半分じゃ足りない。あなたの全部が欲しい。

「これで最後にしてね」

何度もそう言われた。
任務終わりのどうしようもない昂ぶりを抑えるために、何度も他の女を部屋に連れ込んだ。
最初はほぼ作業に等しい行為だった。
そして何人目かの女を連れん込んだ時、名前にバレた。
その時言われたのが上記のセリフだった。

だが、勿論最後で済ませるはずもなかった。
楽だった。
特別な感情を持たずに身体を重ねる行為に、気楽さを覚えてしまったのだ。
他の女を抱いた後に名前に対する罪悪感で、前以上に優しく出来ていた。

「…義勇は優しくなったね」

そう言って悲しそうに微笑む名前を見て、心底不思議だった。
何が不満なのだろうか。
確かに今は他の女を抱いてはいるが、前の俺は恋人である名前に素直に慣れず、言葉足らずで泣かせた事もしばしあった。
だが今は、名前を一番に考えているし、気を遣えるようになったと自負している。
それの何が悪いのだと、本気で思っていた。

名前に見つかるたびに言われる「これで最後にしてね」という言葉。
毎回返事はしなかった。
それを分かっていて、名前は毎回同じセリフを吐いた。
何故か名前が自分から離れるはずがないと、心の底から思っていたから。
冷静に考えればそんな事、あるわけがないと分かるのに。

『これで最後にしましょう、私達』

ある日、他の女の匂いを身体に纏わせ屋敷に戻ると、家には誰もおらず代わりに小さな書置きが残されていた。
その一行だけ書かれた言葉に、最初理解が出来なかった。
なんだ、これは。
誰が書いたのかなんて、考えなくともわかるハズなのに、その時はいくら頭を回転させても声に出る事はなかった。
声に出してしまったら、本当に名前が帰ってこないような気がしていたからだ。

下記をぐちゃりと握りしめて慌てて屋敷を飛び出す。
思い当たる所を走り回り、どこにも名前が居ないことが分かると、また俺は走った。
どこに、どこにいるんだ。
何故。

何故、なんてバカなこと、むしろ当然と言えるのに。
自分以外の女の匂いを纏わせ戻ってくる恋人を、名前はどんな気持ちで見ていたのだろうか。
名前を探し回っている中、やっとその事に気づいた。
走らせていた足も、もう完全に停止していた。
名前は、本当に終わりにしたのだ。
俺との縁を。

いつの間にか頬には涙が伝っていた。
最後に泣いたのなんて全く覚えていないが、何故か涙が零れていた。
俺の手にあったものが、零れたと分かった瞬間。
取り返しのつかない事をしたと分かった瞬間、俺はやっとすべてを後悔したのだ。


見つからない名前を探す事を諦めて、屋敷へ戻った。
先程の書置きがあった部屋に戻り、服も着替えることなくその場に倒れこんだ。
名前は何を考えて何を思ってこの手紙を書いたのだろうか。
きっと涙を流し、苦しみ、俺を恨みながら筆を執ったに違いない。
ああ、すまない。俺はどうしようもない、大馬鹿者だ。

何もない畳の上に手を伸ばすと、指先に何かが触れる。
それを手に取って手繰り寄せれば、それは名前の簪だった。
水の色の石がはめ込まれた、派手ではない飾り。
俺が名前に贈ったものだ。

簪を贈った時の名前の笑顔を思い出して、自分の胸に壊れるかと思うくらい抱きしめた。


◇◇◇


義勇が私を大切にしてくれている事なんて、手に取るように分かっていた。
だから、毎晩他の女を抱いていたのだ。
そこに感情なんてない。
任務終わりの汚い自分を見て欲しくない、とそう思っていた事も知っている。
だけど、私はそれを許す事は出来なかった。

だから屋敷を出た。

本当は書置きなんて残さないで、ひっそり消えるつもりだったのに。
書置きを見た義勇が、私を想って泣いてくれないかと少し期待したのだ。
馬鹿な女だと思う。
義勇みたいな人が私を恋人としてくれただけでも有難いのに、彼が私を想う気持ちを理解せずに自分勝手な想いを抱いた。
命の危険のある仕事なのだから、生命本能が働いて気持ちが昂るのを理解していたのに。

「……忘れてきちゃった」

屋敷を出て、街を出て、それから列車に乗って遠い所へ行くつもりだった。
なのに、列車に乗る直前に気づいた。
いつも髪に挿していた大切な簪。
義勇から恋人になって欲しい、と言われたその時にもらったものだ。
あれだけは手放すつもりなんて無かった。
だからこそ、自然と私の足は来た道を戻っていた。

きっと、屋敷につく頃には、義勇は任務へ出ているだろうから。


まさか一日も経たずにこの屋敷に戻ってくるとは。
だけどこれで本当に最後だ。
見慣れた玄関を開けて、屋敷へ入る。
玄関に乱雑に放り出された靴を見て、血の気が引いていく。
義勇が、いる。

何で…? いつもなら、もう任務に出ていても可笑しくない時間だ。
もしかして休養日だったのだろうか。
ならば、また別の日に改めよう。
私は慌ててくるりと身体を回転させて、今しがた入ってきたばかりの玄関の扉に手を掛けた。

「名前」

私の身体は屋敷の外へ出ることなく。
そのまま、強い力で引かれてしまった。

「きゃ」

突然の事に驚いて声を上げた。
私の身体は、後ろからがっしりと拘束され、強い力で抱きしめられている。
身体に痛みが走ったし、何より抱きしめている人間が誰なのか理解したので、慌てて逃げようと試みる。
が、そもそも義勇に力比べで勝てるはずもなく。
私の抵抗は無駄に終わった。
それと同時に気づいた。

私を抱きしめる義勇が震えている事に。

「……義勇?」

振り返ることは出来ないので、どんな表情をしているのかはわからない。
けれど、耳元に聞こえる嗚咽のような息。
そして、呪文のように聞こえる「行くな」という消え入りそうな声。

抵抗する気なんて、一気に削がれてしまった。

「忘れ物を取りに来ただけなの、お願い離して」
「…頼む」
「義勇」
「頼む」

私の言葉を拒否する言葉。
今にも義勇の頬を引っぱたいて、簪のことなんて諦めて屋敷を出ることはできるはずなのに。
なのに、それが出来ない。
胸の痛みがまた再発した。
自分の気持ちとの矛盾が痛みとなって私を襲う。

本当は出て行きたくなんてない。
ずっと義勇の傍に居たい。
ずっとこうして抱きしめられていたい。

「すまない、名前。俺は、やっと気づいたんだ」

耳元の懺悔を拒否することが出来ず、徐々にそれを受け入れようとする自分の気持ちに戸惑う。
やっぱり私はバカなんだ。
一言、そう言われただけでこんなにも心が温まるなんて。

ねえ、義勇。私は、私は。



半分じゃ足りない。あなたの全部が欲しい。



そう呟くと、義勇は私を抱きしめる力を更に込めて
「俺のすべてはお前のものだ」と言った。





あとがき
月見草さま、リクエストありがとうございました!
浮気者義勇なんてもうニヤニヤしまくって書かせて頂きました、楽しいこれ笑
思った以上にシリアスと化してしまったため、甘くならず申し訳御座いません(´;ω;`)
こんなものでよければお収めくださいませ!

この度はリクエストありがとうございました!

お題元「確かに恋だった」さま
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