「ね、それって…」
「意味、聞かないでも分かるよね」

我妻の視線は私の瞳だけを捉えている。
私を…。
それって、そういう意味だよね。
ほんのり赤い頬をした珍しい顔の我妻が言う事を、信じられない訳ではない。
でもそれまでの過程を一つも認知せずにここにいるので、実は嘘でしたーなんて事にならないかと心奥底で震えている。

私はどうすればいいのかわからないので、私の手の中にあるもう片方の手をそっと握った。

「俺ね、三年前に名前に振られてんの。覚えてないだろ?」
「…え?」

我妻の言葉に思わず間抜けな声が出てしまった。
だって、だって!そんなはずない、だって、我妻に告白された記憶なんてない!
私の言いたい事が分かったのか、我妻は私の顔の前に手を広げて「ストップ」と制止する。

「覚えてないのも無理はないけど、本当だよ。でもまさか、冗談で済まされるとは思ってなかったけどね」

困ったように笑う我妻を見て、本当なんだと理解した。
確かに学生の時に我妻に告白されていたら、きっと冗談で済ませていたかもしれない。
それくらい信じられなかったから。
でも、今は…こんな顔をして私の手を握って、目を見てくれる我妻が、そんな冗談を言う訳ないってわかる。

「…ごめん」
「それは何の謝罪? 三年前の告白を冗談で済ませたこと? それとも、今俺が告白しているのを断ってるつもり?」
「違っ…断ってるわけじゃなくて…!」

少し我妻の目が細められる。
どこか悲しさを含んだその目に私は慌てて否定する。
が、私の唇に我妻の人差指がそっと当てられる。


「…冗談。 三年前のお返し」


ふ、と穏やかに笑う男。
それは学生時代よりも大人びていて、三年の月日を感じずにはいられなかった。
我妻が必死に私に伝えてくれた気持ち。
三年前、私は何て言ったんだろう。きっと酷く傷つけた、よね。
それなのに、あの日、普通の顔をして私の愚痴を聞いてくれたの、我妻は。
私だったら、そんな事きっと出来ない。

「我妻、聞いて」
「うん」

今日、我妻が教えてくれなかったら私は一生知らなかった。
絶対そんな事ないってさっきまで思っていた。
だけど、我妻はそんなバカな私を想ってくれていた。


「私、我妻がずっと好きだったよ」
「…うん」
「諦めようと思っていたの。脈なんてないって、ずっと思ってたから」
「俺もそう思ってた」


いつの間にか涙が溢れてきた。
我妻がそっと近づいて来て、私の涙を指で掬う。
そのまま後頭部を押さえられ、私は我妻の胸の中へ。

「今は?」

私の背中に回った腕が震えている。
顔は見えなくなったけど、どんな顔をしているのかわかってしまった。
我妻の服を小さく握って、私は我妻に聞こえるように呟いた。


「愛しちゃったみたい」


我妻を。

我妻がごくりと息を飲む。
…な、何かいってよ。
言ってて恥ずかしくなったので、我妻から離れようと胸板を押した。
だけど、腕の力は弱まらなくて、離れる事が出来ない。

「あが、つま…?」

名前を呼んでみる。
無反応だ。
もう一度呼んでみるか。

「あの、あがっ…ん」

突然覚醒した我妻は私の頬を押さえ、そのまま荒々しく唇を奪う。
何の準備もしていなかった私は「んー!」と思わず色気のない声を上げてしまった。
そのままソファに転がされ、顔の横の手をそっと握られる。
そして口づけは角度を変え、何度も降ってくる。

ぷはあ、とこれまた色気のない音が漏れて唇は離れた。

「…っ!」

蛍光灯を背中にして見た我妻の顔が泣きそうで、でも嬉しそうで、愛しくて。
胸がきゅんと苦しくなった。

「一つ我儘を言ってもいい?」
「…何?」

我妻がぺろりと唇を舐める。
そしてその口から発せらられる言葉を、私は心のどこかで待っていた。


「このままベッドに行きませんか」


ドクンドクンと胸が鳴る。
我妻の潤んだ瞳が私を捉えて離さない。
こくりと頷くと、私の上から我妻が離れる。
あれ?と思ったらすぐに私の身体の下に腕を入れて、お姫様抱っこで抱き上げられた。
そして、優しくベッドへ運んでくれる。

自分の心臓の音が喧しい。
きっと耳の良い我妻には全部お見通しなんだろう。
恥ずかしいやら、緊張するやら。

我妻がまた私の上にゆっくりと跨る。
ベッドのスプリングがギシ、と軋んだ。
少しだけ緊張した顔で我妻が近付いてくる。

「あ、ちょっと待って!」

思い出した!と雰囲気ぶち壊す私の言葉に、我妻が寸前で止まる。
そして、一気に不機嫌そうな顔になって「何?」と低い声で唸る。
分かりやすいねアンタ。だけど、ちょっと待って欲しいだって、私。


「前に我妻とシタことあるっていっても、記憶が無いから…あの、優しくしてほしいなって…」


私がそう言うとポカンと我妻の口が開かれた。
そしてバツの悪そうな顔になってこう言った。

「それについては、実はまだ言ってない事があるんだけど、今言うと怒るから終わってから言う」
「え、何それ」
「気にしない気にしない」
「は? 無理でしょ、そんな、んッ…」

私の言葉を遮るように再度降ってきたキスは、さっきよりも蕩けてしまうくらい優しかった。


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