勝手にお風呂を借りたのは悪いと思ったけれど、そうでもしないと耐えられなかった。
事が済んでもベタベタしてきた我妻は、いつの間にか子供みたいな寝顔で寝息を立てていた。
下半身の違和感で寝るに寝れない私は、自分の有様を理解するのに時間が掛かった。
だって我妻がずっと抱き着いて離してくれないから。

寝た奴の腕を起こさないように退けて、そっと腕から抜け出した。
新品の可愛いお洋服は見事にシワシワ。尚且つスカートはとんでもない事になっていた。
そして、全身ドロドロとは言わないけど、汗でびっしょりなので、これはもうシャワーを浴びる他考えられない。
人様のお家で勝手にシャワーを使うなんて、普通は絶対にしないけど、今回のような状況なら許して貰えるのではないか。
自分に軽く言い訳をしながら、トップスを脱ぎ、身体と同じくドロドロ…のスカートを持って脱衣場へ急いだ。

シャワーを借りながら気づいたけど、着替えないじゃん、私。
同じ下着を履くなんてことはしたくない。
仕方ない、洗濯機も借りるか。

とりあえずシャワーを浴びさせて貰って、脱衣場にある洗濯機の中身を確認した。
一緒に回してもいいなら一緒に洗濯しておこう。
適当に洗剤もぶっ込んで、洗濯をスタートさせる私。

洗濯が終わるまで裸でいるのはアレだから、なんか無いかなと、脱衣場に置いてあった引き出しを漁った。
あ、Tシャツあるじゃん。

シャワーと洗濯機まで借りといてアレだけど、Tシャツくらい借りても大丈夫だろう。
勝手にそれを上から纏って、首からバスタオルを下げた。
とりあえずこれでおっけ。

ベッドに戻ってくると、まだ我妻は寝ていた。
時間はそろそろ日付が変わるか、といったところ。
そう言えば黙って居酒屋から抜け出してきたけれど、大丈夫だったのだろうか。
そこでやっと私はスマホの存在を思い出して、自分のスマホを探し出す。
ベッドの下にぽとりと落とされたそれを見つけ、ベッドに腰掛けた。

何の気なしに待ち受けを確認すると。

「えっ…何この未読件数…こわっ」

30件近くの未読のメッセージ。
驚きながらそれらを開くと、最新のメッセージ以外は全部我妻からだった。
あ、そう言えば合コン中にメッセージきてたな。

1番古いメッセージを開く。

『鼻毛出てる』

は?
なんだこのメッセージ。
反射的に自分の鼻に触れてしまったのがなんか悔しい。
そのあとのメッセージも追っていく。

『ソイツ、実は彼女いるぞ』
『結婚詐欺師』

これは茶髪くんのことだろうか。
そんな最低な奴だったとは…。
ってかそんな奴、何で連れてきたんだ。

『酒飲みすぎ』
『顔、緩んでる』
『目が据わってる』
『フラフラしてるぞ』

これは…はい。
自覚があったけど、我妻から見ても酷い有様だったらしい。
一応メッセージを飛ばすくらいには心配してくれた、ということかな?

『酔い醒ませ』
『自分で歩け』
『早く戻って来い』
『気付け』
『聞いてんの?』
『ねえ』

えっと、これは私が御手洗に行ったあたりかな。
全然既読ついてないのに、よくこんなに送ってきたな。
少し怖い。

それから少し時間が空いて、またメッセージが来ている。

『何でずっと俺のこと見てたの』

メッセージを見ているだけなのに、胸がドキンと跳ねる。
バレてた、バレてた…。
ビール飲みながら我妻を見てたの、バレてたんだ…今更恥ずかしい。
思わずバスタオルで自分の口元に隠す。
きっと今頃、私の頬は赤いんだろう。

『なんで』

『俺のこと、好きになってくれないの』

そのメッセージを見て、スクロールしていた指を止めた。
ちょっとだけ、胸がチクチクした。
そして、また指を動かす。


『俺は、名前が好きだよ』


それが我妻の最後のメッセージだった。
我妻はこんなに自分の気持ちを伝えてくれてたんだ。
昔も、今も。
気づかなかった私が悪の根源なんだけど…。

胸が締め付けられるような気がして、スマホを胸に抱いたまま、後ろを振り返る。

そこにはおめめパッチリで、肘をついてこちらを見る我妻が居た。

「はっ!? 起きてるじゃん!!」
「…起きるだろ、隣に誰もいなくなったら」

驚きの衝撃が強すぎて、めちゃくちゃ大きい声が出た。
そんな私の声が煩かったのか、我妻は顔を引き攣らせながらため息を吐く。

「また逃げられたのかと思って、焦った…」

そう言って、我妻は私の腕を引いた。
不安定になる私の身体をそっと抱き留め、そのまままた布団の中へ。

わざと顔を近づけてくる我妻に、先程の事もあって恥ずかしくて逃げ出したくなる。
だけど、がっちりホールドされていてそれは無駄に終わった。

「か、身体も服もベトベトだったから、シャワー借りた…」
「うん、いいよ。起こしてくれれば一緒に入ったのに」
「ぜ、絶対いやだ!」
「ちぇっ」

起きたとはいえ、まだ我妻の目は眠そうだ。
我妻の頭に手を伸ばしてよしよしと撫でてやる。
ポカン顔の我妻が私を見た。

「何?」
「眠そうだったから。まだ寝てなよ」
「…お陰様で目が覚めたわ」
「えっ?」

横に寝ていた身体がぐるんと回転し、いつの間にか私の上に乗っていた。
…えっ?

