あしたも大好き
こんなにドキドキしたことなんて、今まで無い。
……嘘。一番ドキドキしたのは、任務終わりに棘先輩に「好きです」と言った時だ。
伝えるだけで満足だったから、まさかその後に「しゃけ」と肯定されると思っていなくて、その後の事なんて全然頭になかった。
混乱する私の手を取って、その手のひらに「すき」と指で文字を書いてくれた。
ほんのり頬を染めて、私を見つめてくれるその瞳を見ていたら、これが現実なのか分からなくなって。
そのまま卒倒してしまったのも記憶に新しい。
そんなこんなで、私達は無事に世間一般で言うカップルという関係になった。
私達の態度はとても分かりやすかったようで、すぐに高専の皆にもバレてしまい、普段からイジられるようになってしまった。
そんな中、野薔薇ちゃんが「初デートはどこに行ったの?」と言った言葉で、瞼をぱちくりしてと反応せずにいたら、その場に居た全員が驚愕の表情を見せた。
「まだ行ってないの?」
「……デート」
「嘘。何してんの、あの人」
はぁ、とわざとらしい大きなため息とともに、野薔薇ちゃんが悪態を吐く。
だってだって、デートなんて、本当に頭になかったの。
二人とも付き合えたことが奇跡みたいなものだったから、その後の事は何も知らないの。
野薔薇ちゃんに指摘されて初めてデートを意識した私は、すぐに棘先輩に連絡をしようとしたけれど、先に同じく2年の先輩に突っ込まれた棘先輩からの「今度の休み、どこか行こう」というスマホのメッセージを受信して、思わずにやけてしまう。
そんな私の雰囲気を感じ取った同期の皆もまた、優しい笑みを浮かべて「良かったな」「良かったわね」と言ってくれた。
そんな事があって本日、初デートです。
同じ敷地内に住んでいるのに、ちゃんと待ち合わせ場所を設定してくれた棘先輩の気遣いが嬉しい。
待ち合わせ場所に現れた棘先輩は、一目で分かるくらい、キラキラしていて。
さすがにいつもの服は着ていないけれど、口にはマスクをして、スマホを片手に水族館の壁にもたれかかっていた。
すぐに駆け寄ろうとすると、代わる代わる知らない女の人が棘先輩に声を掛けて行き、それを首を振って拒否する姿が見えた。
棘先輩がカッコいいのは百も承知だけれど、何もそんなにモテなくてもいいのに。
初めて胸に燻る気持ちに、戸惑いながら先輩の方へ近寄っていく。
そうこうしている間に、知らない男の人まで棘先輩に声を掛け始めたので、私は大慌てで棘先輩のところまで走った。
「棘先輩!」
私が名前を呼びながら近づくと、棘先輩の前に居た男の人は、ビクリと身体を揺らして、さっさとどこかへ行ってしまった。
まさか男の人まで虜にしてしまうとは。棘先輩の魅力とは恐ろしすぎる。
「大丈夫でしたか?」
「しゃけ」
「だったらいいんですけど…」
スマホをポケットにしまって、変わらない顔で棘先輩はこくりと頷く。
本人が気づいていないのが一番問題ある。
棘先輩のことを想ってモンモンとしている私に気づかない棘先輩は、私に向かって手を差し出し「ツナツナ」と言うと、自然と私の手を掴んで、歩き始めてしまう。
て、手を繋いだの初めてだ…!
