番外


「義勇さん、義勇さん」
「なんだ」
「……毎回の休み時間に顔出さなくてもいいんですよ?」
「俺が会いたいから来た」
「…生徒からなんて言われているか、ご存じですか?」
「知らない」
「まあ、知らない方がいいかもしれませんが」

はあ、と溜息を吐いて、目の前の恋人に視線を向ける。
担任を受け持っている上に、体育教師なのだから授業の準備もあるだろうに、律義に保健室へ毎回顔を出す義勇さんに遠回しに頻繁に来なくていい」と言ってみたけれど、本人に伝わったのかどうなのか。
前までは昼休みに一緒にご飯を食べるだけだったのが、10分休みの時間もたった数分だろうとわざわざこんな僻地までやってきて、私の顔を見ては慌てて帰っていく。
顔を見るのは私も嬉しいけれど、流石に申し訳なくなってくるのでお断りをしている最中だ。
ちなみに堅物キャラだった義勇さんが生徒の中の噂では「女(保健室の先生)に貢いで付きまとうストーカー男」と呼ばれているらしい、とんでもない汚名である。

数か月前、私と義勇さんは晴れて恋人同士になった。
恋人になる前の義勇さんも素敵だったけれど、恋人同士になってからはとんでもないくらい優しくしてもらっている。
勿論それはとても幸せなことなのだけれど。

私ばかりいい思いをさせてもらっているようで、それはそれで嫌なんだよね。

「あ、もうチャイム鳴りますよ」
「ああ、戻る」
「ではまた後で、義勇さん」
「名前」

義勇さんの顔がぐいっと近づいて、そしてちゅ、と可愛らしい音を立てて離れていく唇。
突然の事にぽかん顔のまま私は固まってしまったけれど、義勇さんは表情を変えずにそのまま保健室から出て行ってしまった。
義勇さんが出て行って閉めた扉の音で我に返った。

「……な、なんなの」

あの人は。
付き合う前はそんなに甘々していなかったのに。
どこにそんなものを隠していたのだろうか。別にだからといって嫌いになるわけではないけれど。
むしろ、私の心臓がもたないだけで。

私は自分の火照る顔面を両手で隠しながら、デスクの上に突っ伏した。


◇◇◇


「え、結婚式!?」
「そうなの、ぜひ出てほしくって」

放課後、義勇さんのお仕事が終わるのを保健室で待っていた時だった。
胡蝶先生がにこにこと微笑みながら保健室に入ってきたので、私は喜んで出迎えた。
美味しいダージリンをカップに注いで、とっておきのお菓子を出しつつ、何か用があったのでは、と尋ねると相変わらずの優しい雰囲気のまま、胡蝶先生は「実は、結婚するの」と切り出したのだ。

突然の報告に私は昼間以上にびっくりして、ぽかんどころか、顎が外れるんじゃないかと思うくらい顔面が崩壊した。
だけど、今回はすぐに意識を取り戻し全力で「おめでとうございます!!」と声を上げた。
私の顔面変化に胡蝶先生はうふふと笑みを深くした。

「冨岡先生と一緒に出てくれないかしら。勿論他の先生も出席予定なんだけれど、二人には特に」
「ぜひ出席させてください! いやあ…本当に嬉しい、不死川先生やりますね」
「うふふ」

二人が付き合い始めたと聞いたのはいつだっただろうか、と思考を巡らせる。
付き合う前の不死川先生の様子からだと、結婚もさっさとしてしまいたい気持ちは良くわかるので、とても微笑ましく思う。
可愛らしい封筒の招待状を頂いて、私はそれを大事に胸にしまった。


「と、いうことで義勇さん。今週末はお買い物に行きますので、泊まりに来ないでください」
「何故」
「私が買い物に行くからです」
「それと泊まりに来るなという意味が分からない」
「買い物に行きたいからです」
「……俺も同行しては、迷惑か?」

帰りの車の中。
いつもなら、このまま私の家にお泊りするため家直行なのだけれど、胡蝶先生の結婚式に出るため休みの日にドレスを買いに行かなければならない。
流石にそれに付き合わせては迷惑かと思ったので、そう言ったけれど、運転席の義勇さんは少し悲し気に私を見つめる。

「め、迷惑ではなくて…ただ、女性メインのお店に入るのは抵抗あるかなって」
「ない」
「でも…」
「いいから、家に行くぞ」

有無を言わせず、義勇さんはそのまま発進する。
結局家に来たいだけじゃないのか、と思ったけれど私も義勇さんと週末過ごしたいと思っていたのも事実なので「仕方ないですね」と言いながら口元が緩んでいた。


「何色が似合うと思いますか?」
「……」

私は聞く人を間違えてしまったのだろうか。
義勇さんとデートがてらドレスを買いに出たはいいけれど、店に入って並ぶドレスを見ながら「何色が似合うか」と尋ねたらだんまりである。
私、そんなに答えづらい質問した覚えはないんですけれど。
ただその表情は真剣そのものだったので、私は面白くなって義勇さんが何か言うまで隣で待っていた。
数分後、やっと義勇さんの手が動いて、指さしたドレスは。

