52. お洗濯


優しく抱き締められる感触で私は目を覚ました。

目の前には善逸さんの傷跡みえる胸板があって、それから私も裸だった。
布団は被っているけど、それにしたって大胆な恰好に違いない。
今更ながら自分の行動に恥ずかしくなってきた。

どどどどうしよう、私、善逸さんと…。
忘れていた高揚が全部顔に集まってくる。
恥ずかしくて死にそうだし、しかも今まだ抱きしめられてるし!
ほんと、どうしよう…。


「起きた?」


顔の上から声がした。
まあ、善逸さんなんだけど。
恥ずかしくて若干視線を逸らしながら「…はい」と答えると、善逸さんが苦笑いしていた。

「ごめん、無理させ過ぎた。まさか気を失うなんて思わなくて」
「い、いえ…あの、すみません…」

顔から火が出そうとはまさにこのこと。
出来る事なら逃げ出したいくらい恥ずかしい。
先程の影響なのか善逸さんがいつもより眩しく見える私は、相当患っているみたいだし。

それに気づいた善逸さんが、ニヤァと笑ったのをなんとなく私は理解した。


「何でこっち見てくれないの…?」


わざと顔を近づけてそう尋ねる善逸さん。
いや、貴方の所為!全部、貴方の所為!
お願いだからこれ以上近付かないで下さい。
もう私の心臓はもちません。

逃げようと悶えるけどがっつり善逸さんに掴まっていて、逃げられない。
頼むから、意地悪しないで…。


「これ以上いじめないで下さい」
「そうだね、さっきイジメすぎたもんね」


悪戯っ子のような顔で口角を上げる善逸さん。
だから、止めてって言ってるでしょ!
ほんとやだこの金髪。

「私、結構寝てました…?」
「あー…1時間くらいかな?後始末はしたから安心して」
「後始末?」

善逸さんの言葉にポカンとする私。
言い辛そうに善逸さんは「その、血とか」と零した。

「血、血っ!?」
「うん…」

それを聞いて気が遠くなる私。
あれだけ痛かったのだから血くらい出てるだろうけど、その後始末をさせてしまったというのか。
女子としてこれほど恥ずかしい事があるだうか。
もう一度気を失いたいくらいだ。

すっかり気分も落ち込み黙り込んでしまった私に、善逸さんが背中を優しく撫でる。

「あー…幸せ」

小声で囁かれた言葉に私はまたドキリとしてしまう。
本当に私って現金な奴だ。


「名前ちゃんさ、自分の音がどんな風に聞こえるかって聞いただろ?」
「…? え、えぇ…」

この屋敷に帰ってくる時にそんな会話をしていた事を思い出した。
だけどその時は上手くはぐらかされたというか、返答に困って答えてくれなかったような?
凄く優しい目で私を見つめる善逸さん。
だめだ、この目、安心する。



「名前ちゃんの音はさ、甘いんだよ」
「甘い?」



甘いって何。
匂いとかに甘いって言うのは分かるんだけど、音ですけど?


「なんか胃もたれしそうな…」
「そういうのじゃなくて、クラクラするっていうか…俺の気がおかしくなるんだよ」


どうしてくれんの、名前ちゃん。

耳元でそう囁かれて。
私はまた体温が上がってくるのを感じた。



「私も、音が聞こえたらいいのに」



善逸さんの音が聞こえたら。
きっと善逸さんも甘い音がしますよ。


私も善逸さんの背中に手を回して、さっきよりも更に密着する。
善逸さんが一瞬吃驚したけど、また強く抱きしめてくれた。


「今日はもう寝よっか。明日、足腰痛いだろうし」
「明日といいますけど、今も痛いですよ。あー痛い痛い」
「ほんとごめんってば。次からは痛くないように頑張るから」
「つ、次…」


次、と言われてまた恥ずかしくなる。
そうか、次もあるのか。
嬉しいような、恥ずかしいような。


「ほら、一人でまた赤くなってないで、寝なさい」
「……善逸さんが悪い」
「わかったから。目を閉じろって」


苦々しく善逸さんを見たけど、善逸さんは相変わらず優しい目で私を見てくれている。
善逸さんの硬い手が私の瞼をそっと閉じさせる。


「いつまでも、俺の隣にいてよ」
「…こういう営みの後の愛の言葉って、信憑性に欠けるんですけど」
「あのね、名前ちゃん。俺だって恥ずかしいの我慢して言ってるんだから、雰囲気をぶち壊すのやめてくれる?」
「はい、黙って寝ます」



善逸さんに怒られたので、私は今度こそ瞼を閉じた。



暫くして善逸さんの寝息が聞こえてきた辺りで私は瞼をこっそり開けた。
年齢相応の寝顔がそこにあった。




「ずっと一緒ですよ」




この人には聞こえてないかもしれないけど。
離れるつもりなんて毛頭ないんですからね。





私はやっと夢の中へ足を踏み入れる事にした。






―――――――――――――――




「あら、名前さん、早いですね」


早朝、一人で庭に出ていたら起きてきた藤乃さんにそう言われる。
私は苦笑いを見せつつ「ま、まぁ」と答えると不思議そうに首を傾げる藤乃さん。


「お洗濯して下さったんですか?こんな朝早くに…」
「え、えーっと…汚れものがあったので…」


私の目の前にある大きな桶と洗濯板を目にして、驚く声を上げる。

はい、私が汚したんです。
どうかそっとしておいてください。


暫く首を傾げた藤乃さん相手に私は、何度目かのため息を吐いた。



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