01

近所に美味しいと有名なパン屋さんが存在する事を知った。
学校の人達が教えてくれたので、放課後皆で行こうと話していたけど、皆の都合がつかなくて。
パン好きな私は我慢できず、放課後にこっそり一人で向かった。



表向きは普通のパン屋さん。
店の前まで来ると匂ってくる香ばしいかおりについつい、涎が出そうになるのを我慢する。
ガラスの扉を開けて中に入ると、素敵な空間が広がっていた。


なんなの…!!
可愛いパンが勢ぞろいじゃない!!


棚に置かれたパンたちは幼い子供向けだろうか、クマやウサギの形をしたチョコレートパン、クリームパン。
それらのクオリティが高すぎて、食べるのが勿体ないくらい。
思わずごくり、と唾を飲んでしまう程の出来。
ふと、棚に「焼きたて!」の文字が見えてしまったので、トレーに乗せてしまった。


えへへ、全てこの子たちは私の胃袋へ納めてあげるよ〜。
ニヤニヤと店の中を物色する姿は不審者そのものかもしれないけど、許してほしい。
私だって、こんないいお店を知ってしまったら我慢なんて出来ない!


結構な時間をかけてパンの前で購入する子を迷っていた。
クマちゃんとウサギちゃんは購入確定だけど、普通のお惣菜パンも捨てがたい。
私は自分の眼鏡をくいっと上げて、もう一度よく吟味する。
その時、背後からクスクスと笑い声が聞こえた。


慌てて振り返って声の主を探した。
レジの前でエプロンを着た男の子がそこにいた。
耳には大きなピアス?イヤリング?をしていて、エプロンの下の制服はキメツ学園の生徒である事が伺える。
男の子は私をみてクスリとまた笑った。


途端に恥ずかしくなる私。
そうだ、お客さんが誰も居ないからと言って、一人で好き勝手にニヤニヤ物色していたんだった!!
このまま消えてしまいたい気持ちになってきた。


「あ、ごめん。気にしないで、好きに選んでいいよ」


笑っていた男の子がそんな私の様子を見て、口を開いた。
恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!!
そんな事を言われたら余計に選べなくなってしまう。


「…あ、いえ…も、もう充分選びました、から…」


引っ込み思案の私の性格が出てしまった。
モジモジしながら、トレーをそっとレジに持っていく私。
きっと変な子だと思われたよね?
どうしよう、折角良いパン屋さんを見つけたと思ったのに、来るのが恥ずかしいなんて。
同い年くらいの男の子に笑われるくらい、変だったよね。


「そうか。君が選んでいる姿、とても幸せそうだったから、こっちまで楽しくなったんだ」


キラキラとした笑顔で私からトレーを受け取る男の子。
何だこの人!
こんなリアル王子様みたいな、素敵な笑顔を振りまく人なんて初めて見た!
何だろう、胸がどきどきしてくる。
大体男の子と話すのが早々ない私にとって、これは刺激が強すぎる!!
体温が上昇していくのが分かって、一刻も早くこの場から立ち去りたい気持ちになる。


「…あ、このクマ、俺の妹が考えたパンなんだ。是非、ご賞味あれ」


はい、と男の子からパンの入った袋を手渡しされ、また更に屈託ないのない笑顔でそう言われる。
もう心の中では叫びたい気持ちで一杯である。
どどど、どどうしよう!
とんでもない所に来てしまったのかもしれない!
王子様だ!ここに王子様がいる!!


「あ、ああ、味わって食べさせてもらいます…」
「うん、また来てくれると嬉しいよ」


トクン、トクンと鳴りやまない胸の音に私は戸惑いを覚えていた。
これはこれはこれは!!
もしかして恋に落ちてしまったという奴ですか!!
少女漫画的なアレ!!
だって、目の前の男の子がキラキラして見えるし、それになんかカッコいいし!
ととととにかく!!今すぐここを出ないと、私の胸が破裂しちゃう!!


男の子にコクコクと鳩の様に頷いて、私はパンの入った袋を両手に下げる。
まるで逃げるようにドアに手を掛けて、大慌てで外に出ようとすると、私の背中にまた声が投げかけられる。


「ありがとう、苗字さん」


なななな、名前ぇぇぇ!? 
振り返って男の子を見るとひらひらと手を振って「またな」と笑っていた。
何故名前を知っているのか、と問いたくなったけどそれどころではない。
取りあえず、ミッションクリア!
急いでこの場から立ち去る事だけを考えよう!!


小走りでパン屋から遠ざかりながら、私は少女漫画的な思想で頭が一杯だった。





ああ、これが恋の匂いか。