ぶたれたところが痛い。
でも痛みよりも私の頭の中では「何でこんな目に」という呆れた声でいっぱいだ。
ツインテ女子の気に障る事をしたんだからぶたれたんだろうけれど、私からすれば夏休みにバレー部の練習をのぞき見しに来たついでに、とんでもない目にあったというだけだ。
バレー部に顔出す前で良かったかもしれない。

ぶたれたところを右手で摩りながら、じーっとツインテ女子を眺めた。
想像と違った反応らしく、ツインテ女子は少したじろいだように見えた。
そのまま怯んでどこかへ行ってくれればいいのに、と思ったけど、そういう訳にもいかないらしい。
ツインテ女子はギリギリと拳を作って、透き通るような声を張りあげた。

「月島くんと付き合ってないって、嘘じゃん!」
「嘘なんて言ってないけど」
「じゃあ、何で!」

そう言えば前にもこんな感じでツインテ女子に呼び出しをされたなぁ、と頭の片隅に思い出した。
あの時も確か月島くんのことを聞かれたっけ。
だとすれば原因は月島くんなのだけれど。
それにしたって、嘘を言った覚えはない。だって、本当に私と月島くんは付き合ってないのだから。
私の飄々とした態度が気に入らなかったのか、さらに目を吊り上げるツインテ女子。

「この前の夜、月島くんとキスしてたくせに」

それを言われて、私は目を見開く。
キス。
ああ、そうだ。この前、月島くんの家から帰るときに、キスをされた。
あの現場を見られていたというのか。
確かに、あの現場を見てそれで「付き合ってませーん」なんてふざけたことを言う女子がいれば、頬をぶっ叩きたくなる。
例えそれが事実だろうと、もう私の言葉なんて嘘にしか聞こえないはずだ。

…悪い事しちゃったな。

ツインテ女子が月島くんのことを好きなのは、初めて見た時から分かっていたのに。
真剣に月島くんの事を好きな人の前でする態度ではなかった。
それに関しては私も悪い所があったと思う。

だけど。

私だって月島くんを本気で好きなんだ。

「ごめんね。キスしてたのは本当なんだけど、付き合ってないの」
「は?」
「どうしてかっていう話は、私に聞かれても分からないかな。月島くんに聞いてくれる?」
「何言ってんの?」

ツインテ女子の鋭い目が私に突き刺さる。
普段、こんな態度で人に接したことなんてないのに。
私、凄くイライラしている。
それはこの子に対してなのか、月島くんに対してなのか。
それとも、このまま放置し続けていた私自身に対してか。

それでもいいと思ってた。
私が月島くんを好きでいて、傍に居られたらそれで、って。
でもそれはただの自己満足でしかなくて、月島くんを囲む周りからすればはた迷惑な話なのだ。
そして、私は彼女達よりも一歩先にいると勝手に勘違いしていた。

一歩前どころか、私の前には大きな壁があって、そこから動くことは出来ないのに。

「だから、全部月島くんに聞いて」

全部全部。
きっと月島くんがそれを望んでいなかったからだと思うから。

何を言っても私がそれしか言わなくなったことで、ツインテ女子は荒げていた声も次第に萎んでいく。
そんな様子を見て、やっと私は大きく息を吐いた。
緊張と震えが今になって足元へやってきていた。
それもそうだ。女の子に呼び出される経験なんて、そうそうあったら困る。
できればこれで最後にしてほしい。

「意味わかんないっ!」

ツインテ女子は、キッと最後に睨んで、私とは反対方向へ駆けていく。
その先に同じテニス部の人達が何人かいて、私の方を見てヒソヒソと話す様子も見えた。
それを何とも言えない顔で見る私。
泣きも怒りもしない顔の向こう側。
胸の中ではどんどん冷たくなっていく気持ちに、どうすればいいのかわからなかった。


「……我儘だったのかな」


好きだと伝えても、傍に居ることが当たり前になっていても。
全てそれは、私一人の我儘だったのかもしれない。
どこかで月島くんも同じ気持ちなんじゃないか、なんて思っていたのが恥ずかしい。
そんなはずない。だって、月島くんは、私の事を、

一度も好きだと言ってない。


つーっと頬に生暖かい雫が零れ落ちた。
とん、背中を倉庫の壁につけてするするとしゃがみ込んだ。

「やーめた」

ぽろぽろと零れる涙は止まる気配がない。
ぽつりと呟いた声も震えている。これは本格的に泣いているんだろう。
半分冗談、半分本気。
やめよう、こんなの。
いつまでも受け入れてもらえない気持ちを持つのは。
今はまだ簡単には終われないかもしれないけど、それでも無理やり終わらせることは出来る。
居間なら、まだ、大丈夫。

「傷は、浅いから」

ずきんずきん。
浅いとは思えない胸の痛みを隠すように、私はそのまま顔を隠して暫く泣きつくしていた。

その日を最後に私はバレー部に顔を出すのをやめた。