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この学園に赴任してきてから早三か月。
最初は着せられてる感満載だった白衣も、今ではいい感じに似合うとさえ思っている。
赴任する前のこの学園の噂は酷いモノで、個性的な生徒に加え、教諭もこれまた癖のある人ばかりと聞いていた。
赴任前日は恐ろしくて枕を濡らしたが、いざ赴任してみると思っていたよりも案外働きやすい職場だと気付いた。

勿論、噂通り、個性的すぎる生徒ばかりだし、
一癖どこから二癖も三癖もありそうな教諭たちには、不用意に近づくのも憚れるけど。

とは言え、皆通じて言えるのは良い人だという事。

以前の職場でセクハラばかり受けていた私にとっては、正直天国。
ストレスない職場というのは、これ程までに快適だなんて思いもしなかった。

最高の職場だと、信じて疑わなかった。
…その人を見かけるまでは。



「冨岡先生がさー、いつもボッチなんだよ」

保健室という場所は生徒のたまり場になりやすい。
勿論、それが原因で生徒に舐められたり、学級崩壊するようなことがあれば問題ではあると思うけど。
休み時間にちょろっとお話するくらいは、私は問題がないと思っている。

そして今日もお弁当を食べていると、最近仲良くなった生徒たちが自分たちのお昼ご飯を持参してやってきていた。
その中の一人、金髪が目立つ風紀委員の我妻くんは、焼きそばパンを頬張りながらそう言った。
すぐに横に居たカッコイイピアスをした竈門くんが止めに入る。

「善逸、そんな言い方はダメだ。冨岡先生は一人が好きなんだ」
「だからボッチじゃん。あの顔でボッチって、いい気味だよな」
「冨岡先生って、そんな人なの?」

赴任して3か月経っているとは言え、関わりのない人とは本当に関わりがない。
記憶を頼りに思い出してみたけど、いつもジャージ姿でクールな様子しか覚えがないから、
ボッチだと言われても信じられないなぁ。あの顔でしょ?女子生徒には人気だと思うんだけどな。

「お昼ご飯は一人で食べてるみたいですよ。外階段の所にいるんじゃないかな?」

竈門くんの妹、禰豆子ちゃんがフランスパンを千切りながら教えてくれた。
前髪横のピンクのリボンが跳ねていて、可愛らしいなあなんて考えていたけど、
それを聞いて思わず声を上げる私。

「そ、外階段!? 何でそんな所で…」
「友達いないんじゃないの?」
「善逸、言いすぎだ」

ケラケラと笑いながら言う我妻くんにそれを窘める竈門くん。
私は一人で食べる冨岡先生を想像して眉間に皺を寄せてしまった。
えー?本当に? だって、あのルックスで、一人で食べてるなんて。
しかも外階段で。



「そんなに気になるなら、見てきたらいいじゃねぇか」



今まで黙々と天丼を食べていた嘴平くんが口を開いた。
コトン、とお椀を置いて、端正な頬にはご飯粒が散らばっている。
それを竈門くんがせっせと一粒ずつ取ってくれていた。優しい子だ、この子は。

「なんか観察しに行くみたいじゃない」
「間違ってないだろーが」

嘴平くんがぽつりと呟く。
まあ、その通りなんだけどねぇ。うーん。
でも生徒から心配されるほど、冨岡先生ってお一人様タイプなんだろうか。
それは少し気になる。
一応、保健師としての立場から言わせてもらうと、生徒だけじゃなくて先生のメンタルヘルスも私が見るべきだと思うし。
最高の職場だと思っていたけど、まさか教師イジメとかじゃないよね?

胸に一抹の不安を抱えたまま、私は適当に言葉を濁してその場をやり過ごした。

いやまさか、そんな、ねぇ?



