49. 金色の髪


そっぽを向いてしまった善逸さんに、私は少し苛立ちながらも、藤乃さんと用意したお茶を配っていく。
袴って初めて着たけど着物より動きやすいかもしれない。
これから袴で行動しようかな。
ふふ、と含み笑いをしていたら隣で善逸さんが「何笑ってんの、変だよ」と零した。
ほんと、善逸さんね。
あなたね、欲しい言葉を素直にくれない癖にね。

とりあえず黙って善逸さんを睨んでおいた。


「名前も旅には慣れたか」
「ええ、お陰様で。今なら私、なんでも出来ますよ」
「…あのね、もれなく俺が大変なんだからさ、何でも首突っ込まないで…」


片手で頭を抱えながら善逸さんが言う。
戦闘中はそうですけど、それ以外は結構私、役に立ってません?
ずずず、と暖かいお茶を口にしながら不服そうな顔だけ善逸さんに向ける。


「そうですね。前に、羽織がボロボロになったと連絡を頂いた時は肝を冷やしましたよ」
「…あの、えと…すみませんでした…」


藤乃さんが険しい顔をして頬に手を当てる。
確かに最初の方はわりと頂いた着物の殆どを着れなくしてしまっていたっけ。
結局セーラー服ももう酷い有様だったし。


「2人が元気そうでなりより。暫くここに居るのか?」
「そろそろ任務があるよ。でも任務が出るまでは居ようと思ってるよ」
「そうか、なら…後で鍛錬じゃな」
「はぁっ?嘘でしょ?俺、休息しに帰ってきたんだけど!!」


旦那様がニヤリとした顔でそう言うと、善逸さんの顔が悲壮感に満ち溢れる。
善逸さんは嫌そうだけど、旦那様は知りたいんだよ。
貴方がどれだけ強くなったのかを。
きっと凄く喜んでくれると思うけどなぁ。




私たちは暫く4人で他愛もない会話を楽しんで、それから藤乃さんが下ごしらえしてくれていた夕餉まで頂いた。
久しぶりに食べる藤乃さんのご飯は美味しくて、また私は泣きそうになったけど、すぐに善逸さんになんとも言えない視線を投げられたので、涙が引っ込んだ。




「お二人のお部屋はそのままにしてありますからね。ゆっくりお休み下さいね」

藤乃さんがそう言って、頭を下げた。
私も藤乃さんにお礼とおやすみなさい、を言ってから自分の部屋の襖に手をかけた。

「あー…ほんとだ」

中に入ると、本当にそのままだった。
私が出て行った時のまま。小さい机、長い間使ってたお布団。
私の手鏡もそのまま机の上にあった。

きっと藤乃さんが定期的に掃除をしていてくれたのだろう。
私がいた時よりも整理されている気がする。
さっきお風呂を頂いたから私は手鏡の前に座り、わしゃわしゃと自分の髪を布で拭き取る。
ある程度乾いた所で、お布団を部屋の真ん中へ敷いた。

久しぶりだなあ。この部屋で長い間過ごしていた。
嫌なことも嬉しい事も布団の中で考えていたっけ。
今となってはいい思い出の1つだ。

私は折角敷いた布団に横になろうとしたけど、思い立って縁側に続く障子に向かって歩いた。
すっ、と開いた障子を開けて縁側に出ると、何度も夢見た藤の花のお庭が広がっていた。
さっきまで少し曇っていたけど、今は晴れている。
月も雲間から顔を出して素敵なお庭を照らしていた。

さっきお風呂を貰ったばかりなのに、私は縁側へ腰を下ろした。
風邪引かないかな?ま、いっか。

キョロキョロとお庭を見渡す私。
全然変わってない。
ここの藤の花にはとてもお世話になったし、この庭を桃持って何度も往来した。
近くで鍛錬する人に届けて、それから夜はこっそり善逸さんの後を付けたこともあったっけ。
懐かしい。

