働き始めて3年が経った頃。
仕事にも慣れてて来て、大きめの案件を任されるようになった頃だ。
新人の時とは違った業務内容にワクワクすると同時に、重く圧し掛かる責任に戸惑いを感じていた。
好きで入った仕事だ。
自分の能力が発揮できるチャンスを貰ったからには、と頑張ったのがいけなかったのか。

同期のクソみたいな男に、あっという間に横から掻っ攫われてしまうなんて。
男女差別が無くなってきたとはいえ、ウチの昔ながらの風習残る会社は、男性の方が圧倒的に強いと感じる場面がある。
それを分かっていたのに、同期だからと気を許して、今度のプロジェクトの内容をペラっと喋ったばかりに
まるパクリされた挙句、私よりもクオリティの高い企画を出されてしまった。

これが飲まずにやっていられるか。

ぐびぐびと目の前のジョッキを空にして、はぁああ、と内に秘めた鬱憤を吐き出した。
ふざけんな、あのクソ。
そりゃ、中身のクオリティは私の付け焼き刃な物より良かったよ?
でも元々、そのネタは私の考えたものじゃないか。

あー…やめよっかな、あの会社。

考えれば考える程、鬱になっていく。
カウンター越しから「もう一つ下さい…」と注文した。
すると店員さんが冷えたジョッキを私の前へトンと置いてくれる。
それを受け取って、また一気にゴクリと飲み干した。

「飲み過ぎですよ」

居酒屋の店員さんが止めに入る程、私は飲み過ぎているのだろうか。
こちらは全然酔っていない。
お酒は強い方じゃないのに、今日はどうしたんだろう。
いくら飲んでも気持ちよく酔えない。

「次で終わりだから、もう一杯」

空きっ腹に飲むと後が悲惨な事は、身を持って知っている。
だから、枝豆を摘まみながら私は人差指を上げた。
店員さんのため息を聞いて、他のメニューにも視線を走らせる。



「あれ、名前?」


店の扉が開いて、若い男が入って来た。
その男はカウンターに一人座る私を見て、声を上げた。
突然名前を呼ばれて、私も思わず男の顔を見る。

「あ、我妻」

ピシっとしたスーツを着て、ネクタイを片手で緩める金髪。
それは高校の時の同級生だった我妻善逸だった。
生活圏は元々被っていた筈だし、偶に見かけてはいたが大学を卒業してからは見てなかったな。
ポカンとした顔で我妻を見ていたら、奴は私の横に腰を下ろした。

「何、お前一人?」
「…今、席を外しているけど、イケメンの彼氏がいるんだよ馬鹿」
「わかりやすい嘘つくんじゃないの。俺、耳良いの知ってるだろ」

クックックと学生時代と変わらない笑みを浮かべ、私の枝豆を摘まむ我妻。
そうだった、コイツは耳が人一倍良い。
ので、人の感情や考えている事がわかるらしい。もはやエスパーだ。

「俺にもビール」

慣れた様子で店員さんに注文する我妻。
はいよ、と軽快な返事が返ってきて、店員さんが我妻のジョッキを用意した。
ついでに私も頼んどこう。

「私も」
「お客さん、さっきので終わりって言ってませんでした?」
「え、お前、そんなに飲んでんの?」

私の注文は店員さんに止められ、そして横で我妻が密かに驚く。
あ、そう言えばコイツ、私が酒に弱いのも知ってたな。
これでも会社に入ってから少しは強くなったんだよ、少しは。

「少しだけだってば。旧友に会ったんだから、乾杯くらいさせて」
「これで最後ですよ?」
「ありがとう」

困った顔をした店員さんが、私と我妻にジョッキを渡す。
そのまま私と我妻は「おつかれー」とジョッキをコツンと合わせた。

「にしても久しぶりだねー。最後会ったの、いつだっけ?」
「卒業した時の打ち上げじゃない?私、潰れてたから最後の方記憶ないけど」
「……あー…そうだわ」

我妻とは大学まで一緒だった。
普通にたまに遊ぶ友達だったから、仲は良かったんだけど。
あれから3年か。長い間顔見てなかったな。

「スーツに金髪ってインパクトあるね」
「仕方ないでしょ、これ地毛なんだから。俺だって最初は染めてたよ、最初は」
「えー…勿体ない」

我妻が自分の髪を摘まんでため息を吐く。
そう、この金髪は地毛なのだ。
私も最初は信じられなかったけど、染めてたらこんなキューティクルを維持できないだろう。
それくらい我妻の髪は艶々で女子としては羨ましかった。
チビリチビリとビールを口に含み、ちらりと我妻を見る。

「最近どうなの、我妻。禰豆子ちゃんに振られた?」
「…あのね、なんで振られる事前提で聞くんだよ。ずっと振られてるよ、知ってんだろ」
「ですよねぇ」

高校、大学と我妻は禰豆子ちゃんという、可愛らしい女の子にぞっこんだった。
それが全然相手にされてなくて、客観的にみるとただ我妻が禰豆子ちゃんに付きまとっているようにしか見えなかった。

