38. おわり

「炭治郎さん、禰豆子ちゃんが起きたら教えて下さいね、お礼言わないと」


私が目覚めて二日が経った。
まだベッドの上から動くなと言われているので、外には出れないけど、炭治郎さんと伊之助さんがお見舞いに来てくれた。
善逸さんから、私のケガの出血を止めてくれたのは禰豆子ちゃんだと聞いたので、炭治郎さんにお願いした。
炭治郎さんは快く頷いてくれて「でも、名前の体調を戻す事が先決だ」と頭を撫でてくれた。
この人は本当にお兄ちゃんみたいな人だな。
でも私炭治郎さんより年上なんだけどな、ちょっと悲しい。

「二人とも、ご迷惑をお掛けしました」

炭治郎さんと空いているベッドで肘をつきながら、寝転がっている伊之助さんに言う。

「気にするな」
「お前弱ェんだから、さっさと養生しろよ」

猪の言葉に少しだけイラ立つ私。
この人、私の心配をしてるのか貶しにきたのかどっち?

なるべく表情に出さないで「それはどうも」と答えた。

善逸さんは私のベッドの縁に座って、伊之助さんを凄い顔で睨んでいた。
やめなさいやめなさい。
ここでケンカしないでよ、お願いだから。

善逸さんを見て気付いた私は声を上げた。

「そう言えば、善逸さん。羽織はどうされたんですか?」

いつもの金色の鱗模様の羽織を纏っていない。
その様子は新鮮だけど、何か落ち着かないので尋ねた。

善逸さんは少し言い辛そうに言葉に詰まって「破けちゃった」と答える。

「えぇ!?破いちゃったんですか!?勿体ない」
「名前、善逸は羽織を割いて名前の止血をしていたんだよ」

吃驚して声を上げてしまった私に、炭治郎さんが優しく語りかけてくれた。
一瞬ぽかんとしてしまったが、善逸さんの方を向いて私は「ごめんなさい!」と謝罪する。
あんな綺麗な羽織を…申し訳なくて下を向いた。

「じいちゃんに新しいの頼んでるから。名前ちゃんのもね」

苦笑いした善逸さんが答える。
ああ、私の羽織も酷い有様だったんだろうね。
折角藤乃さんに貰った大切な羽織、ほんと申し訳ない。


「あ、ってことは破けた羽織まだ残ってます?」
「端切れ程度しかないよ?」
「いいんです。それ欲しいな、なんて」


善逸さんに可愛らしく頼んでみた。
何に使うんだ、と言いたげな顔をした善逸さんが、すくっと立ち上がり、部屋を出ていく。
暫くすると、酷くボロボロになってしまった羽織を手にした善逸さんが戻ってきた。


「これだよ?」
「十分です、ありがとうございます」


それを喜んで手に取って、大事に畳んだ。
この羽織が欲しかったんだ。
羽織を胸に抱くと、伊之助さんが「けっ」と興味無さそうにそっぽを向いた。
善逸さんは少し頬を赤らめて恥ずかしそうだ。

「あとはアオイさんから針と糸を貰って、っと」
「え?手仕事出来るの?名前ちゃん」

私の言葉に驚いたような声を上げる善逸さん。
失礼すぎるでしょ。私だって一応女子なんですけど。
でも、本当は旦那様のお屋敷にいる時に藤乃さんに教えて貰ったんだとは言わない。

「でーきーまーすー。ずっと寝ているのは暇なので、小物でも作ろうかなって」

べーっと舌を善逸さんに向けて出した。
一瞬むっ、とした善逸さんは「何つくるの?」と聞いてきた。

「シュシュとかちょうどいいかなって。私、髪長いからまとめる時に欲しいし」
「シュシュ?」

炭治郎さんと善逸さんが聞きなれない言葉に首を傾げた。
あ、そうだった。シュシュなんてこの時代に存在しない。

「えーっと、髪留めとか髪飾りかな?」
「へぇ、名前は器用なんだな」
「もしよかったら、禰豆子ちゃんの分も作りますよ」
「本当か!禰豆子も喜ぶと思う」

ふふ、と炭治郎さんが笑う。
私も釣られて笑った。

何だかんだ過ごしていたら、炭治郎さんと伊之助さんは「訓練があるから」と出て行ってしまった。
のに、いつまでたっても善逸さんは動かないので、顔を覗き込みながら言ってやった。


「何で善逸さんは訓練に行かないんですかねぇ?」
「や、だって…名前ちゃんが心配だし…」
「そんな事言って。本当は訓練が嫌なんでしょ」


ほら、さっさと行く!と声を掛けてやると、嫌々ながら立ち上がる善逸さん。
そんな後ろ髪引かれたような顔してもダメです。
黙ってブンブンと首を振ったら、諦めたようにため息を吐く。


「訓練が終わるまでにはこれ、完成させておきますから」
「はいはい。それ、別に俺の羽織じゃなくても良かったんじゃないの?名前ちゃんのもあったんだし」


羽織をぴらっと見せながら言うと、唇を尖らせた善逸さんがちらりとこちらを見た。

あー、他の布ね。
確かに私の羽織の方が使える面積多かったかもしれないけどね。


「善逸さんとお揃いが良かったんですもん」


にこっと微笑んでそう言うと、善逸さんの顔が段々真っ赤に染まっていく。
「は、はぁ?そ、そんな事言う!?今!?」と何故か慌て出したので、よくわからないけど。


「あ、でも禰豆子ちゃんの作るときは、これ使いませんよ」
「何で?」


まだ顔の赤い善逸さんは、少し不思議そうに首を傾げた。




「私だけじゃダメですか?」



言うのが恥ずかしかったので、羽織で口元を隠しながらそう言った。
すると善逸さんは暫く固まって、そして


「あー…馬鹿じゃないの…」


と言ったと思ったら、つかつかと私の方へ戻ってきて。


私の手を握って、そしてゆっくり唇に口づけを落とした。
すぐに離れてしまったけど、私と善逸さんは見つめあいながら、くすっと笑う。

「真っ赤ですよ」
「名前ちゃんもだよ」
「いいから、早く行ってきて下さい!」
「わかったってば」

名残惜しそうに今度こそ善逸さんは部屋を出て行った。


私は、暫く出て行った扉を見つめてから、羽織を顔に押し当てて悶えた。


あの人、いつの間にあんなイケメンみたいな事するようになったんだ…。
私の心臓が持たない。どうしてくれるんだ、この音。

きっと善逸さんにもバレているんだろうけど。



私は羽織から顔を離して、愛おしいそれを撫でた。

幼い頃からこの羽織に惹かれていた。
一生、離れてやるつもりもない。
これからもずっと一緒ですよ。

私の大好きな人。