私が頭の中で考えを巡らせていると、我妻は面倒臭そうに私のスマホのアラームを切った。

「まだ6時じゃん。休みの日なのに、6時にアラームセットしてるの?俺、もっかい寝る」

ポイっと私のスマホを足元へ投げると、そのまま枕へ沈んでいく我妻の頭。
何で、何でこいつ、こんなに普通なんだ。
訳が分からない。こちらは嫌な汗しかかいていないというのに。
すると我妻は私を抱き寄せ、あろうことかそのまま頭を抱き締めた。

「おやすみ」

ふ、と笑いながらそう言って瞼を閉じた姿に私はどうしていいかわからない。
あまりに至近距離過ぎて大混乱中だ。
ガッチリ頭をホールドされていて、抜け出せる雰囲気でもない。
し、しかもお互い裸みたいな恰好なんだから、これ以上近付くのは止めて欲しい。
我妻、下…履いてる、よね?
確認するのが怖いから、見ないけど。

「どうしたらいいの…」

ぽろっと零れた呟きは、私の本音だ。
記憶はないけど友達だった我妻と一夜を共にするなんて。
どうして?なんで?お酒、飲み過ぎたのかな。お酒に酔って人と寝てしまうなら、今後一切お酒なんて飲まない。

暫くすると我妻の寝息が聞こえてきて、私はゆっくり頭を動かしてみる。
ホールドされていた腕も寝た事によって、簡単に抜け出せそうだ。
そろりそろり、我妻を起こさないように手を持ち上げ、そっと私はベッドから抜け出す事ができた。
抜け出せばこっちのもの。床に落ちている可哀そうな私のスーツたちをかき集め、大慌てで着替える。
最後に自分のカバンとスマホを引っ掴むと、私は逃げるように我妻の部屋を後にした。

あ、部屋の鍵閉めてないけど、いっか。
それどころじゃない。

脱兎の如く逃げ出し、帰路へとついた。


――――――――――――――

家の鍵を開け、扉を開けた瞬間、今まで堪えていたものが込み上げるような感覚になる。
玄関でボトンとカバンを落とし、ヒールを適当に脱ぎ、ジャケットはソファに。
そして、ベッドに顔を押し付け、我慢していた気持ちを全て吐き出した。

涙が止まらなかった。

別に初めてだったことは良い。
今まで大事に残してきたものではない、ただ相手がいなかっただけ。
それよりも大切な友達を一時の酒で無くしてしまった事の方が、ショックだ。
最近顔を見てなかったとはいえ、我妻は私の学生時代の大切な友人。
学生時代の大切な思い出の一つだったのに。

それに誰とでも寝るような女だと思われたのかもしれない。
まあ、事実そうなってしまったんだけど。
もう我妻に顔を見せる事も出来ないし、話をすることも出来ない。
それが悲しくて悲しくて、私はずっと泣き続けた。

時計を見ずに泣いていたら、いつの間にか外は真っ暗になっていた。
コップ一杯水を飲んで、また私はベッドへ横になる。
もう何もしたくない。

そのまま転がっていたら、いつの間にか寝てしまっていたらしい。
カーテンの隙間から差し込む光で、私は目を覚ました。
今日は何曜日だっけ?あぁ、日曜か。
明日は会社に行かないといけないのか。もう何もかもやる気になれない。
ふらふらと立ち上がって、また水を一杯口に含む。
昨日、何も食べてないんだ。お腹、すいてる。

時間は10時半を指していた。
コンビニでも行くか。その前にお風呂入ろ。
金曜から着ていたシャツをやっと脱いで、私は風呂へ入る事にした。
お風呂の中でも我妻の事が頭を過って、全然気分が晴れない。
風呂に入ったというのに、さっぱりしない気分は初めてだ。

適当にパーカーとスエットというラフな格好で、タオルを首に下げ、ソファに座る。
はあ、とため息を零してそろそろコンビニに行くため、カバンの中から財布を探そうとしていた時だった。

