確かに感じられるあなたの温度
「今日は遅くなるんだろう。仕事は勿論大事だが、身体も大事にしてくれ」
「ありがとうございます、煉獄さん。では、行ってきます」
「ああ、いってらっしゃい!」
大きな目をぎょろっとさせて、柔らかそうな髪を揺らし、煉獄さんは腕を組み玄関まで見送ってくれた。
私はというとスーツを着て、これから電車に乗り仕事へ向かう。
家に一人残す煉獄さんを思うと最初は少し心配だったけど、慣れたもので今ではすっかり留守を任せている。
私の買ってきたあまりセンスがいいとは言えない服を着てくれ、慣れていないハズなのに、家の事をしようとしてくれる姿に申し訳なく思うけれど、仕方ない。
何故なら、彼は私の家から出ることが出来ないからだ。
数か月前の晩。
日付が変わるまで仕事をしていた私の家の前で、行き倒れていた人を見つけた。
その人は見慣れないけど目立つような羽織を纏って、頭からお腹から、と至る所から出血をしていた。
突然の事に血の気を失なった私は、慌てて救急車を呼ぼうとスマホを取り出すも、あまりに慌てすぎてその場の地面に叩きつけてしまい、スマホが機能しなくなった。
家に家電を引いていないため、救急車に連絡する術を持たない私は、公衆電話等に走ろうとしていたところ、倒れていた人が目を覚まし、私の腕を強く掴んだ。
目を覚ました、と言っても意識があるわけではなく、反射的に掴んだようだったけれど、とんでもない力で握られた私の腕は悲鳴を上げ、とりあえずそのガタイの大きい身体を引きずるような形で家へと運んだ。
この時ばかりは、アパートの一階に住んでいて良かったと心から思った。
家に連れ帰った私は出来る限り、傷口の手当てをし、自分のベッドを明け渡した。
金曜の晩であったことが功を奏して、土日はずっとその人の看病をしていた。
日曜の晩、その人はやっと意識を取り戻した。
「ここは、どこだ」
目覚めた彼は自分の名を煉獄杏寿郎と名乗った。
正直どこかのお屋敷の人なのかと思ったけれど、そうじゃないらしい。
家の前で倒れていたから、そのまま家に連れてきたのだと説明すると彼は、大きな目を見開いて、私の手を強く掴み「ありがとう!」と大きな声で叫んだ。
至近距離で叫ばれたことで、私の鼓膜があわや大惨事となるところだったが、私が慌てて口元に指をあてて「しー!」と言うと、理解をしてくれてすぐにトーンを下げた。
まだまだ動ける状態じゃない彼に、早く家に帰って病院に行った方がいいというと、彼はここがどこだかわからない、と言った。
簡単に住所を説明しても、あまりピンと来ていない様子だった。
逆に彼の家の住所を聞いても私もピンとこなかった。
そうして色々な事を時間を掛けすり合わせした結果、分かったことは一つ。
彼は、この時代の人間じゃないという事。
まさかと思って年号を確認したところ「大正だ」と当たり前のように言われてしまい、私は完全に沈黙した。
……実はそんな気がしていた。というのも、彼の持ち物の中に現代で持ち歩くことが許されていない刀があったからだ。
大正時代でも持ち歩いていいものだったかはさておき、少なくとも令和の人ではないことも何となく理解していた。
出立から何から何まで現代人とは違う人を目の前にしても、簡単には信じられなかったけれど。
私は混乱したけど、彼は冷静だった。
「ケッキジュツ」とかなんとかいうやつで、時代さえも超えた。
とかなんとか言っていたけど、いまいち理解できない。
とは言え、どうすれば元に戻れるのかは二人とも分からなかったので、暫く生活していくしかなかった。
そう、私の家で。
ワンルームの女子の家に。
だって彼の身分はこの時代にないのだから。
すなわち、外へ出て行けといっても生活など出来るはずもない。
最初は「婚姻前の男女が一つ屋根の下で暮らすなど」と顔を真っ赤にして首を振っていた煉獄さんだったが、
私の説得の甲斐があって、こうして今も一緒に暮らしている。
最初は何もわからなかった煉獄さんだが、生活していくにつれ、生活の仕方も分かってきたみたいで、家の事はある程度出来るようになった。
最初は何とも思っていなかったのに、あのガタイで少し不器用なところとか。
思ったことは全て口にする素直なところとか。
それでいて、私の変調にすぐ気づく優しさとか。
何故か、それが凄く心地よくて。
次第に煉獄さんに惹かれていっているのが、自分でも分かった。
煉獄さんに嫌われたくないから、口にはしないけれど、今はただこうして一緒に過ごせるだけで幸せだ。
そうして今日もまた私は煉獄さんを家に置いて、仕事へ出る。
きっといつか帰る日が来るんだろうけれど、私はその時まで全然理解していなかった。
現れたのも突然ならば、帰るときも突然であることを。
◇◇◇
煉獄さんの好きなものは、さつまいものお味噌汁。
だから仕事終わりに、スーパーに寄ってさつまいもを購入した。
きっと喜んでくれるだろう、と脳裏に前回嬉しそうに食べてくれていた顔を思い出しながら、家路につくと、煉獄さんは部屋の真ん中で神妙な顔で座っていた。
その服装は私が買ってきた微妙なセンスの服なんかじゃなくて、煉獄さんが着てきた黒い服と派手な色の羽織。
