多分、これが幸せってやつだと思う
空が漆黒の闇から仄かに陽光が差そうとしていた頃。
本日の私の任務も無事に終わりを告げた。
あまり華麗ではなかったが、なんとか地面に着地すると、後ろで頸が地面へ転がる音が聞こえた。
この頸を落とすのに丸二日無駄にした。
勿論鬼がそれだけ厄介だったというのも原因の一つだが、原因の大部分を占める理由は他にある。
「これで任務も終わりだな。近くの藤の花の家紋の家にお世話になろうぜ」
私の前に刀を鞘に仕舞っていかにも「俺も鬼の頸を落とすのに苦労したぜ」というような顔で立っている男は、最近任務で一緒になった男。
今回の任務で二回目だが、正直コイツがいなければもっと早く片付けられた。
初めて一緒になった任務の時は、鬼の姿が見えると自分から真っ先に突進していくが、そもそも腕が立たないらしく、鬼に華麗に躱され、おまけに鬼の人質になってしまう始末。
面倒な事を、と思いながらやっと鬼の頸を落とすと「俺の犠牲があったから、頸を落とす事ができた」などとふざけた事を言う。
まあもう任務で会うのもこれっきりだろう、こういう奴はさっさと死ぬ。とその時は相手にもせず別れたが、まさか二回目があるとは。
鬼から逃げないのは大した度胸だが「うおー!」と言いながら正面から突っ込んでいく野郎なんて、正直鬱陶しい他ない。
これなら、善逸と仕事した方がマシだ。
自分の恋人、我妻善逸のことを考えつつ私は自分の鞘に刀を収めた。
善逸とは同期だ。最初は任務に出ると分かれば泣いて嫌がるだけでなく、そこらへんを歩く娘に求婚してくれと泣いてせがむ。
こんな情けない男だが、いざ任務に出ると雷の呼吸の使い手として凄まじい威力の技を発揮する。
残念な事に頸を落とす時は、そのほとんどが意識を失っているけれど。
そんな間抜けな男に惹かれるのに時間は掛からなかった。
私が善逸を好きだと自覚した直後から、善逸は私と目を合わすと顔を染めてどこか他人行儀で接してくるようになった。
あ、これは嫌われた。と、こっちが善逸から距離を取れば、真っ青な顔で「嫌いじゃないから、俺から離れるなよ!」と怒鳴られ。
後々聞くと、私の音を聞いて、私の善逸への気持ちを知ったらしく、意識して顔を合わせる事が出来なかったらしい。
だったら口で言ってくれればいいのに、とも思ったけれど、何だか拍子抜けてしまい私たちはなし崩しに付き合うことになった。
「…もっと早く任務が終わってるはずだったのに」
そう。
子の任務がもっと早く終わっていれば、善逸の休みと私の休みが重なって一緒に出掛けるつもりだった。
それもこれもこの役にも立たない男(名前すら聞いていない)の所為だ。
怒りを込めて溜息を吐くと、男はにやりと口角を上げて笑う。
こちらの気も知らないで、調子よく笑ってくれて余計に腹が立つ。
「歩けないなら、俺がおぶさってやろうか?」
「いえ、結構」
私が棒立ちで反応しない事で何を勘違いしたか知らないが、汚れていない隊服の背中を指さし、背中に乗れだと。
正直憎しみしか湧かない上に、歩けもしないくらいか弱い人間だと思われたことに吐き気がする。
そりゃ、アンタは元気だろうさ。私が頸を落とそうと走り回っている間にずっと鬼の術に嵌って動けなかったんだから。
さて、鬼も消えた事だし、出来るだけ早く善逸の元に戻りたい。
自分の隊服に付いた砂ぼこりをぽんぽん軽く叩いた。
鴉に任務終了の連絡を告げ、私はすたすたとその場を立ち去る。
すると、何故か私の後ろを当然の様に男が付いてくる。
数分歩いてそれでも離れない様子を確認して、私は足を止めた。
「何?」
「何って、どこ行くんだよ」
「…家に帰るんだけど」
「藤の花の家にお世話にならねーのかよ。仕方ねーな」
「……仕方ないってどういうこと。どうしてついてくるの?」
「女一人じゃ何だし、俺が家まで送って行ってやるよ」
「……」
意識もしてない相手からの、恋人のような馴れ馴れしさに不快に思わない女など存在するのだろうか。
許されるなら、考えうる罵倒の嵐をこの男にお見舞いしてやりたいくらいだ。
知り合って二回、しかも任務以外の関わり等皆無であるのにも関わらず、この男の態度は何だ…?
