一生、離さない
「そんなところに居ては、風邪を引いてしまうぞ」
任務の帰り。
突然降ってきた雨に、傘を持ち合わせていなかった私は、道端の既に住民が居なくなったボロ屋の縁側で腰を下ろして、ただ雨が止むのを待っていた。
隊服にしみ込んだ雨が肌に不快感を与えている。
まるで私の気分をそのまま投影したような天気に、呆れて深い溜息が漏れた。
そんな時、突然自分以外の誰かの声が聞こえて、慌てて顔を上げた。
私がやってきた方角から大きな傘を差した、大きな身体の男性。
目立つ羽織と髪色を見て、私は一瞬でその方が誰なのか理解した。
「煉獄様…!」
「様はよしてくれ。雨宿りか?」
「…は、はい」
座っていた所を飛び上がるようにお尻を上げたら、すぐに煉獄様…いや、煉獄さんは私の隣にやってきてさしていた傘を収納し始める。
煉獄杏寿郎さん、彼は私達鬼殺隊の幹部、柱と呼ばれる天に近いお方だ。
頻繁に会えるような人ではないため、私は驚きを隠せない。
そんな私をよそに煉獄さんはごそごそとどこからかハンカチを取り出して、私に差し出してくる。
「拭くといい」
「…そ、そんな恐れ多いです」
「このままでは風邪を引く。せめて濡れた髪だけでも拭うべきだ」
「で、では…お言葉に甘えて」
私は夢でもみているのか。
恐れ多いお方からハンカチを借りるなんて。
煉獄さんが隣にいなければ、自分の頬を精いっぱい抓っていたところだ。
不思議な顔をしている私に気づいたのか、煉獄さんは首を傾げた。
「どうかしたか?」
「い、いえ…」
「君の名は何という?」
「私は、苗字名前と言います」
「苗字少女か」
少女、と呼ばれてどこか恥じらいを感じてしまう。
女扱いなんてそもそも鬼殺隊に入った時から、誰からもされたことはない。
慣れない呼び名に私は苦笑いを零した。
「……無理に気張る必要はない。誰しも、最初から上手く出来たわけではないからな」
まるで私を見ていたかのような口ぶりに、私は完全に声を失った。
ハンカチで髪の水分を拭きとっている手も止まった。
煉獄さんは気にせず続けた。
「皆、君と同じ表情をする。任務で死人が出た時、上手くいかなかった時。何人も、何十人も、柱は誰よりも見てきた」
「……わ、わたし、は…」
「何も言わなくてもいい。君は、次からもっと強くなれる。この悔しさを知っているから」
そうだろう?と穏やかに微笑む煉獄さんを見て、私は何と口にすればいいのか分からなくなってしまった。
だけど、ただ自然にこくりと頷いて、煉獄さんが同じようにコクコクと笑って頷いてくれた。
雨模様だった気持ちが、少しだけ和らいでいくような気がする。
まだ次へ、と切り替えることは出来ないけれど、それでもやらなければいけない事が見えた気がする。
「ありがとうございます、煉獄さん」
だからその時、無意識に一筋の涙を流し、煉獄さんへお礼を述べることができた。
それが煉獄さんと私の初対面だった。
◇◇◇
「やあ、名前。奇遇だな!」
「…煉獄さん、こんにちは」
それからと言うもの。
任務先や療養のために訪れた蝶屋敷で煉獄さんを見かけるようになった。
その度に私に気さくに話しかけてくれる姿は、まるでお兄さんのよう。
私に兄はいないが、きっと兄とはこういう人のようなのだろうと勝手に思っていた。
そして、今日は任務後に訪れた藤の花の家紋の家の前でばったり。
聞けば煉獄さんも宿泊すると言うので、二人で門を叩く事となった。
最近よく話すようになったからか、夕餉は一緒に食べようと誘ってくれたため、私は身支度を簡単に済ませると煉獄さんの部屋へと向かう。
私が部屋に通された時には、既にお膳が用意されていて、煉獄さんも部屋の浴衣に着替えていた。
普段の服装と違う装いに、一瞬胸が跳ねた。
「お、お邪魔します」
「畏まらなくていい。最近はどうだ?」
「おかげさまで…」
お膳の前に腰を下ろし、煉獄さんと向かい合うと、煉獄さんはいつものように優しい笑みを見せてくれた。
心が温まっていくのを感じ、私は思わず顔を逸らしてしまう。
柱に対して失礼な態度を取っていることは重々承知だけど、それでも直視なんて出来ない。
そんな事をすれば、私の心臓は木っ端微塵に爆発してしまうだろう。
「そうか。名前はよく頑張っている。偶には、休息をとることも大事だ」
「ありがとうございます…。いつも煉獄さんに後輩として親しくしてもらって、本当に嬉しいです」
「…後輩として?」
「え、ええ」