煉獄さんの横には刀が置かれていた。
自分のパンプスを脱ぐ前に、一瞬で状況を理解してしまった。
「煉獄さん!」
いつもなら脱いだパンプスは綺麗に並べて置くのに。
そんな事している余裕は一つもなかった。
私と目が合った煉獄さんは悲しそうに笑って「間に合ったな」と一言。
それが何を意味しているのか、嫌でも分かった。
「そろそろらしい」
何が、なんて聞けなかった。
聞いたら最後だと分かっていたから。
嫌だ、そんなの嫌だ。
そう言えばいいのに、言ってもどうにもならない事も分かっている。だって私は大人だから。
「名前に礼を言いたかった。俺を助けてくれて、本当に感謝する」
「煉獄さん、煉獄さん」
それなのに私はまともに言葉さえいう事が出来なくて。
スーパーで買った袋もその辺に放り投げてしまって。
ただ縋るように煉獄さんの胸に抱き着いた。
煉獄さんは拒否しなかった。
「俺はきっとあのまま死ぬところだった。だが、君が助けてくれた。だからこうして無事に帰る事が出来る」
「れん、ごくさん…っ…れん、」
「君の事は忘れない。命の恩人である君を、一生」
「ふ、っ…」
そんな事を言われても嬉しくはない。
私が望んでいたのはどれでもなかった。
ただこれからもあなたの隣に居れさえすればいいと思っていた、ただそれだけだ。
酷い女だ、煉獄さんの為と言いながら結局は私は自分の為に、煉獄さんの傍にいた。
「泣かないでくれ。君に泣かれたら、俺はどうしていいか分からない」
「…む、無理です…」
泣くなと言ってもそれは無理な話だ。
失恋と同時に好きだった人はこの世から消えてしまう。
それが分かっていて、泣くななんて煉獄さんも酷い人だ。
「煉獄さん、私、わた、し」
消えてしまうなら、伝えなければならない。
最後になろうとも。一生会えないとしても。
今この時の、私の気持ちを持って帰って欲しい、と。
恩着せがましい話であることは重々承知だ。
「わたし、煉獄さんのこと」
私が泣きながら、そう口にしたとき。
煉獄さんの悲しそうな笑みが、一瞬にしてくちゃりと崩れた。
そして、私の背中に手を回し、信じられないくらい強い力で抱きしめた。
身体が軋みそうだけど、私は抵抗しない。
私も煉獄さんの胸板に頬を寄せた。
「…諦めるつもりでいたのに」
耳元で囁かれた言葉は、どういう意味なのか。
それを尋ねる前に私と煉獄さんの身体は白い光に包まれた。
◇◇◇
「ここは、どこ?」
時間は夜。
外にいる事だけは分かったけれど、街灯も少なく、民家も少ない道の真ん中。
煉獄さんに抱きしめられたまま、私は自分の置かれた状況を理解できずにいた。
抱きしめていた煉獄さんは、辺りを見渡し、何かに気づいたように私を引き剥がして、そして
「すまない!」
その表情は顔面蒼白で。
必死に私に謝る姿は今まで見たことが無かった。
「煉獄さん? どうしたんですか」
「君を、連れてきてしまった…ここは、俺が居た時代だ」
「……煉獄さんの生きていた時代」
とんでもおかしな事を言われているのに。
なのに、私は自分が令和からタイムスリップしたことを悲観などしていなかった。
辺りを見て「なるほど、知らない場所だ」と納得してしまう自分がいる。
冷静にキョロキョロする私に、煉獄さんは必死に謝り続ける。
「今なら間に合うかもしれない! 必ず君を元の場所に帰して見せる、だから」
「煉獄さん」
「君の家族や友も、君が居なくなったら心配するだろう! 俺は、なんてことを…」
「落ち着いてください、煉獄さん」
煉獄さんが焦っていく中、やっぱり私は一人冷静だった。
「私には家族はいません。それに友達だって、もう長らく連絡も取っていないし、仕事だって辞めたいなと思っていた頃ですし」
「…しかし!」
「あ、でも折角さつまいものお味噌汁を作ろうとして買ってきたさつまいも、置いてきちゃいました。それだけが心残りですね」
「……さつまいも?」
きょとんとする煉獄さんに私は大丈夫の意味を込めて笑いかける。
「煉獄さん、私、大正時代の事何も知らないんです。だから、今度は煉獄さんが養って下さると嬉しいんですけど」
にへら、と笑う私を見て一瞬煉獄さんは身体を止めたけれど、すぐにまた私を強く抱きしめてしまった。
ぐぇ、と汚い声が出たけど、煉獄さんはお構いなしだった。
ただずっと「すまない、君を手離せなかった俺を許してくれ」とずっと呟いて。
「ずっと離さないでください、ずっと傍にいますから」
その声を安心させるため、煉獄さんの背中をぽんぽんと撫でた。
自然と私の頬は涙が伝っていた。
確かに感じられるあなたの温度
離れたところから、貴女の幸せを願うなんて、出来なかった。
そう言って私を掻き抱く貴方に、私はまた涙を零した。
あとがき
ゆりさま、リクエストありがとうございました!
これ連載してもいっかな(願望)
連載してぇ。ごめんなさい、度が過ぎました。
トリップからのトリップ。もう好きすぎて楽しく書かせて頂きました。
一話でいけるか心配でしたが、案外どうにかなりましたね(笑)
こんな感じでよければお納めください!
この度はありがとうございました。
お題元「確かに恋だった」さま