05
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こんな日に外出するなんて、とても気分が良い。
日光に当たりながらそう思うけども、私の心情的に言えばあんまり穏やかではない。
ドクドクドクとかつてない程心臓が喧しくて、緊張している。
久しぶりにひらひらのロングスカートなんて履いてみたけれど、浮かれているように思われないだろうか。
髪型も普段はアップだけれど、今日は軽く巻いて下ろしているし、ちょっとは女性らしい恰好をしている。
ちょっと気合を入れ過ぎただろうか。
だって男性と出かけるなんて、今までそう何度もあった事でもないし、最後がいつだったかなんて記憶も定かでない。
この年になると色々億劫になるし、機会もどんどん減っていく。
そんな折、謝花さんの一言で何か思いついた冨岡先生から誘われた。
どうやらご飯をご馳走してくれるらしい。
別にそんな気を遣う必要は全くないのに、と思うけれど珍しく冨岡先生が発言したことだから、尊重しようと思う。
そういう訳で私は今、待ち合わせ場所の駅前に立っている。
緊張してしまい約束の時間1時間前からスタンバイしているんだけどね。
だって、まさかこんな展開になるなんて思っても見なかった。
ただの同僚とのご飯だとしても、男性と、である。しかも二人きり。
これで緊張しないわけがない。はあ、と軽くため息を吐いて、腕時計に目をやる。
まだあと30分はある。
冨岡先生、どんな格好で来るんだろう。
いつもジャージ姿だから、想像つかない。
あの学園の生徒・教諭は皆、顔面偏差値が高い(私を除く)。なので、そこそこ可愛い、カッコイイ恰好をすると
途端、目を引く存在になるのではないかと思うんだ。
冨岡先生も表情の変化はそんなにないけど、カッコイイし。
あくまで一般論だけど。
「苗字」
道行く人を見ながら、冨岡先生の事を考えていたら、背後から声が掛かった。
紛れもない約束していた人物のものだったので、私はドキンと胸が鳴る。
ゆっくり振り返って「冨岡先生、こんにち…」と挨拶をしようとしたのだ。
あまりの衝撃で言葉は途中で止まってしまったけど。
「待ったか、苗字」
若干額に汗をかいている冨岡先生。
私を見かけて走ってきてくれたんだろうか、ちょっと申し訳ない。
でも、それどころではない。
「ま、待ってはいませんけど…冨岡先生、その恰好…」
「何か問題あるか」
「……」
学園で見る恰好、いわゆる青ジャージそのままの冨岡先生がそこにいた。
問題ありまくりですけど?
嘘嘘嘘っ!?
ジャージでお出かけする人なんているの!?
というかそれ、私服なの!?
「冨岡先生、今日ってお仕事だったんですか?」
「いや、休みだ」
「ですよね」
少しだけ希望を持って聞いてみたけど、そんなことはなかった。
これがただ散歩に出かけるだけなら、ジャージでもいいでしょう。
ただ私達が今いる場所は繁華街、そんな所をこんな顔立ちの良い人がジャージで闊歩するなんて。
思わず眉間に皺が寄る勢いで、冨岡先生のジャージを睨みつける私。
不思議そうな顔をした冨岡先生が首を傾げるけど、貴方その恰好で何の疑問も抱かないのかーい。
こうなったら仕方ない。
「今日って、ご飯何時からでしたっけ?」
「18時に予約している」
「でしたら、また2時間程ありますね、冨岡先生、私に付き合ってください」
「あ、あぁ…」
有無を言わさず宣言する。
この格好ではだめだ。
私は冨岡先生に似合う服を見繕うため、無理やりジャージの袖を掴んで歩き出した。
ズンズンと目的の場所まで歩く間、道行く人も冨岡先生のジャージを一瞬見て、もう一度見て、そして顔を見ていた。
そうでしょうそうでしょう。男前がこんな格好してたら、勿体ないでしょう。
もっと冨岡先生には似合う恰好があるはずだ。
私もそこまでセンスがいいかと言われると疑問だけど、ジャージよりましだ。
「メンズのお店って、あんまり入らないから緊張しますね」
「そうか」
やっと見つけたシンプルなメンズファンションのお店。
冨岡先生にはごてごてしたデザインも似合うかもしれないけど、取りあえず今日はシンプルなものでいい筈。
男性店員がそこかしこにいるけれど、女性もののお店と違うのは、店員さんが気軽に話しかけてこないという所だ。
黙って私に連れられてきていた冨岡先生を鏡の前に立たせ、気になる服を手あたり次第冨岡先生の前に持ってくる。
これは!?これは? これでどうだ?
