あの人の背中を思い出しながら
やっとここまで来た。
藤の花に囲まれた場所、生き残った数人と一緒に鎹鴉を授けて貰った時、ほとんど実感はなかった。
全身が軋むように痛むけど、足は止めないで元来た狭霧山へ帰る。
フラフラと足元が覚束ない。それもそうだろう、まともに睡眠も食事も出来なかった一週間だった。
生きるか死ぬか、これほど追い詰められたの初めての経験で、一時も安らぐ事は無かった。
それでも、あの背中に並ぶまで私は自分の信念を曲げるつもりはなく、無我夢中で刀を振った。
数年前、大好きだった幼馴染が消えてから。
私と幼馴染は同じ山で生まれ育った。
私の家は商人の家庭、炭を売る幼馴染の家と繋がりがあった。
同じ年頃の私達はすぐに仲良くなり、幼馴染の兄妹とともに、暇があれば遊んで過ごしていた。
幼馴染のお父さんが亡くなってからは、沢山の兄妹の兄である幼馴染は、後を継ごうと頑張っていたのも知っている。
長女である妹もそんな兄を支えて、私から見ていても仲睦まじい兄妹だった。
あの日が訪れるまでは。
いつものように街へ出た帰り、幼馴染の家に寄って世間話でもしようとしていたのだ。
もう一生、忘れる事が出来ない、光景だった。
血痕があちらこちらに残る現場で、幼馴染が一心不乱に穴を掘っていた。
横に立つ妹はぼーっとそれを眺めており、普段と様子が違う。
何があった、と尋ねてみると、幼馴染は悲しそうな顔で「皆、死んでしまった」とぽつり呟いた。
信じられなかった。
幼馴染の横に寝かされた、冷たくなった家族の姿を見るまで。
嘘、何で。
言葉が出ない、その場に座り込む私を余所に、幼馴染はずっと穴を掘っていた。
全員を埋葬すると、幼馴染と妹は二人で手を繋ぎ「俺達、行くよ」と言って別れを告げる。
それが今生の別れだと気付いた私は、嫌だとまるで子供のように駄々をこねた。
けれど、幼馴染はゆっくり首を振って「禰豆子を元に戻すと決めたんだ」と決意を漏らした。
その表情は幼馴染のお父さんが亡くなった時と同じだった。
私の足は動かなかった。
ただ流れ落ちる雫を拭う事もしないで、二人の小さくなっていく背中を見つめることしかできなかった。
あんなに自分が情けなく感じた事は無かった。
何も出来ない自分が、動かなかった足が。
あれから後悔に後悔を重ねて、今私はここにいる。
幼馴染に遅れる事2年。
痕跡を辿り一人で旅をし、幼馴染が修行した育手の師匠の元で暫く過ごした。
彼がどうなったのかを知り、自然と私も同じ道を辿ると決めて、鍛錬を続けてきた。
やっと、鬼殺隊になれる。
最終選別で生き残ったら、鬼を抹殺する組織へ加入する事になる。
彼は、其処にいる。
昔の事を考えていたら、もう目の前に鱗滝さんの山が見えた。
安堵したと同時に身体の力が抜ける。
あ、しまった。気が抜けた。
身体が傾き、そのまま態勢を立て直す事も出来ず私は倒れた。
――――――――――――
「名前…」
自分の名を呼ぶ声で目が覚めた。
倒れた拍子に気を失ったらしい。
いや、それよりもこの声の主は。
自分の身体が温かい。
優しく抱き締められている事もそこで理解した。
「名前!」
もう一度名前を呼ばれた。
そうだ、この声は久しぶりに聞く、あの幼馴染の、炭治郎の。
思考の回らない頭で昔の光景を思い出す。
昔よりも幾分、低くなってはいるが、本質は変わらない。
「炭治郎…?」
ゆっくり瞼を数回瞬きをして、周囲を確認した。
日光が逆光して顔が見えづらい。
けど、見慣れた耳飾りと私の顔の横にある市松模様の羽織が、私を抱いているのが炭治郎だと教えてくれた。
羽織の下に見える、黒い隊服。
ああ、本当に炭治郎は鬼殺隊になったんだ。
うつろうつろとする意識の中、私はその頬に手を伸ばした。
「遅くなって、ごめんね」
ずっと一緒に居たかった。
炭治郎と一緒に。
あの時一緒に行かなかった自分を責めて、責めてやっとここまで来れた。
「やっと、会えた」
「ああ、会えたよ。名前が俺達を追いかけてくれたから」
「…会ったら、言おうと思っていた事、あったんだよ」
「俺も言いたい事あるよ」
ああ、駄目だ。
眠くて眠くて意識が飛びそうだ。
もしかして、目の前に見える炭治郎も夢なんじゃないかと思い始めてきた。
炭治郎の分厚い掌が私の瞼を閉じさせる。
「今はゆっくりお休み。俺は名前の傍から離れないから」
優しい炭治郎の声を最後に、私は意識を手放した。
やっと大好きなあの人の背中に追いついた。
atogaki
さらさま、リクエストありがとうございました!
元々同じ山育ちで幼馴染だったヒロインちゃんが、炭治郎の後を追って鬼殺隊に入るお話をご希望でしたが、
いかがだったでしょうか?
もうこのお話だけで長編行けましたね。もう短編で済ませるのが勿体ないシチュエーションです(´;ω;`)
うちには既に原作沿いの長編があったので、泣く泣く諦めましたが、もう三部作くらい行けたんじゃないかと…。
炭治郎はヒロインちゃんが最終選別に行ったのを聞いて、ずっと鱗滝邸で待っていましたが、
結局待てずに迎えに行ったようです。
くっそぉお、もっと書きたかったですね…。
後悔が止みませんが、こんなものでよければお納めくださいませ。
この度はありがとうございました!
お題元「確かに恋だった」さま
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