なんて思っていた自分が間違っていた事に気付いたのは、その数十分後。
あの子たちがご飯を食べ終わり、教室へと戻って行ったのを見届けた後、私はソワソワしながら保健室を後にした。
ベ、別に冨岡先生を見に行くんじゃないし?ただ外階段横の自販機でジュース買うだけだし?
馬鹿みたいに自分に言い訳をして、外階段へと歩を進める私。
もしかしたら、もう居ないかもしれないし…。

そう思いつつ、外階段が見えてきた辺りで私の足は止まった。
居た、居た。
外階段の一番下の段に座って、菓子パンを食べる後ろ姿。
それは紛れもない冨岡先生であり、周囲に人がいない所を見ると、本当に一人だ!

恐る恐るゆっくり近づき、自然に話しかけてみる事にした。

「と、冨岡先生? こんな所でお食事ですか?」
「苗字か」

少し動揺が出てしまったのは、私のミス。
私の声で冨岡先生は顔を上げ、変化のない表情で「ああ」と零した。
まずい、こんな所で、なんて余計な言葉を使ってしまった。
思っていても口に出すなんて、失礼じゃないの私。

一人胸の内で焦る私に冨岡先生はまったく気にしないで、ちゅーっと横に置いていた牛乳パックを吸う。

「職員室で食べられないんですか?皆さん、いらっしゃいますよ?」

冨岡先生の前にしゃがみ込み、目線を合せて尋ねる。
もぐもぐと口を動かしている冨岡先生は私から視線を逸らさずに、そして
「…喋りながら食べられないから、一人で食べている」と小さく呟いた。

か、か…可哀想!!
冨岡先生、可哀想っ!!
あまりの悲しい一言に思わず自分の口を手で押さえてしまった。
あの子たちが言っていたボッチ飯は本当だった。
しかも結構根深そうなボッチだ。可哀想。

「他人と食べるのは苦手ですか?」
「……あぁ」

そうだと思います。
だって私の質問にこんな二文字で終わるような返答しかできないなんて。
もう可哀想すぎて胸が痛くなる。
生徒からボッチだと指さされている事実はご存知なのだろうか。
体育教師としての威厳が損なわれつつあるのではないのかと心配になってしまう。

「…別に困っていない」
「そうでしょうけど」

私の言いたい事が伝わったのか、聞いてもないのに勝手に言う冨岡先生。
それが余計、可哀想に思えてくるからどうしたらいいの。
教師間のイジメで無かったのは一安心だけど、これはこれで保健師としてほっとけない。
折角見つけた最高の職場。綻びがあったら気になってしまう。


「では、冨岡先生。これから私と一緒にお昼食べませんか? 喋りながら食べる練習をしましょ?」


ふと思い立って口に出した。
私に言葉に冨岡先生は、少しだけ目を見開いて「…何故だ」と不愛想に呟く。

「冨岡先生がお一人でご飯を食べているなんて、生徒が見たら悲しみますよ。体育教師のカッコイイ威厳が無くなってしまいます」
「別に問題ない」
「そんな事言わずに。事実、ここで冨岡先生がお一人で食べているのを教えてくれたのは、生徒たちですよ」
「……」

冨岡先生の手が止まる。
あ、少し気にしてる。
その様子に思わずくすりと笑ってしまう私。




「冨岡先生、私とお友達になってください」



俯いてしまった冨岡先生に私は右手を差し出す。
私の手と顔を交互に見つめた冨岡先生が戸惑っている事が私でもわかった。

仕方ないので菓子パンを持つ冨岡先生の手を掴んで、無理やり握手をする私。


「はい、これで私と冨岡先生はお友達になりました」
「…友達とはそういうものか?」
「そういうもんです。明日から、私とお昼ご一緒してくださいね?」


そのまま沈黙してしまった冨岡先生に、無理やり明日の約束を取り付けた。
最終的には私だけじゃなくて、この学校の先生みんなと普通にお話が出来るようにしてあげたい。
あんな前の職場みたいにハラスメント事案が横行するようなクソみたいな職場にしたくない。
私の職場改善はこれから始まるのだ。

こっそり胸に秘めた目標を掲げ、私は満足そうに頷いた。




「俺は友達になりたいわけでは…」
「がんばりましょうね。脱ボッチ!」
「…俺の話、聞いてるか」

いいえ、聞いてません。

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