しかもこんな自然に手を繋がれると思っていなかったから、全然心の準備とかしてなかった。
私の心臓の音が手を伝って棘先輩に知られてしまうんじゃないか。
そんな事を考えてしまうくらい、私の心臓はドキドキしていた。
すたすた歩く棘先輩は、それでも私の足に合わせてゆっくり歩いてくれて。
そして、たまにスマホをいじっているかと思ったら、同時に私のスマホがメッセージを受信する。
何だろう、と思ってスマホに目をやると「今日の服、可愛いね」と書かれたメッセージ。
送信主は今まさに手を繋いでいる棘先輩だ。
私は頬に熱が籠るのを感じながら「の、野薔薇ちゃんが可愛い服を選んでくれて…!」と言うと、棘先輩の目が穏やかに細められた。
ああ、その顔好きだなぁ。
入場券を買って、水族館の中へ。
中は陽が入らないから、少しひんやりしていて気持ちい。
薄暗い中でも、壁一面のガラスの青緑色の光に目を奪われた。
色とりどりの魚たちが広大な水槽の中を、すいすいと気持ちよさそうに泳いでいる。
そんな中でも私の手はぎゅっと棘先輩と繋がったままだ。
流石に少しは慣れたけれど、周りからバカップルだと思われていないだろうか、と変な心配までしてしまう。
……別にバカップルと思われてもいいのにね、棘先輩となら。
「11時からイルカショーがあるみたいです、行きますか?」
「しゃけ。明太子、ツナ」
「じゃあ、屋外のイルカスペースまで行きますか」
棘先輩の言葉は、未だに全部は理解できない。
それでも、きっと声色とか表情とかで私に分かりやすく伝えてくれている。
先輩がそんな事をしなくても理解できるようになりたい。
繋がった手を私からぎゅっと握った。
途中のペンギンのコーナーで、ペンギンの餌やりを見学した。
可愛らしい嘴で餌を摘まむ姿に思わずときめいた。
「可愛い〜」
「……こんぶ」
すっかりペンギンに目を奪われていたら、隣で低い声が聞こえた。
可愛いですね、と同意を得ようと棘先輩の方を見ようとしたら、パク、と私の鼻先を棘先輩が齧った。
「へっ?」
視界一杯に棘先輩がいて、一瞬何が起こったか分からなかった。
すぐに棘先輩は離れて、いつのまにか下げていたマスクを指に引っかける。
「ツナツナ」
そう言いながら口をパクパクさせる様子から、先輩がペンギンの真似をしていることが分かった。
こ、ここに世界一可愛いペンギンがいる…!
一気に目の前にいたペンギンたちよりも、隣の棘先輩に意識が持っていかれてしまう。
もうドキドキが最高潮に達して、いつ死んでもおかしくない。
このまま死んじゃったら、死因は「先輩が可愛すぎる死」になる自信さえある。
カチコチに固まった身体を先輩が引いてくれて、そのままイルカショーへ。
イルカの水槽から近くもなく遠くもない場所に先輩が座らせてくれた。
きっと水に濡れない場所をリサーチしてくれていたのだろう。
そんな配慮が嬉しすぎて、私はまたときめいてしまう。
「…イルカも恋をするらしいですよ、水槽の中でデートをするんだとか」
「しゃけ〜」
「人間もイルカも恋をしたら、同じなんですね」
「…ツナ」
他愛の無い話をして、イルカショーが始まるのを待つ。
それでも私の心臓は一向に落ち着いてくれない。
だって初めてなのだ、好きな人とこんなに密着して一日を過ごすなんて。
明日槍が降ってきてもおかしくないくらいの事変だ。
近くのスピーカーから音楽が流れ始め、水槽の部隊から飼育員さんが手を振って出てくる。
途端、泳いでいたイルカたちもまた、自ら顔を出して手を振った。
「可愛い」と反射的に言うと、ぐいっと私の手が引かれた。
斜めになった私の肩を棘先輩の手が優しく包む。
こ、これは抱きしめられている…?
「と、棘先輩…?」
「おかか」
さすがに心臓が持ちそうにないから、離して欲しい、と思って顔を見たけれど、すべてを察した棘先輩から軽く拒否された。
その証拠に私の肩にある手はさらに力が籠って、離す気はないらしい。
先程よりも密着していて、私はイルカショーどころではなかった。
気が付いたらイルカショーも終わっていた。
全然記憶にないのは、棘先輩がわざと顔を近づけてきたりしていたからだ。
おかげで頭から湯気が出ているんじゃないかというくらい、私の頭は干上がっていた。
周りのお客さんたちもショーが終わって、続々と会場から出て行く。
私達も出て行こうとすると、ポケットのスマホが鳴った。
棘先輩を見ると、指でスマホを見る様に指示していたので、私は自分のスマホ画面を見つめる。
『今日はずっと俺の傍に居てくれる?』
不安そうな瞳と目が合う。
もしかしたら。
先輩はずっと不安だったのかもしれない。
私の意識が他に向くたびに、ちょっかいを掛けてきたのはそれで、普段からもあまり傍にいわられない私の事をそれだけ好いていてくれているのかも。
とっても自意識過剰な考えだけど、そう思うと何故かしっくりきた。
「今日だけじゃなくて、ずっと一緒にいます」
先輩のマスクを下ろして、そっとその唇に自分のものを重ねた。
後頭部に先輩の手が回り、私達は暫くそうして抱き合っていた。
あしたも大好き
今日だけじゃなくて、明日も、明後日も、何十年先でも。
あとがき
ユウさま、リクエストありがとうございました!
リードする棘をご所望でしたが、いかがだったでしょうか…。
水族館デートと関係ないですが、マスク姿の棘にエロさを感じる私です←
これ以上気を許したら、簡単にEROに走ってしまいそうだったので、自重します。
こんなものでよければ、お納めくださいませ〜!
この度は誠にありがとうございました。
お題元「確かに恋だった」さま