02
あのまま学校に通えていたら、今頃私は何をしていたんだろうか。
漠然とそんなことを考えてしまう。
もし、私が呪霊と遭遇なんてしなければ、今も学校に通って、友達と過ごして、普通の高校生活を送っていたんだろうって。
もう戻れない日々に思いを馳せることも、前程少なくなった。
それはきっと、この人の所為だ。
「ん? どうしたの、名前。食べないの?」
五条さんの部屋で、五条さんと向かい合ってオムライスをつついているのが、今思うと不思議でならない。
最初はあんなに気持ち悪い人だと思っていたのに。
心境の変化って、本当にあるんだな。
ぱく、と一口オムライスを入れて、目を細めて五条さんを見つめる。
体調が元に戻ってから、私は何だかんだ言いつつ、こうして五条さんの家にお世話になっている。
同じ屋根の下で過ごすのも恥ずかしさで死んでしまいそうだったのに、今ではすっかり慣れてしまった。
…というか、この人から離れるのが嫌だと思っている。
きっと色々やりようはあったはずなのだ。
これから私が出来る事を覚えて、自分の能力と折り合いをつけて生活ができるようになったら、五条さんの隣に居る必要なんて、なくなるだろう。
その時が来たら、私は五条さんから離れる選択をするだろうか。
「何? さっきから無言で見つめてきて。そんなに見つめられるほど、イイ男?」
五条さんはスプーンをお皿の上に置いて、自分の頬に手を添える。
そして、またもや信じられない言葉を吐く。
「オムライス好きでしょ、早く食べないと僕が食べるからね」
「……なんでオムライスが好きって、知ってるんですか」
「そりゃ、君に聞いたからだよ」
「…犯罪者」
確かにオムライスは好きだ。
私の好物の一つでもある。
だけど、問題はそれを五条さんに言った覚えが一つもないところだ。
どうせ昔の私に聞いて、記憶を消したんだろうけれど。
それが気持ち悪く感じてしまうのは、仕方ないと思う。
とうとう不審者から犯罪者へクラスチェンジしてしまった五条さんは、それでも嬉しそうに口元を緩めて、スプーンを手に取った。
私はその姿に呆れつつ、諦めて自分の皿のオムライスを片付ける事にした。
「では、おやすみなさい」
「おやすみ、名前」
私の頭をわしゃわしゃと撫でて、五条さんは自分の部屋へと入って行った。
リビングに残された私は、撫でられた頭を自分の手で撫でつつ、とぼとぼと自分の部屋へ。
前は五条さんと一緒の部屋で眠ったこともあったけど、今はちゃんと別の部屋を用意してくれている。
…だったら、最初から用意してくれたらいいのに、なんて思ったけどそんな事を言えば明日から私の部屋が無くなり、問答無用で五条さんの部屋で過ごすことになるだろう。
五条さんが用意してくれた私のベッドにゴロンと転がった。
ふかふかなマットの上、すぐに瞼が落ちてくる。
明日はずっと楽しみにしていた日。
明日の事を考えるだけで、幸せな気持ちになれる。
ぽかぽかと幸せを抱いたまま、私は夢の世界へ足を踏み入れた。
◇◇◇
「何だか緊張するねぇ〜」
「…え、嘘でしょ」
私の横でわざとらしくソワソワと身体を揺らす五条さん。
手には有名店のお菓子の袋が下げられている。そんな様子を私はとても冷めた目で見つめている。
この人が緊張なんて、することがあるのだろうか。
どの口がそんなことを言うんだ。
「僕だって緊張はするよ、彼女の家に挨拶に行く時は、特にね」
「誰が彼女ですか」
見慣れた道を歩き、見慣れた家が見えてきた。
華麗に五条さんの言葉を否定しつつ、私はやっぱり少し喜んでいた。
五条さんのお陰、っていうのがなんかあれだけど、やっぱり嬉しいものは嬉しい。
見慣れた家の前で立ち止まって、五条さんがインターフォンを押す。
中から出てきた人物に私は自然と涙が零れそうになった。
「ただいま、お母さん」
そう言って母に微笑みかけると、母もまた私と同じような顔をしていた。
「おかえり、名前」
母の瞳が五条さんを映す。
五条さんの姿を見て、母は少し驚いていたけれど、すぐに表情を戻して扉を大きく開けた。
「中へどうぞ、五条さん」
「ありがとうございます〜」
へこへこと頭を下げている五条さんの姿はとても珍しいけれど、態度はいつもとそんなに変わっていない。
私と五条さんは中へ。
客間に通されながら、隣の五条さんがぼそりと呟いた。
「良かったね、帰ってこれて」
本当に。
これも五条さんがいなかったら叶わなかった。
五条さんが休みの日に「名前の家に行こう」と言ってくれなかったら、私は家族の顔さえ見ることは出来なかった。
忙しい毎日の中で休みなんて貴重なのに、その一日を私の為に使ってくれた。
そんな五条さんには、素直に言っておかなければならない。
「五条さん、ありがとう」
自然と私は五条さんの手を握っていた。