53.ご指導



洗濯を終えた私は、藤乃さんと共に朝ご飯の用意をする事にした。
久々に立つ台所での食事の用意。
私だけじゃなくて藤乃さんも楽しそうだ。

私は下半身に若干の違和感を感じつつ、立ち作業をする羽目になったけど…。

朝ご飯が出来て、居間にそれらを並べた。
旦那様は早々に起きてきていて、もう席に着いているけど、肝心の金髪はまだのようだ。
そういえば、涎垂らしながら寝てたもんね。
最後に部屋を出る時の光景を思い出して、ため息を吐いた。

「名前、善逸を起こして来てくれんか」
「わかりました。皆さんはお先に召し上がってて下さい」

旦那様が私にそう言って、善逸さんの部屋の方を見た。
この会話をするのも久しぶりだ。
以前は何度か起こしに行っていたから。

私はさっと立ち上がり、善逸さんの部屋へ向かった。
後ろで藤乃さんがクスクスと小さな笑い声を漏らしていた。


「善逸さーん、起きてください」

そう言って襖を開けたら、珍しい事に善逸さんは起きていた。
任務があるかもしれないから、隊服は着ている状態で羽織に手をかけていた。
善逸さんと私は目が合って、何故だか私の方が先に目を逸らした。

「おはよ、名前ちゃん」
「お、おはようございます」

昨夜のことが頭を過ぎって恥ずかしい。
でも善逸さんの方はわりと普通である。
私だけこれだけ緊張しているなんて、なんか嫌だなぁ。

「もう朝ご飯?」
「そうです、皆さんお待ちですよ」
「あー…久々にゆっくりしたなぁ…」

よっこいしょ、と羽織を着た善逸さんが立ち上がる。
そして襖にいる私に近づいて、すれ違いざまにポンと頭に手を置いた。

「呼びに来てくれたの?」
「え、ええ。ほら、行きましょ」
「うん、その前に」

頭に置かれた手がそっと後頭部へ回り、私の顔を引き寄せる。
そして、善逸さんが私の唇にちゅ、と小さいリップ音を残してキスをした。
いきなりの事で吃驚して何も出来なかった。


「好きだよ、名前」


そう言って笑う善逸さんに対して、私は顔を赤くするしか出来なかった。
何なんだこの人。
今まであんまり口にしなかった癖に、タガが外れたようにスルスルと愛の言葉を言うようになるなんて。
しかも、名前…。

「も、もう!!いいから、早く行きますよ!」
「…はいはい」

正気に戻った私はポカポカと善逸さんの背中を叩いて、居間へ行くよう急かす。
善逸さんはそれを楽しそうに見ていた。


「おはようございます、善逸さん。昨日も思いましたけど、隊服がしっくり似合うようになりましたね」
「うむ。やっと鬼殺隊としての自覚も出てきただろう」
「…おはよ。自覚とか言われるとよく分かんないけどね、少なくとも隊服を着てないと落ち着かないくらいかな」

居間について朝の挨拶をする善逸さん。
藤乃さんや旦那様の言う通り、隊服が似合うようなってきたね。
近くにいると分かりずらいけど。

ご飯を食べ終わり。
善逸さんはちょっと走ってくる、と言いそのまま出ていってしまった。
蝶屋敷では絶対そんなこと言わないのに。
帰ってきて思う所があったのかな。
元々根は真面目だからね。

私は藤乃さんと共に家事でもしようかと思っていたけど、藤乃さんに「実家に帰ってきたのですから、ゆっくりして下さい」と丁寧に断られたので、旦那様と一緒にお茶をしばくことにした。

旦那様と2人でお茶を飲むなんて、あんまりなかったかもしれない。

「善逸はようやっとるか」
「きっと旦那様ならもうお分かりだと思いますけど、善逸さんは凄く強くなりました。私を守ってくれるんです」
「それは何より」

旦那様が満足そうに頷く。
嬉しそうな旦那様の姿を見て私も思わず笑みが零れる。

「後で善逸さんを見てあげて下さい。口には出さないですけど、善逸さんも旦那様に見てもらいたいと思っていますよ」
「そうか、名前が言うなら、見てみよう」
「あと、善逸さんのついでで良いので…」

