01

「ねぇ、好きな食べ物は何?」
「はっ!? どう考えても今そんな事言ってる場合ですか?」

僕の身体をペタペタと小さな手がまさぐっている。
今にもその手を掴んで、抱き寄せたいと思うけど、そんなことすると後に引けないことは分かっている。
だからこそ、僕はただその様子を眺めていた。
足元覚束ないのに、プルプル震えた足でなんとかその場に立ち、僕に触れる手も僅かに震えている。
こんな非日常な状況を垣間見て、恐怖で震えているんだろうなと思うと、やっぱり持って帰りたいとも思う。

まあ、無理なんだけど。

「心配しなくても、怪我はないよ。ありがとう」

この会話も何度繰り返しただろうね。
不毛と分かっていても君と会話を続けたいがために、こんな事を繰り返している。
僕との会話なんて、あと数分後には忘れているというのに。

「こんな世紀末みたいな地形の真ん中に立っているのに怪我が無いなんて、何で出来ているんですか、身体…」

満足行くまで僕の身体を撫でまわし、本当に怪我がない事を確認した名前が驚愕の顔で僕から2,3歩離れる。
気持ちはわかるよ? 
さっきまで戦闘していたこの場所は、コンクリートが抉れ、真横にあった廃ビルの三分の一が崩壊し、僕たちの立っている真横からは分断された水道管から水が溢れ出ている。
もう少し大人しくするつもりだったのに、戦闘後に名前に心配して貰えると思ったらつい調子乗ってしまった。

怖がる名前を安心させるべく、僕は自分の手をひらひらと振って無事を証明したけれど、名前の顔色が正常に戻ることはなかった。
目を見開いて、宇宙人を見るような目で僕を見ている。
そんな名前も可愛いけどね。

「ね、だからさ、好きな食べ物って何?」
「……え?」
「毎回、一つは質問するって決めてるんだ」
「意味が分からないですけど…」

冒頭の質問に戻る僕をやはり不審な目付きで眺める名前。
確かにこんな馬鹿げた質問をする奴なんて不審者としか考えられないだろうけどね。
僕にとってはとても重要なんだよ。
君の事を知れる機会はそんなに多くはないし、君の頭の中には僕の事なんて一片も残らないのだから。

君が好きな服のブランドとか、君が苦手な教科とか、君の初恋が誰とか。
知ったところで、ただの情報なのに。

「……オムライス」
「え、オムライス? 子供みたいだね」
「いえ、あの…そんなのはどうでも良くて、それより何でこんなところに居たんですか? 何があったんですか?」
「んー?」

ああ、もう頃合いか。
僕はにこりと微笑みながら首を傾げる。
この可愛らしい瞳は、当分僕を映してくれないだろう。
だったら、よく目に焼き付けておかないとね。
こういう機会は本当に少ないんだ。
君の為を思うと、こんな事繰り返さない方が絶対に良い。
でも、僕のちょっとした我儘だから、それだけは許して欲しい。
君にはミジンコ一つ触れさせはしないから。


「じゃあ、また会えたら、ね」


驚く名前の頭を撫でつつ、僕はその手に集中する。


いつか、堂々とこの娘の事を守れる日がくればいいのに。


◇◇◇


「五条さん、虎杖くん達が呼んでましたけど」
「……あぁ、もうそんな時間?」

自販機横のベンチに転がっていたところ。
僕の視界に少し不機嫌な顔をした天使が映った。
顔を覗き込む姿を見る感じ、僕を探してあちこち歩いたんだろう。
僕の事を考えて探し回る姿を頭に浮かべて、思わず口元が緩んだ。
そんな僕の姿を見て、眉をきりっと吊り上げる名前。

「勝手にどこかへ行ったと思ったら、こんなところで眠っていたなんて。私が同じことしたら、凄く怒るくせに」
「当たり前でしょ。君は年頃の娘、ここをどこだと思ってんの? ヤることしか考えてない猿ばかりうろつく高専だよ?」
「……最悪」
「心配してあげてるんだって」

ゆっくり上半身を起こして、軽く伸びをする。
名前はふう、と息を吐きながら壁に身体を預けていた。
ぼそりと「まるで親みたい」と呟いた声が聞こえたから、それだけは断固拒否しておかないと。

「言っとくけど、親のつもりなんてこれっぽっちも無いからね」

そう言うと、名前は顔を背ける。
僕は知ってる。恥ずかしがっているんだよ、これ。
そういう態度を取られると、僕としては調子に乗ってしまうよね。

「僕は彼氏のつもりだから」

あ、僕以外にその役職は譲る気はないよ?

トドメとばかりに一言残してやると、名前はもう絶対に僕の方を見ようとしない。
いやだからさ、それ、可愛いんだって。
一体どういう育て方をされると、そんな可愛い子になるの。
…まあ、後半はずっと見てたから知ってるんだけども。

そんな可愛い名前の頭に手を伸ばし、ぽんと乗せた。
びくりと身体が揺れてるのも可愛い。


「さあ、行こうか」


気軽に君の頭に手を伸ばせる事を、こんなに喜ばしく感じているなんて、ちょっと恥ずかしいけどね。

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