ピンポーン、とインターフォンが鳴った。
うちのインターフォンはカメラが付いていないから、わざわざドアまで行かないと、誰が来たのか分からない。
何も考えずに、そのまま玄関へ行き、何も考えずにドアを開けた。

「あ、やっぱり帰ってる」

その声がした瞬間、私はドアを閉めた。
パタン、と閉じ、慌てて鍵をかける。
ドアの向こうで「閉めやがった!」と声を荒げているのは、紛れもない昨日私と一緒にいた我妻だった。
何で何で?何で、我妻が私の家知ってるの?
忘れたかった記憶が一瞬の内に思い出されてしまう。

「何で我妻がいるの!?」
「いいから、開けてってば!! お前、財布要らないの?」

財布、というワードで私は固まる。

「お前、財布忘れてったんだって。ほら、開けてよ」

のぞき穴からそっと確認すると、我妻がドアに向かって私の財布をひらひらさせていた。
本当だ、私の財布だ。昨日慌てて帰るときに、落としていったんだろうか。
かけた鍵を解除して、ゆっくりドアを開けた。

「…財布、返して」
「折角持ってきてあげたのに、その言い草?お邪魔するよ」

そう言って、ドアに手を掛け勢いよく開けてしまう我妻。
吃驚して固まる私を余所に、そのまま靴を脱いで中に侵入する。
やっと正気に戻った私は、我妻の後に続いて中へ入った。

「意外に綺麗にしてるじゃん。さすが女子」
「……財布置いたら帰って」

ボソボソと言う私をじろりと見る我妻。
その顔は「まだ言うか」と言いたげで、無言でソファに座る我妻。
帰る気がなさそうな我妻に、私は冷蔵庫からコーラを取り出し、コップに注ぐ。
ソファの前のテーブルに置いて、どうぞと促すと我妻はそれ口に含んだ。

「泣いてたの?」

私の顔を見て我妻が言う。
そりゃそうだろう。
風呂場で確認したら目なんて腫れまくってたし。
誰がどう見ても泣いてましたってわかる顔だ。

ソファに座りたくなくて、テーブル横の床に腰を下ろす私。

「泣きたくもなるでしょ」

言わんとしている事は伝わったらしい。
気まずそうに我妻が視線を逸らしたからだ。

「ねえ、我妻。あのさ…」

その流れで言ってしまおうと思って、私は口を開いた。

「昨日の事は、お互い無かったことにしよう?記憶はないけど、やる事やったんでしょ。我妻は全部覚えてるから、忘れる事は出来ないにしても、無かったことにしたら、また友達になれる、し」

するする言葉は出てきた。
昨日からずっと考えていたから、当たり前と言えば当たり前だ。
完全に前と同じ、というわけにはいかなくても、また我妻と馬鹿な話をする間柄になりたい。
私の大切な友達だから。

だけど我妻はどこか不機嫌そうに唇を尖らせ、目を細めて私を見る。

「名前にとって、昨日の事は忘れたい事だったわけ?」
「…我妻だって、そうでしょ」
「俺は違う」

腕を組んでいかにも怒ってます、という空気を醸し出す我妻。
意味が分からない。昨日からコイツが分からない。
何が言いたいの?

「お互い、相手が居ないんだから別にいいじゃないの。そんな気に病む事なの?」
「……」
「昨日は寂しかったなぁー…目が覚めたら名前はいねぇし。コンビニ行ったと思って待ってても、戻って来ねぇし。連絡しても返さねぇし。ラブホで置き去りにされる彼女の気持ちが分かったわ」

まあ、ラブホなんて行った事ないんだけど。

とぽつり呟く我妻。
本当かそれ。

「名前がそう言うなら、友達でいればいいじゃん。そういうお友達」
「…そういう?」
「いわゆる、セフレ」
「…は?」

口を半開きにして思わず固まる。
コイツ、今、何言った?


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