パクパクと目の前のお膳を口に収めて行く煉獄さんの手が、突然止まった。
そして本当に不思議そうに首を傾げて私を見るから、また私は失礼な事を口にしたのかと体温が下がっていくのを感じる。
煉獄さんはパチン、とお箸を置いて私をじっと見る。
いつからか、煉獄さんは私の事を苗字少女と呼ばずに、名前と呼ぶようになった。
それだけ親しく思ってくれていると、喜んだものだけれど、こうしてお話することももしかして迷惑だったのでは、と嫌な想像が頭を過る。
どんどん青ざめて行く私をよそに、煉獄さんは口を開いた。
「……俺は君が後輩だから、気遣っていた訳ではないぞ」
ドクン、と心臓が嫌な音を立てた。
嫌な想像は、決して想像だけではなくて現実だった。
それを理解してしまったら、呑気にご飯など食べている場合ではない。
きゅっと唇を噛んで、私は俯いた。
「ご、ごめんなさい。私ったら、失礼なことを…」
「……分からなかったか?」
「すみません、いつもご迷惑でしたよね、全然気づかなくて…」
「違う、そう言う意味じゃない」
膝の上に置いていた手を、もじもじと動かして、頭を最大限に回転させる。
なんとお詫びしていいか分からない、調子に乗っていたと言われれば、本当にその通りだ。
なのに、動かす指を上から大きな掌がそっと覆う。
箸を置いた煉獄さんの手が私の膝の上にあることに気づいたのは、二秒後だった。
「俺の気持ちは伝わっていなかったようだ」
「す、すみません…」
「君は謝らなくていい。…遠回しな言い方をしていた俺が悪い」
添えられている手が温かい。
だけど、私の指先はどんどん冷えていく。
これは相当失礼なことをしていたんだ、とさっきまでの幸せな気持ちが一瞬で吹き飛んで行った。
煉獄さんの指が私の指に絡まった。
「名前」
「は、はい」
ごくりと喉が鳴る。
何を言われるんだろう、どう謝ろう。
そんなことばかりが頭を駆け巡っている。
煉獄さんは、真面目な顔で、私をじっと見据えた。
「俺と一緒になってはくれないか」
「…へ?」
一瞬何を言われたのか、すぐに理解は出来なかった。
え? 今煉獄さんは、何と言った?
一緒になってくれ? そんなまるで、恋人になってほしいかのような言葉、あり得ない。
きょとんとした私をみて、煉獄さんはほんの少し頬を染めた。
その顔を見て、私はまさか、と期待する心臓の音に戸惑った。
「…ずっと前から、傍に居て欲しいと、好きだとも伝えていたはずだが、分からなかったか?」
「あ、あれって…そういう…」
まさか、本当に?
確かに、煉獄さんは前から私を見ると「ずっと傍に居て欲しい」とか「名前のことが好きだ」とも言ってくれていたけど、それは後輩として死なずに居て欲しいとか、妹のように好きだと思ってくれている、とばかり。
前から煉獄さんに愛の告白を受けていたことを知って、私は冷えていた体温も今度は沸騰しそうなくらい上がってしまう。
全く気づいていなかった事に、今更気づいてどう反応していいか分からない。
そんな私を見て、くすりと煉獄さんが笑う。
相変わらず頬はほんのり赤いけれど、それでも今までで一番優しい笑みをしていた。
「…君の傍に居れる唯一の男になりたい」
ぎゅ、と力強く手を握られて。
そしてあの大きな瞳で見つめられて。
私の心臓は破裂しそうだった。
そんなことを言われたら、私は…。
「私も…! 煉獄さんの傍に居れる、唯一になりたい、で、す」
声がうらっ返しになっても。
今まで気づかなかったことを詫びる気持ちも込めて、私は自分の正直な思いを吐き出した。
恐れ多い気持ちだと封印していたそれを解き放った時、真っ赤な炎のような温かさが私を包み込む。
横によけられたお膳を、抱きしめられた背中から呆然と見ていたら、耳元で煉獄さんが囁く。
「一生、離さない」
掠れた声に男の人の色を感じ、私は気絶しそうな熱にうかされることになった。
煉獄さんとご飯を食べたのは、それから暫くしてのことだった。
二人で顔を真っ赤にして食べるご飯は味がしなかったけれど、今までで一番幸せなひと時だった。
あとがき
さとさま、リクエストありがとうございましたー!
実はずっと口説いていたのに気づいていなかった、ありえないヒロインちゃんでお届けしました。。。
色んなパターンを考えていたのですが、書きやすかった方で書かせて頂きました。
単発で煉獄もいい。
煉獄の初々しい感じを出したかったんです…!
こんな感じで良ければ、お収めくださいませー!
この度はリクエストありがとうございました!!