夏休み最終日だというのに、最後の休みに新聞部の顧問が「記事の締め切りだから」と言うので、わざわざ登校する羽目になった。
正直始業式に提出してもさほど変わらないだろうと思ったけれど、既に私は夏休みの宿題も終えているし、まあいいかなんて思ってしまって、こうして熱い日差しが照り付ける中、校舎内を歩く。
学校に来てから後悔したけれど、そう言えば今日はバレー部の練習の日でもあった。
別に顔を出すわけじゃないから、自分の用が終わったらさっさと帰ってしまおう。
そう思っていたのに。

人を呼び出しておいて、顧問の先生の手が空いてないというので、空き教室で待っておくことにした。
カバンの中から、夏休みの間に書いた記事の原稿を出して、ざっと流し読み。
私が書く記事はバレー部の事しかない。
しかも後半は、地域の社会人バレー部の話も混ざっている。
これは、月島くんに連れられて見学していたからだ。
でも、バレー部の記事もこれが最後。

自分が熱心に書いた記事を見ていたら、何だか寂しくなってしまった。
早く忘れてしまおう。そう思って最近はバレー部に顔を出すことを止めてしまった。
日向くんからは何か連絡が来ていた気がするけれど、適当に流した。
月島くんとは連絡先を交換していないから、何の連絡も来ていない。
…もし連絡先を知っていたからといって、連絡が来たかどうかは微妙だ。
私達の関係は、そう言う関係。

やっぱり余計な事を考えると気分まで沈んでしまう。
はあ、と重めの溜息を吐いた。

「名前」

すると、居るはずのない人の私を呼ぶ声が聞こえる。
一瞬で血の気が引いた。
とうとう幻聴まで聞こえるようになったか、なんて脳の片隅で考えたけれど、教室の扉が小さく音を立てたことにより、それは現実であることを知った。
声のする方へ嫌でも顔を向けると、やっぱり想像していた人が居た。
しかも相当機嫌の悪そうな顔でこちらを見ている。
カバンを下げている様子から見て、バレー部の練習にやってきたんだろうと思う。

ただ、会いたくはなかった。

会いたくない相手、月島くんの顔を引きつった顔で見つめているに違いない。
ここ最近、バレー部を避けていた原因ともいえる人。
そんな人が目の前にいるものだから、驚きすぎて声が出なかった。

バサァと手に持っていた原稿が教室の床へ落ちた。
それを拾う動作もしないで、ただただ月島くんを見つめる。
月島くんは怪訝そうな顔をしていた。


「バレー部、来ないの?」


微妙な空気だった教室内に、ストレートな質問が飛んでくる。
月島くんの言いたいことは手に取るように分かる。
だって、この前までバカの一つ覚えみたいに、バレー部でもないのにバレー部の練習に参加していたんだもの。
それが突然来なくなったら、そう言う反応を見せるのは当然と言えた。

私は何度もシュミレートしていた言い訳を頭の引き出しから取り出し、それをゆっくり言葉にする。

「新聞部の仕事が忙しくて」

嘘ではない。
夏休みの宿題を済ませた後は、原稿を書いていた。
一心不乱に、余計な事を考えない様に打ち込んだ。
そうしていれば、涙は出なかった。

でも、私の言葉は信用がないらしい。
月島くんはぴくりと眉を動かし黙ってこちらを見ている。
この空間は危険だ。このままなし崩しに過ごしていたら、前までの状況に逆戻りだ。
頭にちらつくツインテ女子が私を罵倒している。
……わかってる、このままだと自分が一番つらいことくらい。

「そろそろ練習が始まるんじゃないの?」

だから、早くこの場を去ってくれ。
遠回しな私の言葉に耳を傾けつつも、月島くんは何も言わない。
そして出て行こうともしない。

本当に、困ったなぁ。

月島くんらしいと言えば、らしいのだけれど。
無意識にくすりと笑みが零れていた。
別に笑いたい気分なんかじゃなかった。でも、笑うしかなかった。
会いたくないと思いながらも、会いたいと思う矛盾した自分の気持ちに。

「何で最近来ないの?」

私達はお互い質問しては、返事をしない。
月島くんがワントーン低い声で言う。
直感的に怒っていることを悟ったけど、私は平然と少しだけ笑みを見せつつ「忙しいの」と答える。
さらに月島くんが苛立ったのが分かった。

「名前が忙しいはずないでしょ」

失礼すぎる。
でも私は表情を変えない。

「何かあったの?」
「ないよ」
「じゃ、何?」
「何でもないって」

扉の近くにいた月島くんが舌打ちをして近づいてくる。
逃げようとしたけど、間に合わなかった。

私の手首を掴み、月島くんが苦しそうな顔で私を見つめる。


「…っ、」


何かを言おうとして口を閉じた月島くん。

胸がきゅうっと締め付けられるような。


気を抜いたら涙が出てしまいそうになる。
泣かない。月島くんの前で泣きたくない。

唇が震える。
それでも私は笑みを見せたまま、目を細める。


「……ごめん、月島くん。私、疲れちゃった」


ドン、と近くにあった胸板を押して、慌ててカバンを取って教室を飛び出した。
とうとう我慢できなかった涙が頬を伝って零れ落ちる。


月島くんは、追いかけてこなかった。