何だかやっぱりここにいるのは場違いな気がして仕方がない。
勧められるままダイニングテーブルに座らされ、何故か私の真向かいにお兄さんが、私の隣に月島くんが、そして斜め向かいに月島くんのお母さんが座るようだ。
お母さんは「女の子が来るなんて聞いてないわ!」と大慌てで夕飯の用意をしているようだったので、何だか酷く申し訳ない。
突然お邪魔したので、きっと迷惑だったのだろう。
座っていた場所から立ち上がり、「私も何か手伝います」と声を上げると、その場にいた全員がポカンと私を見た。
その中で月島くんがいち早く口を開く。

「いいから、君は座って」

腕を引かれて、そのままストンと座らされる。
月島くんのお母さんもまたにっこり笑って「気にしないでね。女の子が来てはしゃいでるの」と言う。
それが本当かどうかはわからないけど、そう言ってくれるのが嬉しく思う。
月島くんのお母さんがすぐに準備するから、それまでお話でもしてて、と言うのでお兄さんが少しだけ身体を前のめりにして笑う。

「で? 蛍と名前ちゃんと仲良くなったきっかけは何?」
「……きっかけ?」

変だと思う。
普段月島くんと考えが合う事なんてないのに、この時ばかりは二人とも同じような顔をして首を傾げていた。
きっかけ。
そう言われれば、何だろうか。というか、私は月島くんと仲が良いと呼べる関係なのだろうか。
返答に困っている私をよそに、月島くんが溜息とともに喋り始める。

「…そんなの忘れた」

忘れた。
そう言われて少しだけ悲しくなるけど、私もどれがきっかけかと言われたら少し悩むかもしれない。
と、ちょっと考えてふと頭に過ったのは初めてのキスだった。
おかげで、一瞬で目の前が真っ赤になるくらい頭が沸騰した。

「名前ちゃん?」
「は、はい?」

私の様子がおかしい事にお兄さんは気づいたらしい。
心配そうな顔でこちらを見るから、私は慌てて顔色を元に戻し、何でもない振りをした。
ちらっと隣の月島くんを見ると、口元だけが悪い笑いを見せていた。
あ、月島くん気づいてる。

「どうした? 気分でも悪い?」
「ち、違うんです……何も聞かないで下さい」

しゅるしゅると声が小さくなっていくのを聞いて、とうとう月島くんは「ぷっ」と小さく笑った。
誰の所為だと思っているんだ、と反射的に睨んだけどやっぱり月島くんは悪い顔で笑うだけ。
今度はお兄さんが腑に落ちないような顔をしていたけど、話はすぐに別の話題へと変わった。
月島くんのお母さんが、沢山のおかずを手に戻ってきたからだ。

目の前に広がる豪勢な晩御飯。
誕生日でもないのに、こんなにおいしそうなものを食べていいのだろうか。
マジマジとテーブルの上を眺める私はさぞまぬけだったのだろう。
お母さんはニコニコ笑って「どうぞ、好きなだけ食べてね」と言う。
丁度お腹の虫もぐう、と女子らしからぬ鳴き声を聴かせているし、女子らしい量を頂くことにしよう。

「ありがとうございます、頂きます」

両手を合わせて、一番近くにあったサラダから手に取っていく。
小皿に綺麗に盛り合わせ、気になったおかずを少々乗せていった。
小皿一杯になったら、それを一口。
……もう、美味しすぎる。

「…全部顔に出てるよ」

まだ何も言っていないのに、私の考えている事は全て顔に出ているらしい。
呆れた口調のまま月島くんが私の顔を指さした。
事実だとしても、指摘されたことがムカツクので、むう、と顔を膨らませる。

「だってこんなに美味しいんだもの。毎日月島くんはこんな美味しい料理が食べられていいなぁ」
「嬉しいわぁ、そんな風に言って貰えるなんて」

お世辞のつもりなんてこれっぽっちも無かった。
本心をそのまま口にしただけ。
月島くんのお母さんはとても嬉しそうに目を細めた。
「やっぱり、女の子の方が素直で可愛い」と呟く。

「俺達はどうせ、可愛くない野郎だよ。なぁ、蛍」
「僕は素直な方だと思うけど」
「え?」

お兄さんに振られた月島くんがそんなことを言うもんだから、私は思わず食べていた手を止めて月島くんの顔を見る。
途端、月島くんの目がきゅっと細められた。

「何?」
「…イエ」

絶対違うよ、なんてこの場で発するほど、命知らずな女ではない。
だから私は初めから何も無かったように、素知らぬ顔でご飯を食べ続けた。

「それにしても、本当に蛍が女の子を連れてくるなんて、信じられない」
「だろ〜? 俺も最初は目を疑ったよ」
「母さんも兄貴もうるさい」

なんだか。
家族の中にいる月島くんは学校にいるよりも、雰囲気が柔らかい気がした。
不機嫌そうに見える顔も、よく見れば穏やかなものだし、気持ち的に落ち着いているんだろうなっていうのが良く分かった。
やっぱり家族の前にいる月島くんの方が素なのかも。
学校でもそういう風にすれば、日向くんたちだってもっと優しく接してくれるだろうに。
だけど、ほんの少し。
そういう空気の中に私がいない事が、少しだけ、寂しくなった。

羨ましいなぁ。

「名前?」
「え?」

ぼーっと考え事をしている中、月島くんが私の名を呼ぶ。
気が付けばお夕飯もオシマイ。
お片づけをお手伝いしなければいけない時間だった。
慌てて自分の使ったお皿を台所へ運び「洗い物、手伝います」と言うと、月島くんのお母さんは嬉しそうに頷いてくれた。

「お客さんにこんなことさせるなんて、ごめんなさいね」
「いいえ、美味しいご飯を食べさせてもらったので、せめてこれくらい」

月島くんとお兄さんはダイニングテーブルに座ったまま、なにやら二人で話している様子。
たまに月島くんが眉間に皺を寄せてこちらを見ているから、あんまりいい話ではないみたい。
その様子を見ながら、お皿の水分を布巾で拭っていく。

「素直じゃないでしょう。あの子」

ぽつりと零すようにお母さんが口を開く。
さっき月島くんが言っていた事と間反対の事を言ってて、思わず口が緩んだ。

「そんなことないです」

本音は違うけど。
はいそうです、なんて言えないもの。
でも全く違う事もない。

「…でも、何を考えているのかなって考える時間が好きです」

ガチャン、と隣でお母さんの手に持っていた小皿がシンクに落ちた。
私の発言に目を最大限見開いて驚いている様子だった。
その様子から、私はとんでもない一言を、月島くんのお母さんに言ってしまったのだろ気づいたけれど、全ては遅かった。

「まぁまぁ…まぁまぁ!」

泡だらけの手でわざと口元を覆うようにしてそう言うと、お母さんは意味深な視線を私に向ける。
あ、これは駄目な奴だ。
時すでに遅し。

「蛍も隅には置けないわねー。いいわねぇ、青春」

なんだかお兄さんと似たような反応をされている気がする。
間違いなく、お兄さんと月島くんの親子であることが立証された瞬間だ。

それからは何とも言えない空気の中、なんとか洗い物を済ませてお暇することにした。
正直、最後の方は何を話していたのか、ほとんど覚えていなかった。