何度も何度も同じ言葉を繰り返しすぎて、もはや口癖になろうとしている。
そんな言葉、口癖になんてしたくないのだけど、あまりに頻度が高すぎて、そうなってしまうのも仕方なし。
クラスメイトの同じ質問に答えるのがいい加減苦痛と化してきた頃。
お昼休みにお弁当を食べていた私の前に、ツインテールの可愛い女子が仁王立ちしている。
どこかで見た顔だ、と思いつつも卵焼きをもぐもぐ食していたら、反応のない私を見たツインテ女子がキっと睨みつけた。

「苗字さん? 新聞部の?」
「…うん、新聞部の苗字です」
「ちょっと来てくれない?」
「……分かった」

食べてからでもいい?なんて気軽に聞けない雰囲気。
私は空気を呼んで、おかずの残ったお弁当をしまう。
隣の席の日向くんが心配そうにこちらを見ていたので、ひらひらと手を振りながら「何でもないよ」と答えて置いたけど、絶対心配させたよね。
何でもない、と言いつつ何の目的で呼び出されているのか全く理解していない私は、ツインテ女子の後ろをトコトコと付いていく。
頭の高い位置に作られたツインテール。
毛先は軽く巻かれていて、とても可愛らしい。
背丈もまるでモデルさんのようにすらっと高くて、私が隣に並ぶととても貧相に見える。
後ろからそんな事を考えていたら、ツインテ女子は目的地に到着したらしい。
校舎を抜け、渡り廊下を抜け。
そして到着したのは体育館裏というお約束ですらある呼び出し場。

人通りは勿論ない。
ツインテ女子の足が止まり、くるりと私の方を向いた。
その時、鈍感な私はやっと彼女が誰だったか、気が付いたのだ。

「月島くんと付き合ってるって、ほんと?」

蛇に睨まれた蛙ってこんな気持ちなんだろうか。
ツインテ女子の大きな瞳が私を完全に敵だと言っていた。
少し前に月島くんと一緒に映画を見た帰り、そこで出くわしたのが彼女だった。
恐らく特進クラスの子。
彼女もまたここ最近クラスメイトから受けた質問と同じ質問を口にしていた。
私はそれをなるべく平常心で、表情を変えずに答える。

「付き合ってないよ」

嘘偽りなどない。
私と月島くんの関係は微妙なものだけど、決して彼氏彼女の関係ではない。
だからこそ、平然とそう言うことが出来る。
あるクラスメイトはそう言うと「ほんとうに!?」とまた同じ質問を繰り返し、またあるクラスメイトは「なんかごめんね」と空気を察した態度を見せた。
ちなみに日向くんは「は?マジ?」と顔を引きつらせていた気がする。

さて、彼女はどんな反応を見せるのかな。

「じゃあ、苗字さんが月島くんに付きまとってるってこと?」
「え、付きまとい?」

そのどれでもなかった。
ただ彼女は隠そうともしない嫌悪感いっぱいの顔で、私を犯罪者か何かだと思っているらしい。
付きまとっている自覚は一切ないけどなぁ。
というかむしろ、月島くんが寄ってきている気がする、なんてことをこの場で口にすれば、きっと目の前のツインテ女子は逆上しかねない。
私は取り合えず否定することから始めた。

「バレー部の記事を書くためにバレー部に行くけど、付きまとってるつもりはないよ」

嘘。
本当は9割以上、月島くんに会いたいがためである。
だがここは嘘も方便。
隠せる嘘ならついたほうがいい。
明日のわが身を思うならば。

「……あっそぉ」

淡々と言ったのがよかったのか。
ツインテ女子は、腑に落ちない顔をしつつも、納得はしたようだった。
そしてそのまま私の隣をすり抜けて、校舎に向かって歩いていく。
どうやら私は解放されたみたい。
ツインテ女子が見えなくなったところで、私は大きく溜息を吐いた。

「まさか漫画みたいに呼び出しをされるなんて」

月島くんと私の噂の根源がどこなのか、なんとなくわかるけれど(確か2年生の間で流行っていると聞いた…あの坊主先輩め)
それにしたって広がりすぎじゃないだろうか。
でもこうして体験すると、月島くんがモテるのは、やっぱり本当の事で。
突然降ってわいた私みたいな地味女が憎くてたまらない人だっているわけだ。
色々面倒だなと思うけれど、どうしようもない。

「嫌いになれないし」

ちぇ、と口にしながら足元の小石を蹴った。
小石はトントンと転がり、誰かの靴に当たって止まる。

靴から視線を段々と上げて行くと、予想していなかった人物が肩を大きく揺らして立っていた。
どうやら走ってきたらしい。

「…誰が嫌いになれないの?」

機嫌の悪そうな声だ。
お昼休みを邪魔されて怒っているのかもしれない。
眼鏡のレンズの奥の瞳は、私を映していた。
ああ、面倒だなぁ。

「知らない」

ふん、とわざとらしく顔を背ける。
それを見て更に目の前の眼鏡、もとい月島くんの目が細くなった気がした。
偶には意地悪したっていい気がする。月島くの事を好きな女子に呼び出しをされたのだから。
ツカツカと月島くんは近づいてくる。
そして、私の背けた顔に手を伸ばして、頬を片手で摘まんだ。

「…わざわざ走ってきて損した」
「え、私の為に駆けつけてくれたの?」
「……日向が大声でクラスにやってきたから」
「なんか、ごめん」

走ってきてくれた気がしたけど、まさか私の為になんて思わなかった。
凄く申し訳ない気持ちになって、視線を落としたけど、月島くんは無理矢理視線を合わせようと顔を向けた。

「なに?」
「いや、」

暫く黙って私を見つめる月島くん。
何も言わないから、「何?」と聞いた。
反射的に答えた月島くんだったけど、すぐにその口も閉じて、そっと顔が近づいてくる。
私の唇にちゅ、と小さいリップ音を落として、頬の手は解放された。


「…なっ…」


私が顔を真っ赤にして、声にならない声を上げている間に、月島くんはさっさとツインテ女子のように校舎に向かって歩いて行ってしまう。

あーもう、月島くんって、本当に意味わかんないんだから。

残された私は、この真っ赤な顔ではすぐに教室に戻ることも出来ず、治まるまで暫くその場に突っ立っていた。