眠るきみに秘密の愛を


「禰豆子ちゃ〜ん、一緒にお花見ない?」

日が暮れてから、縁側でお手玉を捏ねていた禰豆子にお声が掛かる。
まるで善逸がもう一人いるようなセリフだが、善逸じゃない。
声の主は俺と同じ鬼殺隊の苗字名前。
俺の恋人である。

長い髪を片側だけ耳にかけ、禰豆子に手を差し伸べる姿はまるで聖女だ。
禰豆子も名前の事は好きだ。
だから、その手を取ってさっさと二人で庭へ走り出してしまう。
俺を置いて。

最初は微笑ましく見ていたんだ。
禰豆子が心を許す相手は多い方が良い。名前も禰豆子の事を気に入っているから、何の問題もない。
問題があるとすれば俺の心だ。

名前と禰豆子が楽しく笑っている姿を、笑顔を貼り付けて眺めているけど長くは持たない。
特に最近は禰豆子がベタベタなのだ。名前に。

「きゃぁ! 禰豆子ちゃん!」

悶々と考えていたら早速だ。
名前の小さな悲鳴と共に、名前はその場に腰を抜かす。
何故なら禰豆子が名前に抱き着いたからだ。

うん、羨ましい。

それだけならまだしも、禰豆子はあろうことか名前の胸に、顔を引っ付けて揺らすのだ。
それがこそばゆいのか名前がケラケラと笑いつつ「禰豆子ちゃん、やめてぇ」と声を上げる。

うん。
羨ましい。

止めてといいつつ嫌がる素振りはそんなに見せていない。
禰豆子も分かっていて止める事はない。
ぎゅーっとくっついた二人を見守る事数分、やっと名前が立ち上がり、縁側へ戻ってくる。

「疲れちゃった…」

そう言って腰に引っ付いている禰豆子と共に縁側へ腰掛ける名前。
疲れた、と言って戻ってきたけど、俺には分かる。
俺を気にしてわざわざ縁側へ戻ってきたことを。
名前の優しい匂いが鼻を掠めた。

「今日も素敵なお月さまが見れそうね、炭治郎?」
「ああ、そうだな」

相変わらず禰豆子が引っ付いたままだが、名前は俺にそう言って微笑みかけた。
確かに名前の言う通り、今日は天気が良かった。
夜も曇らずに月が見れる事だろう。

「季節は違うけど、お月見したいわね」

甘えた禰豆子が名前の膝に頭を乗せる。
名前が愛おしそうに禰豆子の頭を撫でた。
気持ちよさそうに瞼を閉じる禰豆子は、暫くするとそのまま静かになってしまった。

「あら、寝ちゃった?」
「名前に久しぶりに会えたから、興奮して疲れたんだろう」

禰豆子の頭から手を離し、覗き込むように顔を見る名前。
自分の髪が禰豆子に掛からないように、かき上げる姿は月夜と相まって色気を感じた。
思わず自分の身体が動きそうになるのを必死に理性で止めに入る。
…だめだ、駄目だ。妹の禰豆子が膝にいるし、きっと名前は今、何かされるのを望んではいない筈だ。

名前とは久しぶりに顔を合わせた。
お互い、単独任務が続いてすれ違いの生活だったんだ。
だから寂しいと思っていたのは禰豆子だけじゃない。

だ、だが…俺は長男だから!
寝ているとはいえ、禰豆子の横で名前に触れるなど、許される筈がない…。

俺が頭を抱えて悩んでいる時、トン、と肩にちょっとした重みを感じた。

そっと肩に目をやると名前の頭がそこにあって、俺は自分の身体に一瞬で緊張が走る。
お、俺の肩に…名前の頭が…!
同時に珍しいとも思う。あまり名前から甘える事はしない。

そーっともう一度名前を見てみると、気付いた。

「…寝てるのか」

はぁぁぁ、と思わず長いため息を吐いてしまった。
禰豆子同様、瞼が閉じられていて長い睫毛が良く見えた。
それに規則正しい寝息も聞こえる。
思い上がってすぐに気付かなかったのを恥ずかしく感じてしまった。

ただ、疲れていたんだな。

任務が立て込んでいたのは知っていた。
休む暇なんて無かったはずなのに、合間を縫って会いに来てくれた。
身体は疲れている筈だから、眠りたくもなるだろう。

今は寒い時期でもないから、すぐに起こす必要はない。
だったらもう少し、このままにしておいても問題ない。


「とはいえ、この状況は中々苦しいぞ…」


ちらりと寝ている顔に目をやる。
ここ最近、こんなに近くにいた事は無かった。
男として、思う所はあるんだ。

自分の心臓の音が聞こえる。
まるで善逸になったみたいだ。
それだけドキドキしているということか。

はあ、ともう一つため息を零す。

気を逸らすために空で輝いている月を眺めた。

思っていた以上に綺麗だ。
だけど、もっと綺麗なのは…。


キョロキョロと辺りを見回して、誰もいない事を入念に確認した。


すっと顔を名前の顔に近付けて、可愛らしいその唇に触れた。


誰にも見つからない間にすぐに離れてしまったけど、俺一人だけ顔を赤くしてるんじゃないか…。

「あ、暑いなぁ、今日は」

誰もいないのに俺は言い訳がましくぽつりと呟いたのだった。



眠る君に秘密の愛を。





妹に嫉妬するなんて、長男としてどうなんだ。




atogaki
ゆうみさま、リクエスト有難うございました!
禰豆子に嫉妬する彼氏炭治郎のお話がご希望でしたが、如何だったでしょうか?
ちょっと変態チックになってしまいました、ごめんなさい長男。
邪な気持ち7割、長男3割といった感じでしょうか。すみません…。
どっちかというとヘタレな炭治郎になってしまいましたが、
ゆうみさまの良いように補完下さいませ…。
この度は誠に有難うございました!

お題元「確かに恋だった」さま

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