不安定で無粋でたまらなく愛しい
『今日は一人で帰るね』
怒りのまま影山にメッセージを送信した。
ものの数秒でそのメッセージが既読になったのを確認して、私はスマホの電源を落とす。
きっとこの後鬼のようにメッセージが送られてくるだろうから。
最近ガラケーからスマホに乗り換えたばかりのバカは、メッセージ即既読病を患っている。
そして意味なくメッセージやスタンプを送りたい病も併発しているので、そうなることが安易に予想された。
今日は体育館のメンテナンス日。
数少ない影山と一緒に帰れる放課後だった。
だけど、もういいや。
誰もいない教室の真ん中で、真っ暗な画面のスマホを手に私は小さく溜息を吐いた。
きっと今、外へ出ると校内探し回る影山に見つかってしまうだろうから、適当に時間を潰してからこっそり出て行こう。
今私はそうまでして影山に会いたくないのだ。
何故、と問われると顔を見たら思い出してしまうから。
何を、と問われると昼休みに体育館で練習していただろう影山、そしてバレー部マネージャーの谷地さんが一緒に居る場面を。
まあ、それだけならいつものバレー部の風景でしかないけれど、問題は影山が谷地さんを後ろから抱きしめていたことである。
偶には、影山の練習風景を見ながらお昼でも、なんて考えた自分を呪った。
その光景を見たのは本当に一瞬だったけれど、あまりに必死に谷地さんを後ろから抱きしめているのを見て、体温がマイナスまで下がったような、そんな感覚になった。
これはまさに見てはいけない場面。
ましてや、影山と付き合い始めて一か月経とうという彼女が見る場面では絶対になかったはずだ。
元々友達でいた期間は長かった。
だから付き合ってもお互いの関係はそこまで変化はなくて。
一か月経ってあった変化と言えば、バレーのない休日に一緒に過ごすくらい。
それもとても健全な付き合い。
キスすらまだ。
その時はとても大事にされているんだ、なんてバカみたいなことを本気で思っていたけれど、今思うと本命が別に居ればそりゃそうなるよね、としか。
考えれば考えるほど腹が立つ。
取り合えず昼からの授業中、筆箱に入っていた消しゴムをはさみで粉々にすることで、なんとか気持ちを押さえていたけれど、一向に晴れる気がしない。
お陰で消しゴムは跡形もなく姿を消した。
「ふざけんな」
乱暴に椅子に座り直し、机の上に突っ伏した。
少し眠ってしまおうか。
寝て起きたらきっと校内には部活のある人間しか残っていないだろうし、そのタイミングで帰れば影山にも見つかることはないだろう。
……それに今は、何も考えたくないや。
ただただ眠りたい。
そう思って瞼を閉じてみる。
これからの事を考えると気が引けるけれど、まだ一か月しか付き合ってなかったわけだし、被害が少なくて済んだと喜ぶべきだろう。
なのに、瞼の裏に浮かぶ光景は、昼間の光景だけじゃなくて、影山と一緒にバカをしたときの思いでとか。
あとは、付き合ってからの休日に一緒に過ごしていた事とか。
そんな楽しい思い出ばかりが浮かんでくる。
酷い男だ、あのバカは。
本命がいるならいるで、もっと前に言ってくれれば、こんなに好きになることはなかったのに。
抱き合っている二人を見て、それでも影山が好きだ、なんて思ってしまった自分が情けない。
不倫してしまう女性の気持ちはこんなものなんだろうか。
でも、二股されるくらいなら、自分の気持ちを偽ってでも別れる選択をする。
じゃないと、影山を好きでいる私が可哀想だ。
これからも私に思いを寄せてくれない相手をずっと好きでいるなんて。
高校生の内か、らそんな爛れた恋愛なんて経験したくない。
私はただ影山だから好きになったし、同じ気持ちだというから付き合った。
「……うそつき」
噓つきは泥棒の始まり、と先人たちは言った。
この場合、盗まれたのは私の心だろうか。
馬鹿な事を考えていたら、イイ感じで眠気がやってきた。
冷たい机を頬に感じながら、私は緩やかな眠気に抗うことなく意識を沈めていった。
◇◇◇
少しの肌寒さで目が覚めた。
瞼だけパチっと開けると、窓の外はもうすっかり日が落ちていて、廊下の電気だけが私を照らしている事が分かった。
教室の電気くらいつけておけばよかった、なんて思いながら身体を起こす。
途端、目の前に入った人物の姿に私は大きく仰け反ってしまった。
「よぉ」
唇を尖らせ、私の前の席に座る男。
紛れもない影山飛雄、その人であった。
「なっ、」
