あ、そうでした」

感傷に浸っていて自分の事をすっかり忘れていた。
藤乃さんに促されて、私は自分の部屋へと戻った。


◇◇◇


「じゃぁ、行くわ…俺。すっごく行きたくないけど」


用意に手間取っていたら、いつの間にか三人は門の外へと出ていた。
苦々しい顔をした我妻さんが暗いトーンで最後の挨拶を交わしていた。
私は小走りで三人の前に向かった。


「では、行ってきますね!」


三人がぎょっとした顔で一斉にこちらを見た。
それもそうだと思う。私の恰好はこの屋敷で着ていた着物、ではなくセーラー服なのだから。

「なっ、何…名前ちゃん!? 可愛すぎるゥゥウウウ!!」

そして噛みつくように言葉を重ねてくる我妻さん。
それから一瞬置いて、再度声を荒げた。

「って、行ってくるって、何処へ!?」
「我妻さんと一緒に決まってるじゃないですか」

ぷうと頬を膨らませてそう言うと、我妻さんは顔を真っ青にしてアワアワし始めた。
そして両手で私の肩を掴んだと思ったら、唾を飛ばして叫ぶ。

「ななな、何言ってんの!?馬鹿じゃないの!? 俺、遊びに行くんじゃないんだよ?」
「……汚い。我妻さんこそ、遊びに行くんじゃないんですから、もっとシャキッとして下さいよ」
「いやいやいや!! 何でついてくんの!?危ないって言ってんの!!」
「それくらい分かりますって。もう馬鹿だなあ」
「はああぁ!? いや、え?馬鹿とかじゃなくて……爺ちゃんも何か言ってよ!」

目を限界まで開けて私を必死で説得する我妻さん。
今更ながら、凄い形相だ。

一歩、旦那様が私たちの前に立つ。

「善逸。名前の言う事をしっかり聞くんじゃ」
「あーはいはい、って違うよね!? そう言う事を言って欲しい訳じゃないんですけどぉぉ!!」

うんうん、と頷きながら旦那様が我妻さんに言い放つ。
それを聞いて我妻さんは余計に怒ってしまったけど。


「名前さん」


そんな二人を見ていた私に、藤乃さんがすっと若葉色の羽織を渡してくれた。
羽織を見て次に藤乃さんに目をやると、藤乃さんの頬には涙が伝っていた。

「……寒くなったら、この羽織を着てくださいね」

この時代に来て初めて、藤乃さんと出会った時の事がフラッシュバックした。
ダメだ、私も限界みたい。
決壊した涙腺は止めどなく雫を流出させた。
藤乃さんが羽織ごと私を抱きしめた。

「ふ、藤乃さぁん…」
「名前さんは、私の大切な妹ですから。善逸さんが嫌になったら、ここへ帰ってくるのですよ」
「は、はい…ごめんなさい、何も相談しなくて……っ」
「いいんです。……お元気で。家に帰れるよう、ここで祈っていますね」

藤乃さんが身体を離して、泣きながらにこっと微笑んだ。
大好きな藤乃さん。わたしの、お姉ちゃん。

私は肩に掛けていたカバンを下ろして、藤乃さんからもらった若葉色の羽織に袖を通す。

うん、可愛い。


まだ言い合いを続けていた旦那様に私は声を掛けた。


「旦那様、今まで有難う御座いました。大好きです」


ポゥと旦那様の顔がピンク色に染まる。
それを見て、我妻さんは「はぁああ!?」とまた叫んだ。

まだ言い足りなさげに、口を開きかけた我妻さんの手を掴んで私は走り出した。


「お二人とも、お元気で! 行ってきます!」
「まだ話はついてないんだけど!!ねえ、名前ちゃん!?」


二人に手を振って、私と我妻さんは屋敷を後にした。


◇◇◇


懐かしい道のりを二人で歩いていく。
前にここを通った時は、藤乃さんと一緒だった。
田んぼが広がるあぜ道を横目に懐かしんでいると、超仏頂面の我妻さんが顔を覗き込んでくる。

「俺、何も聞いてないんだけど。ねえ」
「あー…反対されると思って内緒にしてました」

えへへ、と頭を左手で押さえながら言うと「狙ってやってるだろ!」と我妻さんが吠えた。
意味が分からないけど、また怒らせてしまったみたいだ。

「旦那様にも反対されたんですけど、最後は応援してくれました」

あの日、旦那様に鬼の事を相談した時。
私は屋敷を出る決意をした。
家に帰る手掛かりが外にある。
そして、この二人に私の所為で危険な目にあってほしくないと心から思ったから。

「我妻さんについていけば、鬼にも遭遇するだろうし」
「……俺について来て、死ぬとは思わないの?」

不機嫌顔のままぽつりと我妻さんが呟いた。


「守ってくれるでしょ? 善逸さんが」


ふふ、と笑いかけると一瞬、吃驚した顔をして我妻さんが小さく何か言った。


「あー…ほんとズルい」


聞こえなかったから、もう一回尋ねたけど、我妻さんは教えてくれなかった。



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