離すつもりはないよ

ひとつ、出来るだけ毎日会いに行く。

「名前ちゃーん、おはよー」
「我妻さん…」

大量の洗濯物をカゴに入れて、縁側へ向かう背中を呼び止めた。
ビクリと身体を揺らし、ゆっくり振りかえったその表情はどこか呆れたように見えたのは気のせいだろうか。
余計な考えはすぐに捨てる事にして、立ち止まる彼女に小走りで近づいた。
白い割烹着の良く似合う彼女は、しのぶさんの屋敷に通いで雇われている名前ちゃんだ。

ここ最近、蝶屋敷を利用する隊士が増え、きよちゃんやアオイちゃんの仕事が増大したため、しのぶさんがこの度、外部から人を雇い入れることになった。
そうしてやってきたのが彼女、俺の想い人。

「洗濯干すの? 俺も手伝おうか?」
「これくらい大丈夫ですよ。我妻さんも忙しいでしょうから、お気になさらず」
「気にしないで。俺、名前ちゃんのためなら、何でもするからさ!」
「またそんな調子のいいこと言って…」

これが私の仕事なので、と俺の申し出を彼女は断ろうとしたけれど、俺だって引かない。
結局諦めた名前ちゃんがもう、と口を尖らせ僅かに笑みを浮かべた。
どうやら、嫌がられてはいないらしい。
名前ちゃんのそんな顔を見ていたら、胸がきゅうっと締め付けられるような気がした。

勿論、俺が名前ちゃんに言った言葉は本心だけど、名前ちゃんには信じてもらえてないみたい。
何となく、その原因は分かっている。
それは、名前ちゃんがここに来てからすぐの事。
彼女や一緒に雇われた女の子達に見境なく声を掛け、尻を追いかけ、結婚を申し込んだから。
女の子なら誰でも飛びつくような男だと思われたに違いない。
普通の神経をしていたら、そんな男に喜んで近づく女子はいないだろう。
名前ちゃんの態度はもっともだとは思うけど。

だからといって、名前ちゃんと距離を取るつもりもない。

「俺、名前ちゃんの事好きだよ」
「はいはい」

無理矢理名前ちゃんの手から、洗濯物の入ったカゴを奪って、名前ちゃんの瞳から目を逸らさずに口にする。
けど名前ちゃんは、いつものことか、というような顔で笑うんだ。

ふたつ、毎日好きと伝える。

そうやって毎日続けていれば、いつかきっと俺の想いに気づいてくれる。
……街の書店で買った本に、そう書いていた。
果たしてそれが吉と出るか凶と出るかわからないけど、試してみる価値はある。
そう信じて、俺は今日も彼女の隣にいる。

そもそも何故俺が、名前ちゃんに執着するのかと言うと、ただ近くにいる女の子だからとか、可愛いからとかそんな理由じゃない。
……まあ、可愛いのは間違っていないか。




名前ちゃんが働き始めて一か月が経った頃。
いつものように任務を終えて、俺は蝶屋敷へ戻ってきた。
玄関を開けた俺をみた他の女の子達は、皆、ぎょっとしてすぐに俺から一定の距離を取って、決して近づこうとはしなかった。
死にはしなかったけど、頭やら腕やらから返り血じゃない血を垂らし、俺の羽織も泥と血で汚れた。
立って歩いて帰ってきただけ軽傷だが、普通の女の子からすれば、化け物のように見えたのかもしれない。
腰に刺さっていた日輪刀を杖替わりにして玄関先に立つ男が、普段のへらへらした男と同一人物には見えなかったのだろう。
刀の刃面に反射した女の子たちの表情は、血の気が引いて青ざめていた。

この屋敷で働く前にしのぶさんから説明を受けていたとは言え、想像はしていなかったらしい。
女の子たちは、初めてこの屋敷で働く意味を理解したような音を立てていた。

正直、これが初めてじゃない。
任務先で出会った女の子達も、俺が刀を出すまでは仲良くお喋りをしていてくれても、一度戦闘が始まれば皆同じような顔をして離れていく。
それがわかっていたから、別に驚いたり、悲しくなったりはしなかった。
ああ、またかよ、って。

だけど、青くなった女の子達の後ろから、腕をまくりながら走ってきたのが、名前ちゃんだ。

「我妻さん! 歩けますか!?」
「…うん」
「私の肩をお貸ししますので、部屋へ」

泥と血で汚れた身体に触れても構わない、という顔をして、俺の肩に触れる細い腕。
そんな様子に俺は驚いて、まともに反応することができなかった。
他の女の子達は俺から一歩下がって眺めているだけだったのに、名前ちゃんだけはそうしなかった。
俺より小さい肩に身を預けながら、俺は不思議で仕方なかった。

名前ちゃんは、俺をベッドの上に寝かせると、とても素人とは思えない手際の良さで、隊服を裁断していく。
服の内側に隠れていた腹部の傷に気づくと、ベッド横の棚から清潔そうな布を引っ張り出し、それを押し当てた。

