月島くんに連れられてやってきたその場所は、どうやら社会人チームの練習場だったらしい。
勿論私達なんかよりも大人な男の人達が、コートの中で腕を振りボールでパスを回していた。
私はいつものように邪魔にならないようにコートの端に移動したけれど、月島くんはカバンを私の横へ置いてコートの中へ入っていく。
何だ、見学じゃなくて、練習しに来たんだ。
何も聞かされていないから、何しにここへやってきたのかも知らない。
でも月島くん自ら練習をしようとするその心意気に満足して、私はひそかに笑みを浮かべていた。

「…楽しそうだね」

ひそかに笑みを浮かべているつもりだったのに、ばっちり見られていたらしい。
月島くんのカバンとは逆方向に、月島くんのお兄さんが立っていた。
兄弟揃って背が高いので、見上げる私は首が痛くなりそうだった。

「つきし…蛍くんが練習するところ、見るのは好きなんです」

月島くん、と言いそうになって、慌てて言い直した。
少しだけ恥ずかしかったけれど、でも悪くはない。
まだ慣れない名前呼びにドキドキしていると、お兄さんが「へぇ〜!」と声を上げる。

「普段から何を考えているか分からないでしょ、蛍って。見てて楽しいの?」
「…分からない事も多いですけど、何となくわかるようになってきました」

何か機嫌悪そうだな、とか。
ちょっとイライラしているな、とか。
…全部同じ意味か。

頭に浮かぶ不愛想な月島くんの顔を浮かべて、そんな事を考えていると、お兄さんが「ぶふ」と息を漏らす。
私は視線をコートからお兄さんへ向けた。

「さすが、蛍の彼女だね」
「いえ、違います」

はは、と笑う顔に私はすぐさま否定する。
もう何度も言った言葉だ。
それを聞いて、お兄さんは目をかっと見開いて驚く。

「え? 彼女じゃないの?」
「はい」

否定するたびに胸が痛くなる。
自分でも分かっている。けど、私達の関係は彼氏彼女の関係じゃないから、そう言うしかない。
悲しくなってくるけれど、こればっかりは慣れないと。

お兄さんはまだ信じられないとばかりに「じゃあ…なんで蛍は連れてきたんだよ」とブツブツ呟いていたけど、そんなのこっちが知りたいくらい。
でも、私としては月島くんの練習風景が見れるだけで満足なので、それについては言及はしない。
都合がいい相手だと思われている自覚はある。

ダン、と月島くんの手に凄い力でボールが当たった。
跳ね返ったボールが後ろで落ちた。
それを見て、月島くんが舌打ちを零す。そしてネット越しに向かい合っていた男の人と、二三声を掛ける。
きっと気を悪くするようなことを言われているんだろうけど、月島くん相手ならそれくらいの方がいいかもしれない。
冷静を装っているけれど、煽られたらきっと意地になるだろうし。

「…蛍って、学校ではどんな感じ?」

月島くんばかり見ていたら、やっと意識を戻したのかお兄さんが楽しそうに口を開いた。
んー、と考えるそぶりを見せつつ「あんな感じです」と苦笑いを見せると、お兄さんも同じように笑った。

「兄としては素直じゃないところも可愛いんだけどさぁ。そんなんじゃ女の子にモテないよって、いつも言ってるの」
「……これ以上にないくらいモテまくってますよ、月島くん」
「蛍ってモテんの!?」
「はい」

急に声を上げて驚くお兄さんに私はにこりと微笑む。


「バレーしている時、とっても格好いいですから」


バァン、とまた一つ、弾かれたボールが宙を漂う。
お兄さんは拍子抜けしたようにポカンとその様子を見ていたけど、急にくすくすと笑い始める。
月島くんとよく似た横顔が、穏やかに歪んだ。

「確かに、モテてるみたいだ」

その言葉に大きく頷いて、私達はまたコートの中に視線を戻す。
月島くんがちらりとこちらを見た気がしたけど、私は変わらず笑っておいた。


◇◇◇


「えぇ〜。蛍、もう帰るのかよぉ〜。飯食っていこうよぉ」
「うざい」

練習を終えた月島くんに背後霊の様に付きまとうお兄さん。
そして、華麗にそれを拒否する月島くん。
何だかんだ言って仲のよさそうな兄弟だ。
それを見てまたほくそ笑んでいたら、タオルで顔面を拭った月島くんが目の前にやってきた。

「帰るよ」

当たり前のようにそう言われて、私はこくりと頷く。
預かっていた月島くんのカバンを渡して、月島くんの指がそれを受け取った。
お兄さんはどうやら他の人達と晩御飯を食べて行くらしい。
確かにお腹のすく時間だ、とスマホの画面を確認して思った。

「名前ちゃん」

月島くんのお兄さんが私をみて大きく手を振る。
私もお兄さんに向かって手を振った。

「またおいでよ、今度はお菓子とか用意しとくからさ」
「ありがとうございます。連れてきてもらえるなら、また」
「……ちょっと」

ニコニコとあいさつをしていたところ、私の前に月島くんが割って入る。
「お菓子に釣られるなんて、君幼児か何かなの?」と失礼な事を一言。
その言葉にむっとしていたら、すぐに月島くんが溜息を吐いた。

「また連れてくるから、今度は馴れ馴れしく話しかけないでよ」

お兄さんにまるで釘を指すように言うと、私の右手首を乱暴に掴んで、すたすたとその場を後にした。
残されたお兄さんや他のチームメイトさんは目を点にして、私達が出て行く様を見ていた。
勿論私は、急な事で混乱していたけれど、それでも握られた手が暖かくて、心までポカポカするようだった。

外に出ても月島くんは手を離してくれなかった。