何でこんなところに、と言葉にしそうだったけれど、よくよく考えれば私は自分の教室で寝こけていたのだ。
あちこち探し回っていたらそりゃ見つかるか、とあっさり考えが及ぶ。
驚いて跳ねた心臓が鎮まるのを待って「帰らないの?」と可愛くないことを言った。
それを聞いて影山は明らかに表情をムっとさせて「帰る」と言う。
「じゃあ、どうぞ」
「お前もだよ!」
「……いや」
「は?」
ピキっと影山の額に青い筋が走ったのが見える。
あ、苛立ってる、とすぐに分かったけど、苛立っているのは私もだ。
全く引く事なく、影山を冷めた目で見つめる。
その姿に余計に影山は苛立ったようだった。
「何だよ、怒ってんのか? 俺が何かしたかよ」
本気か、この男。
人が何も知らないと思ってなんてことを吐きやがる。
思わず机の上の拳をぎりぎりと力を込めて握ってしまった。
力で敵わないのはわかってるけど、引っぱたいてやりたい。
「影山が…っ」
「俺が?」
「…好きな人がいるなら、言ってくれればよかったのに」
「あ?」
もう二本。
影山の額に筋が走る。
いや、怒りたいのは私の方。
そう思ったけど、それよりも先に影山が私の手首を掴んだ。
「正気で言ってんのか?」
すごむように睨まれて。
私はビクリと身体が反応してしまう。
本気で怒った。ビリビリと感覚でわかるくらいの、オーラ。
声が出なかった。
「誰かに何か言われたか?」
フルフルと首を横に振る。
「じゃあ、何かを見たのか?」
こくりと小さく頷く。
影山が口を閉じる。
私の言葉を待っているようだ。
先程とは打って変わって小さな小さな、声しか出なかった。
「お昼休みに、影山が…飛雄が、谷地さんと抱き合ってた」
ぽつりと零すように吐き出した。
影山の顔が見れなくて、俯いた。
事実を口にするのは、とてもつらいし、苦しい。
「……昼休み?」
影山は酷く驚いていた。
まさかそんなところ、人に見られてるとは思っていなかったのだろうか。
私だってそんなのを見てしまうとは思っていなかった。
影山の手がゆっくり動いて、スマホを操作する。
面倒な女だと思われたのかもしれない、さっさと見切りをつけられたのかも。
そんな事を考えていたら自分の手が震えている事に気づいた。
私は、怖いのかもしれない。
影山に、振られるのが。
その時を待っていた。
すると、影山は急にスマホで誰かに電話をかけ始める。
「すぐに谷地さんと一緒に来い」と言いつけ、乱暴に電話を切った。
ぽかんとその様子を見ていたら、すぐに廊下を全力ダッシュする音が聞こえて、教室に飛び込んできた。
日向が谷地さんの手を掴んで教室に入ってきた、と理解した時私はこの場から消えたくなった。
本人を目の前にして振られるのか、私は。
何でそんな事を、なんて青ざめていた。
そんな私を差し置いて、日向は顔面蒼白の顔で説明し始める。
日向の我儘で練習をしていたこと、勢い余って飛んだボールが谷地さんに激突しそうになったこと。
そして、それを庇ったのが近くに居た影山だということ。
隣にいた谷地さんも同じ顔で大きく頷いていた。
「影山の事、信じてあげて欲しい」
真剣な顔で言われて私は思わず拍子抜け。
その言葉が本当なら、私は一体何に悩んでいたのだろうか。
思わず零れた涙が一筋頬を伝って零れた時、影山が日向と谷地さんを追い出して、私の手を恐る恐る握った。
「……ごめん、なさい」
私の勘違いで影山と谷地さんには嫌な思いをさせてしまった。
精いっぱいの謝罪を影山にしていると、影山は立ち上がった。そして、私の目の前までやってくると、後頭部を掴みそのまま影山の胸の中へ。
影山の心臓の音が聞こえて、心地いい。
「影山と、ずっとこうしてみたかったの」
だから、つまらない嫉妬をした。
そう言うと、影山が小さな小さな声で呟いた。
「俺も」
ずっと我慢してた。
言われた言葉を理解すると同時に、私の顎をクイっと上に上げて、私を見る影山。
ほんのり赤づいた顔は、きっとこれからも忘れることがないだろう。
不安定で無粋でたまらなく愛しい
だって私たちはまだまだ子供なのだ。
あとがき
ちかさま、リクエストありがとうございました!
KAGEYAMA!!もう飛雄ちゃん、好き!!!!
という事で、書いているときは真顔で、胸の内は「ひゃっほぉおおお!」というアンバランスな状況で楽しめました。
影山のお話、もっと書きたいなぁ〜。
こんなもので良ければお納めくださいませ!
リクエストありがとうございました!
お題元「確かに恋だった」さま