「こんな酷い怪我をしていたなら、言って下さい! いつもは手に棘が刺さっただけで泣き叫ぶのに!」
「……ああ、ごめん」

小言を言いつつも、手はぱっぱと俺の傷を手当するのに忙しいようだ。
笑みなんが一切無くて、頬に汗を垂らしながら真剣に俺の手当てをする名前ちゃんから、目が離せない。

綺麗な傷なんかじゃなかった。
鬼の毒により焼けただれ、皮膚の色が変色していた。
アオイちゃんやきよちゃんたちはともかく、そんな傷口を見れば、誰だって怖がると思っていたんだ。
まあ、見せる前にドン引かれていたわけだけどね。

名前ちゃんだけは冷静に、俺の傷を手当てし看病をしてくれた。
途中からはどこからか飛んできたアオイちゃんが加わって、治療をしてくれたことは覚えている。
いつの間にか俺は眠ってしまっていて、ふと目を覚ました時に、俺のベッドにもたれかかるようにして眠る小さな身体が、とても愛おしかった。

後で聞いたら、実は俺がなかなか目を覚まさないから、名前ちゃんが泣きながら傍に居てくれたらしい。
そんな彼女を好きになるのに、そう時間は掛からなかった。


◇◇◇


「我妻さん、今日の夜は出かけるんですか?」
「うん、任務だよ」
「そうですか」

名前ちゃんちゃんから受け取った布団を物干し竿に掛けた。
俺の方を見ない様にして、衣服を干す名前ちゃんの音に耳を傾けた。

「俺の事、心配?」
「…もう私しか雑用係はいないんですから、手間を増やさないで下さいね」
「それって、俺の事心配しているんだよね?」
「さあ?」

恥ずかしそうに上ずった声が聞こえて、俺は満足げに口角を上げた。
名前ちゃんにバレない様に緩んだ頬を元に戻し、声色を整える。

この素直じゃない女の子、可愛すぎない?

出来る事なら、その場で叫びだしだかったけど、ぐっと堪える。


みっつ、いついかなる時でも、紳士であれ。


紳士ってどんなのか良く分からないけど、決して女の子の前で叫ぶような男じゃないはずだ。
名前ちゃんには良く思われたい。
今までの自分を殺してでも、意識して貰いたい。

「我妻さん」

そんな事を考えていたら、手持ちの洗濯を終えた名前ちゃんが、いつの間にか俺の隣に立っていた。
そして、俺の頬にゆっくりと手を伸ばしてくる。
一瞬何が起こったのか分からなかった。
華奢な細腕が二本伸びてきて、俺の頬をぷちゅ、っと柔らかい手で挟む。

「はひしへんの?(なにしてんの?)」

頬を潰されて上手く喋れない俺。
勿論、突然そんな可愛い事をされて、俺の心臓は今にも破裂しそうだった。

「気持ち悪い」
「……へ?」

じーっと俺の目を覗き込んだかと思ったら、ぼそりと告げられる恐ろしい一言。
ショックで驚きを隠せない俺に、追い打ちをかける様に名前ちゃんが続ける。

「何か、最近の我妻さん気持ち悪い」

頭を鈍器で殴られたような衝撃。
数か月前から続けていたあぷろーちとやらは、どうやら全く名前ちゃんにとっては無意味だったらしい。
むしろ、気味悪がられていたようだ。

あまりに衝撃的すぎて、目から流れ出ようとする涙を必死にせき止める。
紳士なんてどうでもいい、嫌われているなんて考えた事なかったけど、嫌われると同じくらい嫌だ。
今にも叫び出そうと表情が歪んでいく。

むぎゅむぎゅ、と名前ちゃんの手が俺の頬を掴んだ。


「前の我妻さんの方が、私は好きです」


捕まれていた手はパッと離されて、慌てて名前ちゃんはくるりと背を向けてしまう。
赤く染まった耳を視界に捉えた瞬間、俺は叫び出していた。


「俺と結婚してください! 名前ちゃん!!」

「いやです」


前のような二人の掛け声。
でも、以前と違うのは彼女から聞こえる音に、喜びを隠せないこと。
結局俺は紳士なんかにはなれなくて、情けなくビエンビエンと泣き叫びながら、後ろから抱きしめることしかできなかった。



「どこで覚えてきたんですか、あの爽やかな青年我妻さん」
「女の子はああいう男が好きだって本に書いてた」
「女の子を追いかけない我妻さんなんて、我妻さんじゃないみたいで嫌でした」
「……!」
「だからと言って、女の子を追いかけるのが良いとは言いませんからね?」
「もう名前ちゃんだけだから、安心して」
「ばか」



抱きしめた腕を細い指で摘ままれてても、離すつもりはないよ。








あとがき
由美さま、リクエストありがとうございました!
きっと由美さまは望まれていなかったかもしれませんが、
私が前回のをUPする気にはならなかったので、書き直させて頂きました。
私の勝手をお許しください。
お時間がかかってしまい、申し訳御座いません。
こんなものでよろしければ、どうかお収め下さいませ。
この度はありがとうございました。
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