私はずっと考えていた事を口にする。

「私も、旦那様に剣術を習いたいなーなんて…」

そう言うと、旦那様が1寸置いてくっくっ、と笑い始めた。
え?そんなにおかしい事言ったかな、私。
旦那様がことり、と湯のみを置いて優しい目で私を見る。

「善逸の言った通りか…」
「えっ?」

ニコニコと微笑む旦那様。
私は意味がよく分からないので、首を傾げておく。

「名前、それは難しいんじゃないか」
「…旦那様もそう思いますか?」

何となく分かってはいたけど。
旦那様にもそう言われてしまい、私は少しシュンとなる。
自分でも剣術が今更出来るとは思ってはいない。
でも、何も出来ない状態で善逸さんにただ守られるのが嫌なのだ。
これは私のエゴかもしれない。

「才能も左右するからな。絶対無理だとは言わんが、名前にはもっと他に出来る事があるんじゃないか?」
「善逸さんは絶対無理だし、やめろって言ってました…」
「……彼奴ならそう言うかもしれんな」

呆れた声で旦那様が言う。
やっぱり善逸さんの言った通りかー。
私は、はぁとため息を吐いて分かりやすく項垂れた。
苦笑いを見せる旦那様。

「呼吸も出来ないし、私ほんと何も出来ないんです…」
「そもそも呼吸なんて誰でも使えるものではない。そこまて落ち込む事は無いぞ。実際使えてもこの屋敷を去った者が何人もいたじゃろう?」

旦那様の言葉にこくりと頷く。
確かに私みたいな小娘に扱えるなら、あんなにいたお弟子さん達に出来ない筈がない。
さらに深いため息が漏れた。

「折角、柱の方から短刀も頂いたんですけど、いまいち力が入らなくて、戦闘でも殆ど役に立たないんですよ」

懐から愛用の短刀を取り出して、旦那様に見えるように差し出す。
それをまじまじと見つめた旦那様が、顎に手を当てて考え込むような仕草をする。

「力の掛け方が分からないだけじゃないのか?」
「力の掛け方?」

旦那様が口元を緩めて頷いた。
ようは短刀を使う時、力が分散して思ったように振れないという事だった。
私としては全力で力を掛けているつもりでも、無駄に力んでいたりして結局効果が半減している、と。

「それって、どうしたらいいんですかね?」
「…うーむ。名前、ちょっと庭へおいで」

旦那様がよっこらせと立ち上がり、私はそれに続いた。
両手で短刀を持って。


庭に出ると、お弟子さんたちが刀を振る時に使用していた巻藁を旦那様が出してくれた。
そして、私の短刀を指さして持つように言った。
言われた通りに私は短刀を逆手で握る。

「刀というのは、基本的に指の力加減で決まるのだ。短刀は普通の刀と違って勝手が違うが、力を掛ける場所は変わらない」

旦那様の手が私の指の位置を動かす。

「このまま刺してみなさい」

旦那様に直してもらった持ち方で、私はそろりそろりと巻藁に近づく。
そして、短刀を振り上げおもむろに巻藁に刺した。

「あれ?」

今までと違った感触に私は戸惑う。
これまでより手応えがあるし、自然に力が掛かっている気がする。
短刀を抜こうとしたけど、深く刺さっていてなかなか抜けない。

「正しく力を掛ければ、より深く刺さる」

その代わり中々抜けないという事も理解しておかねば、命取りになるがな。
と、旦那様は呟いた。

私は刺さったままの短刀をマジマジと見つめ、思わず口から「ほぉ〜…」と漏れていた。
流石旦那様だ。

「何も刀だけではない。力をかける場所さえ押さえれば、威力は大きく変化する」

そう言って旦那様は私にご指導してくれた。
結構な時間、お庭で過ごしていたと思う。
いつの間にか善逸さんの叫び声が聞こえて、私ははっとなった。

「ちょ、じいちゃん!!何で名前ちゃんに教えてんだよ!!」

私と旦那様の様子を見た善逸さんが、焦ったように口を出す。
あー…折角いい所だったのに。

面倒な人に見つかったと心の中で呟いたら、音を聞いた善逸さんに睨まれた。
すみませんね。



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