もう何度目だろうか。
偶に月島くんは部活を休んでは、お兄さんのいる社会人チームの練習に参加するようになった。
コーチもそれは把握をしているらしく「頑張って来いよ」と明るく見送ってくれた。
そして何故か私まで月島くんに付き添い、こうしてコートの端でポツンと立って見学をしている。
初めの一回は何となくついてきたけれど、よくよく考えれば何で私が付いて行ったのかわからない。
だから、二回目以降は丁重に遠慮をしたのだけど、有無を言わさない月島くんの態度により、こうして毎回参加する羽目となっている。
新聞部の仕事をしていないじゃないか、と言われてしまったら反論できない。
でも月島くんの傍に居ることは嫌じゃないので、こうして結局はついてきてしまう。
私は本当にバカだと思う。

「いらっしゃい、名前ちゃん」

月島くんのお兄さんが汗を腕で拭いながら、コートから出てきた。
今から月島くんのブロックの特訓が始まるらしく、用の無い選手は外へと出されたらしい。
勿論それだけじゃなくて、お兄さんは私に気を遣ってこうして話しかけてくれている事は良く分かっている。
優しいお兄さんだなぁ、誰かさんと違って。

「今日もお邪魔してます」
「いいよいいよー。どうせ、蛍が連れてきたんだろ? 毎回大変だなぁ、名前ちゃんも」
「…いえ、好きなので平気です」

ふふ、とはにかむように笑ってお兄さんに言うと、お兄さんは一瞬言葉に詰まって少しだけ目を細めた。
小声で「本当に付き合ってないんだよね?」と口元に手を当てて聞いてくるのは毎回で、私はいつも決まった返事をする。

「付き合ってないです」

もう首から「月島くんの彼女じゃないです」と書いたカードでもぶら下げておこうか。
それくらいこの質問には飽き飽きしているし、この返事をするたびに私の心臓が毎回傷つくのだ。
でも、周りから付き合っているように見られているのは、純粋に嬉しかったり。

「帰りも遅くなっちゃうでしょ。親御さんとか心配してない?」
「あぁ…でも、蛍くんが近くまで送ってくれるので、そんなに。親も私が部活に顔を出していることは知っているんです」
「……蛍が?」
「はい」

絶句。
お兄さんの表情から読み取れた感情。
この前からこういう話題を出すと、決まってお兄さんは言葉を失う。
一体、家での月島くんはどういう態度で過ごしているのか、気になるところである。
そんな事を考えていたら、月島くんの手から跳ねたボールが後ろで、バウンドする。
月島くんの眉間に一筋皺が走ったのを見て、私は思わず笑っていた。

「…あ、いい事思いついた」

お兄さんが隣でポン、と手を叩く。
ひらめいた!と目を大きく開けて、それからニヤニヤと笑う姿はとてもじゃないけど「良い事」とは程遠い気がしなくもない。
まあ、私には関係のない話だろう、と月島くんの方へ視線を戻す。


「今日、ウチにご飯食べに来ない?」
「……え?」


何を言われても、私には関係のない事、と思っていたのに。
私は手に持っていた月島くんのカバンを床に落としてしまうくらい、衝撃を受ける。
バサ、と思っていた以上に大きな音を立ててカバンが落ちて、コートの中に居た人たちが一斉に私達を見る。
勿論月島くんも、さらに眉間に皺を増やしてこちらを見ていた。



練習が終わった後の月島くんは、お兄さんから聞かされた話にもう最高潮に機嫌が悪そうにしていて、隣で見ていた私も居心地が悪いくらいだった。
お兄さんはきっと気遣ってくれて、そう言う話をしてくれたと思うけれど、きっと月島くんにとっては迷惑だったんだと思う。
お兄さんとの会話が「なんで?」「は?」の二語で構成されている。
そんな二人の様子を見ていたら居ても経っても居られなくて、私は苦しそうに言葉を吐きだした。

「あの、折角お誘いして頂きましたけど、流石に迷惑になっちゃうので、家に帰って食べます」
「は?」

お兄さんが何かを言う前に、お兄さんに向かって文句垂れていたはずの月島くんが、今度は私に向かって口を開く。
そんなに怒らなくても、家に帰るから。
私がもう一度「帰るよ」と言うと、月島くんはまた「なんで?」と声に不機嫌を乗せて話し始める。
今度は私に八つ当たりだろうか。

「だって、月島くんだって嫌だろうし」
「誰が嫌だって言ったの?」
「…でも、嫌でしょう? 知らない人が家に来るの」
「名前は知らない人じゃないけど」
「そう、だけど」

なんだろう。
私が大人しく家に帰ると言っているのに、月島くんはむしろそれを止めようとしているらしい。
どう答えればいいのか分からなくて、私はついに黙ってしまった。
それを見て月島くんも同じように黙る。
二人の間に何とも言えない空気が流れ始めた時、お兄さんの一言ですべてが決定した。

「俺から名前ちゃんの親御さんには連絡するからさ。ご飯食べにおいでよ、母さんも喜ぶだろうし、ね?」

社会人であるお兄さんから連絡してくれるのならば、うちの親も断ったりしないハズ。
そこまで言われてしまったら、私はもう断ることが出来ず、小さな声で「はい」と答えるしかなかった。
月島くんの顔は怖くて見れなかった。



◇◇◇


「えっ、えっ! 女の子!?」

月島くんとお兄さんに連れられて、表札に「月島」と書かれた一件のお家の扉を開けた瞬間。
中から聞こえた驚きの声に私は思わず月島くんの身体に隠れるようにして、顔を覗かせた。
声の主は月島くんのお母さんらしかった。
淡いピンクのエプロンをした月島くんよりも小さい体のお母さん。
私を見ると口に手を当てて、物凄く驚いている様子。

「お、お邪魔します、突然すみません…」

元々の人見知りが再燃したのか。
消え入りそうな声で絞り出すように呟くと、お母さんは驚いていた顔を慌てて元に戻して「ごめんなさいね」と一言。

「蛍が女の子を連れてくるなんて思ってもみなかったから、てっきり山口さんの忠くんかと思っちゃって」
「悪かったね」
「母さんも驚くだろ、俺だって驚いたんだからさぁ」

そんなかんなの会話をすり抜け、ドキドキ心臓がなる中、月島くんのお家の中へ通される私。
私の前には月島くんが先を歩き、ちらっと後ろを見ては「何」とまた不機嫌そうに呟く。

「ううん、なんでも」

ただ、月島くんが育ったお家なんだ、と思ったらちょっと心臓が鳴りやまないだけ。