藤乃さんがここに戻ってくるなんて、と言っていたけど、私も戻って来られるなんて思ってもみなかった。
面と向かっては言いづらいけど、善逸さんには感謝だなぁ。

その時、ギィ、と床板のしなる音がした。
庭に向けていた視線を音のする方へやると、すらりと伸びた足が見えた。

「あ、善逸さん」

視線をそのまま上に持っていくと、ため息と共に善逸さんが居た。
浴衣を着てるから、もう寝るとこだったのかも。

パタパタと縁側の外へ足を動かしていたら、善逸さんの「風邪ひくよ」という声がした。


「風邪ひくのは馬鹿だけなので、私は風邪ひきません」
「何言ってんの…馬鹿でしょ」


誠に失礼な事を呟きながら善逸さんは私の隣へ座った。

「何見てたの?」
「お庭ですよ。久しぶりだったから、ちょっと眺めていただけです」
「ふーん…」

善逸さんも私と同じように庭に視線をやる。

「善逸さんは、何で縁側に?」

庭を見つめたまま善逸さんに問いかけた。
善逸さんは少し言いづらそうにモゴモゴして、それから口を開く。

「厠に出たら、どっかの誰かさんの音が聞こえたから…」
「あらー…さては善逸さん、私の事好きですね?」
「茶化さないでよ」

ほんのり顔を赤くした善逸さんを眺めて、私は目を細めて笑う。

「…善逸さんは、いつの間にか頼りになる男の人になっちゃいましたね」
「どういう事それ、俺の最初の印象どうなってるの?」
「え、最初ですか?」

私の口元がひくついてしまう。
それを見た善逸さんも呆れた顔でまたため息を吐いた。
だって、最初でしょ?
言ってもいいの?

「言った方がいいです?」
「さっきまで聞きたかったけど、その顔見て何となく察した」

前髪を払いながら善逸さんの目が私を見る。
月夜に照らされた金色の髪が綺麗だな、って思ってしまった。


「……最初は、ただの女好きだと思ってたんですよ」


ポツリと零す。
そう、最初の印象は最悪。
旦那様が連れ帰ってきた時はグズグズ泣いてたかと思うと、すぐに藤乃さんの手を握りに行ったり。
警戒心MAXで対応してたっけ。

「昼間なんかずーっと鍛錬から逃げるし、そのお陰で私は獪岳から睨まれるし」
「…獪岳に睨まれたのは俺の所為なの?」
「善逸さんがちゃんと鍛錬しないから、私が八つ当たりされたんですー」
「あぁ、そういう事」

脳裏に浮かぶあの日々。
善逸さんが来てからこの屋敷は喧しくなった。
でもそれが心地よいと思い始めたのはいつからだっけ。
ああ、そうだ。

「夜中にこっそり鍛錬してたのを見てからですよ、見直したのは」
「そんな事もあったね」

遠い目をする善逸さん。
あれから大分経ってしまったけど、根は真面目な人だから今でも皆で鍛錬してるもんね。

「あの時は黒髪だったんですよね、髪」
「あー…この髪色にも慣れたな」

自分の髪の毛を摘んで善逸さんが顔を上げる。
そんな様子を見ていたら、私も善逸さんの髪を触りたくなって手を伸ばした。

「…なに、」
「私も触りたいんです」

不機嫌そうな視線を無視して、私は善逸さんの髪に触れる。



「黒髪も好きですけど、私はこの色がいいです」



物心ついた時から、ずっと近くにあった色。
雷を受けて変わってしまった色だけど、この色に恋焦がれていた。
大好きな人の、大好きな色。


気持ちよくワシャワシャと触っていたら、いい加減鬱陶しくなったのか、善逸さんの手が私の手首を掴む。
掴んだまま腕を下ろして、善逸さんと目が合う。

さっきまで呆れた顔していたのに、何か今はもう優しい顔をしていて。
思わず私の胸がドキンと跳ねる。
何で、そんな顔するの。


「逃げないで」


無意識に身体が後ろに退いていたみたい。
善逸さんがくすり、と笑ってそう言った。
そして、ゆっくり腕を引かれ、善逸さんの胸の中に納まる私。

私の心臓が喧しいくらい鳴り響いている。

これだけ近かったら善逸さんの胸の音も聞こえそう。


善逸さんの手が私の頭を撫でたかと思ったら、そのまま頭上で聞こえるリップ音。

あ、頭っ…ちゅーされた、ちゅーされた!

もう私自身が沸騰しそうだ。
恥ずかしいし、ドキドキするし、私の頭の中はパニック。
そんな私を知ってか知らずか(きっと音で分かってる癖に)
私の耳元でそっと囁いた。



「…ねえ、俺の部屋に来てくれる?」



いつもの善逸さんとは違った、大人な声で。

その言葉の意味を、私は正しく理解出来ているだろうか。



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