「我妻、良い奴なんだけどね。可哀そうに」
「…同情すんなよ、気色悪い。それより、名前の方はどうなの。こんなにお酒を飲むんだから、なんかあったんでしょ?」

耳の良い我妻は嫌いだ。
我妻の言葉にう、と言葉が出なくなる私。
我妻の目が楽しそうに煌めいたのを私は見逃さなかった。

「ふーん、何?お前こそ、振られた?」
「振られてない!仕事を横取りされただけ!」

プン、と我妻から顔を逸らして、それだけ言うと「ふーん」と先程よりもさして興味なさそうな声が返ってきた。
露骨だね、君。

「そんでガバガバ一人で飲んでるわけ?お前、寂しい奴だな」
「アンタ、それ自分にも跳ね返ってきてるの、わかる?」
「俺は男だし、一人で飲んでも絵になるだろ?」
「…どうだろう」

我妻と久しぶりに話したけど、こいつはこういう奴だったな、と段々思い出してくる。
憎まれ口は叩くけど、困ってる人がいたらそっと近寄っていくタイプ。
そして、追い打ちをかけるタイプ。
でも、いい奴。

「我妻は良い奴だよ、ホント。早く彼女が出来るといいねぇ」
「おい、だから何で彼女いない前提で喋ってくるんだよ」
「え、いるの?」
「いないけど」

吃驚して我妻の顔を見ると、言い辛そうに唇を尖らしていた。
あぁ、可哀想に。

くすっと笑みが漏れた私は、空っぽになったジョッキを見て目を細める。
良い感じで酔えてきたのに。
先程まで鬱々と飲んでいた時に比べて、やっぱり友達がいると全然違う。

「あー…名前?」
「ん、なに?」

水を飲もうか、どうしようかと考えを巡らせていたら我妻が声を掛けてきた。
目線を逸らさずに返事だけすると、我妻はちょっと言い辛そうにして呟いた。

「俺の家で飲みなおさない?」
「よし、行こう」
「決断はやっ」

ポリポリと指で頬をかいた我妻に私は即答する。
だって私だって飲み足りない。
明日は休みだし、どれだけ派手に飲んでも怒られないだろう。

「店員さん、おあいそで」

私は友達と飲めることが楽しみすぎて、ルンルンで財布を取り出した。
隣の我妻は小さくため息を吐いていたけど、気にしない。

私と我妻はそこから歩いて数分のとこにある、我妻の家へと向かった。




――――――――――――


「うるさ」

スマホのアラームの音で目を覚ました。
いつも枕元に置いてるから、頭上に手を伸ばしてスマホを探す。
こちとら昨日、飲み過ぎて身体が辛いんだって。
止めるまで永遠鳴り響くスマホを探すため、手をゴソゴソする私。
あれ、全然見当たらない。

ちょっと遠めに手を伸ばした。
ふわっとした感触が手にあって、私はそこで目を開けた。


「…え?」

私の手が触れていたのは髪。
自分のじゃない、隣で眠る我妻のものだ。
すーすーと寝息を立てている我妻が私の横にいる。
は?

状況が読めなくて、のそっと上半身を上げた。
布団がちらっと捲れて、また私は衝撃を受ける。

「……ッ、は、裸…っ!!」

上半身しか見えないけど、我妻は服を着ていない。
恐る恐る自分自身を見ると、見事下着姿だった。

サーっと血の気が引いていくのを感じる。

うそ、うそ。

目を見開いたまま辺りを見回すと、自分の部屋でもない。
ここは昨日、飲みなおしていた我妻の部屋だ。
シングルのベッドに二人で寝ていたという事になる。

え、何で?
昨日、飲んでただけだよね?

頭を押さえて記憶を呼び起こそうとしたけど、やばい。
全然覚えていない。
この部屋で飲んだことは覚えているけど、ベッドに入った事は全然。
ベッドの下には私の脱ぎ散らかしたスーツが落ちている。

それを見て段々、私の身体が熱を持つ。
これは、真面目に、もしかして。


「名前?」


我妻の呼ぶ声がして、私の身体が跳ねた。
慌てて布団で身体を隠し、俯く私。

「お、おはよ…」
「あー…おはよう。…どうしたの?」
「ど、どうしたって、何があったの!?」

我妻の何でもなさそうな声色で、私は余計に血の気が失せていく。
ちらっと我妻の方を見ると、肘をついてこちらを見る我妻と目が合った。
思わずドキリとしてしまう。


「何って、覚えてない?」
「…は、はい…」


もう動揺してギョロギョロと眼球が動き回る。
状況証拠だけあるから、なんとなく理解はしているけども。

私の返答に我妻の口角が上がった気がした。

「…へぇ、全然覚えてないわけ?」

布団を掴んでいた私の腕をそっと我妻が触れる。
そしてそのまま引っ張ると、私はバタンと布団へ倒れ込んでしまった。

「な、何す…」
「本当に、昨日の事覚えてないんだ?俺とイチャイチャした事」

悪戯っ子のように笑う我妻の顔が目の前にあって、私の気まで遠くなりそうだ。
う、嘘…まさか本当に…?
我妻と、その…。

「嘘でしょ、私下着履いてる、し」

苦し紛れに言い訳をしてみる。
下着姿だから何だというのだ。この場合、裸でなくて良かったとしか言えないのに。



「名前って初めてだったんだね、…奪っちゃった」



そう言ってニヤリと笑う我妻に、私は今度こそ言葉を失った。

大切な友達を一人失った瞬間でもあった。


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