バレーの記事をいくつか書けるようになってはや数か月。
家庭の事情で見る事の出来なかった春の高校バレー、代表決定戦一次予選。
前日に月島くんの背中を散々ぽかぽかと無言で殴って、私の気持ちを込めた。
月島くんは冷めた声で「痛い」と言っていたけれど、絶対痛いはずがない。
日々、あの目に見えないボールをブロックしている方が痛いはずだもの。

「勝ったよ」

次に月島くんの顔を見た時、真っ先に月島くんは私に向かってそう呟いた。
周りの空気がまるで花びらを舞っているような、そんな気持ちのまま月島くんの背中に飛びついた。
そしてまた、私は何も言わずにその大きな背中をぽかぽかと殴る。
今度は月島くんは「痛い」とは言わなかった。

前の試合の時に感じた違和感は、少しずつ薄れてきていた。
月島くんの試合に臨む気持ちが変わったのが一番大きい。
それを間近で見れなかったのは残念だけど、この先も月島くんのバレーが見れるチャンスがあることが、本当に嬉しい。

一次予選の試合に勝ったことで、夏休みは夏休みなどではなかった。
フルで部活が行われていて、私も参加はしていたけれど、普通の生徒のようなバカンスな夏休みとは程遠い。
でもそれが残念だなんて思わない。
私は皆のバレーをしている姿が見れるし、何より月島くんの成長が感じられるから。
でも、月島くんは一次予選の日から少しだけ、色々考え込むようになった。
睨みつける様に他の人のプレーを見ていたりする。
何か思う所があるんだろう、良い事。なんて呑気に考えていた、ある日。

「今日、ついてきて欲しい所があるんだけど」
「……私?」

月島くんは部活が始まる直前、私を呼び止めるとそう言ってこくりと頷く。
首を右に傾けて「どこに?」と尋ねると、月島くんは何も言わないで、くるりと身体を翻した。
いや、そこは教えてくれてもいいじゃないの。
仮に人を誘っているんだから、と思ったけど、言ったところできっと教えてくれないだろうから、諦めてコートの隅に移動することにした。
はあ、と溜息を吐いていたところを谷地さんに見られてしまって「幸せが逃げちゃうよ」と言われてしまう。
確かにこんなに溜息を吐く女子なんて、傍から見れば良くはない。
でもそれでも、言葉足らず過ぎると思うんだ、月島くんは。

「…谷地さん、部活終わった後に男の子に誘われるとしたら、何だと思う?」
「……え?」

タオルを抱えていた谷地さんは、ニコニコしていたのに、私の言葉を聞いて、手に持っていたタオルを全て床に落としてしまった。
慌てて私はそれを拾いに行く。

「誘われたって、デート!?」
「ううん、違うと思う。遅い時間だし」
「え、でも、それって月島くんだよね? 月島くんが名前ちゃんを誘う理由って、デートしかないんじゃ…」
「まさか」

確かに前にデートに誘われた事はあった。
だけど、それは体育館のメンテナンス日で、部活が無かった日。
今日、部活終わりに立ち寄る場所にしては遅すぎると思う。
何故か自分の事のように興奮している谷地さんを見ながら、私はまた溜息を吐いた。

結局、その答えは部活が終わって、着替え終わった月島くんが目の前に現れても、分からなかった。


「ねえ、どこに行くの?」
「……」

珍しい事に、月島くんは山口くんを誘うことなく、そのままいつもの通学路とは別の道を歩いていく。
私も隣を歩いているけれど、未だにどこに連れて行かれるのか分からない。
一応、家には遅くなるって連絡したから大丈夫だけど、それでも場所が分からないのは素直に怖い。
特に、どんどん歩いていくにつれて、月島くんの顔が険しくなっているような気がするからだ。
何に起こっているんだろうか。もしかして、私?
私、何か怒らせるようなことしたかな……呆れさせることはほぼ毎日してるかもだけど。

考えてもやっぱり分からない。
隣に質問を投げかけても返ってこないから、本日何度目かわからない溜息を零す。


着いた場所は町民体育館だった。
ここは何度かバレー部の練習でもお世話になったことがあるけれど、基本的に学校の体育館で部活をするから、これといって用事は無いハズだけど。
ライトに照らされた「町民体育館」の文字を見ていたら、月島くんはさっさと中へ入ってしまった。
慌ててその背中を追いかけた。

「おー! やっと来たか!」

月島くんが体育館の扉を開けて、中の人達に顔を見せると、すぐに声が返ってくる。
ひょっこり顔を出したのは、月島くんと同じくらいの背の高い、男の人だ。
あれ、この人。

「…ん、一人じゃないのか?」

男の人が、後ろに居た私に気づき、声を上げる。
月島くんはすぐに「ん」と言って、男の人を押しのけて行ってしまう。
残された私は取り合えず自己紹介でもしておこうと、目の前の男の人に軽く頭を下げた。

「月島くんと同じ学校の苗字名前です、よろしくお願いします」
「…蛍の友達? うちの弟がお世話になってます〜」

へら、と柔らかな笑みを見せて男の人が私の手を握ってくる。

……うちの弟?

「…月島くんの、お兄さん?」

どことなく、顔のパーツが似ている気がして、私は思わず口をぽかんと開けてしまった。
月島くんのお兄さんはコクコクと頷いて「さ、中へどうぞ、お嬢さん」と手を引いてくる。
私は抵抗することなく、そのまま中へと入った。

やっぱり兄弟だ、月島くんとお兄さんの顔立ちが似ている。
……あと。
月島くんには言えないけど、月島くんが愛想よくなったら、こんな感じなんだろうか、なんてちょっと考えてしまった。

そんなことを考えていたら、月島くんに睨まれた気がしたので、私は絶対にそれを口にするまいと思った。