言葉の通じない世界の住人じゃないのかと本気で肩の力が抜けた。
「何を勘違いしているか知らないけれど、恋人が待っているから」
流石にそう言えば態度を改めるだろう、と恋人の存在を露にしたが、男はふふんとしたり顔。
背中に気味の悪い汗が伝う。
「いいからいいから」
いいから、と言われてもこちらは全く良くはない。
このまま男を軽く失神でもさせようかと思考が巡る。
そんな事をされると隊律違反となってしまうだろうか。それは困る。
とはいいつつ、止めていた足はさっさと家へ向かっていた。
今は相手にするだけ面倒だ、適当にあしらえば勝手に帰るだろう、と思った。
だが、それから一時間経っても男はずっと私の後ろへついてきた。
ついてきただけではなくて、後ろでずーっと他愛無い話をしている。
私が一度も返事をしていないのにも関わらず、永遠まるで恋人のように甘い言葉を吐いている時もある。
……面倒だ。
そろそろ家に着くという頃。
それでもまだ男は傍に居た。
いつの間にか私の隣へ陣取り、変わらず私に向かって言葉を吐き捨てている。
はっきり言わないと分からないのかと思い「迷惑だ」と言ってみても「いいからいいから」と返される。
鬼よりも気持ち悪いこの男を何とかしてほしい。
はあ、と溜息を吐いて男の話を聞き流していた時。
遠くの方から黄色い塊が走ってくるのが見えた。
それを視界に入れた途端、先程まで感じていた不快感はあっと言う間に消えてなくなってしまった。
黄色い塊は私たちの前でズシャアと止まり、乱暴に私を抱き寄せると、隣でポカン顔で固まる男を盛大に睨みきかす。
男の「な、な」という言葉になっていない声と、私を抱きしめる人の威嚇する鼻息を耳にして、何故だか安堵する。
どうやら私の帰りを待っていてくれたらしいこの人は、紛れもない私の大好きな人だった。
「アンタ誰!」
「…だ、誰って…」
まるで泥棒猫を罵る女みたいだ、と思ったけれど口には出さず、かわりにくすりと笑った。
私を抱きしめる男、善逸は狼狽える男に目を吊り上がらせて、大声を張り上げる。
「何名前と仲良く一緒に帰ってきてんの!? 帰ってくるの遅いなーと思って迎えに来てみたらこれだよ! ふざけんな!」
「いや、俺は」
「…うっせーな…俺がぎゃーぎゃー喚いている間にさっさと自分の家に帰れよ。こっちは男と二人の任務って聞いてなかったんだから、いい加減イライラしてんの」
「っ、」
途端、騒いでいた善逸の空気が変わった。
この雰囲気は知っている。以前、知らない男から告白を受けた事を黙っていた時のものと同じだ。
まずい、と考えている間に男はいつの間にか男は走り去っていた。
残されたのは身動きの取れない私と、男が居なくなった途端黙りこくっている善逸だけ。
嫌な予感が頭を過った時、善逸の低い声が耳を刺激する。
「弁明なら聞くけど?」
よっこいしょ、と抱きしめられていた私の身体を、そのまま横抱きしに、善逸はとことこと歩き始める。
その表情は悪い事を考えていそうな笑みで、この後私の身に何が起ころうとしているのか何となく分かってしまう自分が怖い。
…こうなるのも面倒っちゃ面倒なんだけど、それでも悪い気はしない。
多分、これが幸せってやつだと思う。
惚れた弱み、というのは厄介だなと善逸の腕の中で考えながら、私は瞼を閉じた。
あとがき
りおさま、リクエストありがとうございました!
モブの主張がつよつよで申し訳ないです…。
最初はもっと大人しかったはずなのに、書き直すたびに主張激しく。
勝手に嫉妬まで盛り込みましたが、いかがでしょうか(笑)
愛されヒロインちゃん、好きです。
こんな感じでよければお収めくださいませー!
この度はありがとうございました!