着せ替え人形の如く、鏡の前で数々の服を合せられる冨岡先生。
やっとそこで気が付いたのか「俺の服を探しているのか」と口を開いた。
そうだ、説明していなかった。
「そうですよ。折角のお出かけなのにジャージは勿体ないです」
「…そうなのか」
「そうです。私がカッコイイの選びますので、あとで試着してください」
「分かった」
案外素直だ。
本人の了承も得たので、私は真剣になって合いそうな服を探す。
パーカーみたいなものもいいけど、大人な男性なのだから、すっきりジャケットなんてどうだろうか。
グレーのジャケット、ネイビーのジャケットを両手に持ち目を細める私。
どちらが良いだろうか。いや、どちらも似合うだろうけど。
「冨岡先生、どちらがお好みですか?」
ふと彼の意見も尊重しなければと思い、ジャケットを並べて見せる。
冨岡先生は変わらない表情で「どちらでも」と声を上げたけど、それではだめだ。
「ダメです。じゃあ、直感で決めてください」
ほら、とジャケットを冨岡先生の顔の前に持ってくる。
珍しく悩んだ顔でジャケットを見つめる冨岡先生。
暫く無言の時間が続いて、そしてやっと冨岡先生の口が開いた。
「…じゃあ、こちらで」
そう言って指をさしたのはネイビーのジャケットだ。
ほう、落ち着きある方にしましたか。
確かに似合う。
私はこくりと頷き、それを富岡先生に持たせて、グレーのジャケットを仕舞いに行った。
良い感じに全身の服を見繕ったので、店員さんにお願いして試着させてもらえることとなった。
ジャケットとパンツ、そして丸い襟のシャツを渡して富岡先生をカーテンの中へ。
私は、じっと外で待つ。
暫くもぞもぞと着替える音が聞こえ、何だか急に恥ずかしくなってしまう。
少し強引だったかな、富岡先生嫌がってなかっただろうか。
ふと考えながら心配になってくる。
そんな私に横にいた店員さんが口を開いた。
「今日は彼女さんが服を選んでいるんですね」
「か、かっ…え、えっと…」
彼女、だなんてっ!
店員さんにニコリと微笑みながら言われると「違います、同僚です」なんて言えなくて。
しおしおと萎むように「……ハイ」と小さく声を上げる事しか出来なかった。
どうか富岡先生には聞こえませんように。
「苗字、どうだろうか」
冨岡先生の声がしたので、慌てて顔を上げた。
シャーっとカーテンが開かれ、中からは普通にカッコいい人がそこにいた。
シンプルなマオカラー白シャツの上にネイビーのジャケット。
パンツはグレーにして、爽やかなカジュアルスタイルにしてみた。
お、おおぅ。
ジャージより全然いいじゃないですか!
途端に顔面に熱が籠る私。
意識すると余計に体温が上がっていく。
だってだって、普通にカッコイイ恰好だから。
「どうした?」
「い、いえ…お似合い、です」
私はもう冨岡先生の顔が見れないので、若干目を逸らしてははと笑う。
普通にカッコいいです、はい。
「どうされますか?」
「では、これを」
「承知いたしました」
店員さんがさっと冨岡先生に近付き、レジへと案内しようとする。
私ははっと気が付いて、自分のカバンの中から財布を取り出そうとした。
が、それは冨岡先生によって止められてしまった。
「ここは、私が払います。私が勝手に選んだので!」
「選んでもらったのだから、俺が払うべきだ。気にするな」
「…でも」
私をその場に残し、冨岡先生はレジへ行ってしまった。
結局、支払いは全部冨岡先生がしてくれた。
さっきまで好調だった気持ちも、申し訳ない気分で一杯だ。
うーん、と思っていたらレジ付近に置いてある、青い縁取りのハンカチが目に入った。
冨岡先生にばれないよう、近くにいた店員さんにそれを渡して、ラッピングをお願いした。
私が出来る事って、これくらい。
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