「白…? だめだめだめ!!」

それはそれは見事な白いレースのドレスだった。
明らかにそれは結婚式で着られないものだとわかるので、私は首をぶんぶん横に振って否定した。
また義勇さんがしゅん、と眉を下げたのが分かったので大慌てでフォローに入る。

「け、結婚式は花嫁さんが主役なんです。ウェディングドレスと同じ色のドレスを着ることは、あまり良くないのですよ」
「……そういうことか」

顎に手を当てて、納得したらしい義勇さん。
いやむしろ、知っていて欲しかったけれども。
でも、似合う色で「白いドレス」を選ばれたことは純粋に嬉しかったりする。

「……」
「なんですか?」

義勇さんがじーっと私を見つめているものだから、首を傾げて尋ねた。
すると義勇さんは表情を変えないまま。


「いや」


と言って、すぐに視線を逸らしてしまった。
言いたいことがあれば言えばいいのに、と思ったけれどお店に来た本来の目的を思い出し、私はガチャガチャとドレスを捜索し始めた。


◇◇◇


あっと言う間に不死川先生と胡蝶先生の結婚式当日。
私と義勇さんは並んで、二人の門出を祝福していた。
結局私が選んだドレスは義勇さんが「青がいい」と一言言ってくれたので、それに決まった。
義勇さんのイメージカラーを何となく青で連想していた私は、こっそり喜んだ。

髪のセットも結婚式場に隣接しているサロン店で見繕ってもらい、そのまま義勇さんと出席した。
普段学校で会う先生たちも何名か参加していたので、お喋りしながら待っていると、素敵な衣装に身を包んだ胡蝶先生と不死川先生が入場してきた。
勿論、先に入場してきたのは不死川先生で、後からお父さんと入場してきたのは胡蝶先生だ。

「はぁ、素敵」

バージンロードをゆっくり歩く様は、まるで天使のようだ。
それを優しく見つめる不死川先生の顔なんて、見たことない。
この二人は素敵な夫婦になるだろう、と容易に想像できた。

「そうだな」

珍しく義勇さんも口数が多い。
私に合わせるように呟いた言葉に私はますます嬉しくなった。

それから胡蝶先生のご両親へのお手紙でもらい泣きをしていたら、隣からぐずぐずと音が聞こえたので、見てみると義勇さんが鼻を啜っていた。
「義勇さん、泣いてますか?」と聞いたらすぐに「泣いてない」と返ってきたので、それ以上何も言えなかった。

式も終盤。
式場スタッフが綺麗な色とりどりの花が入ったブーケを持って胡蝶先生の前へ。
そして、胡蝶先生はそれを大事そうに持つと、参列した私たちの方を見て微笑む。
ブーケトスだ!
会場内の独身女性が息を飲んだのが分かった。
ま、前に行くべきだろうか。だけど義勇さんの手前ぐいぐい取りに行くのは、結婚を急かしているように思われないだろうか。
ドキドキしながら、どうしようか悩んでいると、胡蝶先生がゆっくり前に歩いてくる。
よく見ると、私たちの方へ向かって歩いてきていないだろうか?

「……これは苗字先生に」

そう言って胡蝶先生は私にブーケを手渡しする。
本当は良くないのかもしれないけれど、と前置きして。

「次は可愛らしいキューピットが幸せにならないと、ね?」

ね?と義勇さんにもウィンクする胡蝶先生。
義勇さんはすぐに「ああ」とぶっきらぼうに返して、片手で私の手を握った。
私は義勇さんと胡蝶先生のおかげですっかり顔が赤くなってしまって。
それからの式はほとんど記憶に残らなかった。


「素敵なお式でしたね」

帰り道。
お返しの品をぶら下げて、私と義勇さんは同じ帰路についていた。
今まで何度か結婚式に参列したことはあったけれど、今回のは特別。
大好きな二人の結婚式とあって、気持ちも全然違う。
そして。
私の手にある華やかなブーケ。
私たちの行く末がこのブーケにかかっている、とまでは思わないけれど、それでも期待せずにはいられない。
あの時、義勇さんは否定しないで「ああ」と言ってくれた。
それがあの時だけの言葉だなんて思いたくないし、義勇さんは冗談でそんなことを軽々しく言う人でもない。
いつか、胡蝶先生みたいに、私も。私たちも。

「名前」

ふと、呼び止められて、私は半歩後ろを歩いていた義勇さんの方へ顔を向ける。
少し期待に満ちた表情をしているのが自分でも分かる、それが恥ずかしい。

義勇さんはいつものように、何を考えているかわからない顔をしていたけれど。
でも、私の頬にそっと手を添えて。

啄むように口づけを落とした。


「俺の、嫁になって欲しい」


唇が離れて熱の籠った瞳に射抜かれて。
そして耳元で囁かれた言葉は、幻聴ではないかと頭の片隅に思いながらも、私はそれに深くうなずいた。


「冨岡先生、私の旦那様になってください」


いつぞやのセリフを思い出して。
気が付けばそう口にしていた。
義勇さんは一瞬驚いた顔をしていたけれど、すぐに「ああ」と力強くブーケごと私を抱きしめた。




さようなら、お友達。



立派な嫁になってみせます。

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