「な、なに…」
「何でさー…そおーいう可愛い事するのかなぁー…おまけに俺のTシャツ着てるしー…俺、なんか試されてるの?」
「はっ!?」
「初めてだからーもうしないつもりだったけどー…そっちがその気ならー…男としてはやるしかないっていうかー」

間延びした喋り方でふざけているけれど、目が全然笑ってない。
なんとかベッドから出ようと試みたけど、無理だった。
嘘でしょ、さっきシャワー浴びたばっかなんだけど!!!


「じゃあ、いただきます」


結局諦めるしかなかったようだ。
何だか幸せそうに見える我妻を見ていたら、抵抗する気も失せた。
せめてものの抵抗で、最中に散々「好き」って伝えてやろう。
枕元に投げ出したスマホを見つめてそう思った。


ーーーーーーーーーーーー



「結局、あの後沙耶が荒れて大変だったんですよぉ?」

仕事がもう終わろうとするタイミング。
先に帰り支度をしていたイチゴちゃんが面倒臭そうに言う。
申し訳ない、本当に。

私たちが抜けた後の居酒屋は、本当に悲惨な状態だったとか。
特に沙耶ちゃんが。
我妻と仲良くお話してたものね。
本当に悪いことをした。

「でもぉ、その後あっちもくっついたみたいなんでぇ、結果オーライって感じですよぉ」
「えっ?沙耶ちゃん、彼氏できたの?」
「ええ、ほらぁ、先輩とおトイレに行ったあの人とぉ」
「はぇー」

イチゴちゃんは頬に手を当てて、呆れたように呟いた。
茶髪くんと沙耶ちゃんがくっついたとは…いやはや、なんとも。
我妻に聞いたら茶髪くんは彼女がいる訳でも、結婚詐欺師でもないらしい。
「ただ、名前と連絡先を交換したり、仲良くしてるのがムカついただけ」ってブツブツ言っていた。
紛らわしいよ、あんた。

「あの合コンは当たりでしたねぇ。私も美味しい思いをさせて頂きましたぁ」

ニコニコと微笑むイチゴちゃん。
イチゴちゃんもまた、向かいに座っていた人といい感じなのだとか。
いい所に落ち着いたようで、本当によかった。

仕事の目処がついたので、私もさっさと帰り支度をする。
ちょっと遅くなったかも。
用意が済むと、イチゴちゃんと2人で事務所を出た。

「一緒に住むんですかぁ?」
「そんなつもりないけど、一向に帰らないんだよね」
「はぁ、ラブラブですねぇ」

二人でそんな会話をしながらエレベーターに乗り、そして降りる。
ロビーの窓ガラスから、ちらっと見えた金色に私は胸が躍った。

「やだぁ、お迎えきてるじゃないですかぁ。ほんと羨ましいんですけどぉ」

ツンツン、と隣のイチゴちゃんが私に肘をぶつけてくる。
そう言われると私は恥ずかしくなってしまって、顔を赤くして俯くしかなかった。
とはいえ、外に出ない訳にいかないので、そのままロビーを出る。

「ではぁ、先輩。私はこっちなんで〜」

可愛い後輩は空気を読んでさっさと夜の街へ消えてしまった。
そう言えば今日は金曜だから、イチゴちゃんもデートかもしれない。
羨ましいといいつつ、自分も十分羨む状況じゃないか。

そんな事を考えていたら、コツンコツンと革靴の足音が近付いてくる。
ドキドキして音の方を見ると、ちょっとだけ不機嫌そうな我妻が立っていた。
仕事終わりのスーツ姿。ジャケットは腕にかかっている。

「おっせーよ。連絡しろって言っただろ」
「ごめん、話し込んでて忘れてた」

当然のように手を出してきたので、私は躊躇なくその手に自分の手を絡める。

「今日のご飯何しよっか」
「ラーメン」
「食べて帰るの?」
「違う。この前、ラーメンしよって言って食べれなかったから。名前のラーメン食べたい」
「良く覚えてるね、そんなこと」

付き合ってもあんまり二人の会話は変わらないけれど、心の距離は近付いた。
我妻と食べるなら、私は何だって作るけどね。

「作るの手伝ってね、善逸」
「…はい」

にっこり笑ってそう言うと、我妻が顔を赤くしてそっぽを向いた。
最近分かってきたけど、名前を呼ぶと照れるんだよね。
これからも頻繁に使っていこう。

大好きな貴方の名前を呼ぶのは、嫌いじゃないから。

「名前」
「なに?」
「鼻毛出てる」
「はっ!?」

突然言われた一言にさっきまでの穏やかな空気はどこへやら。
顔を歪ませて我妻に一言言ってやろうとしたら、私の顔に金色の髪が触れた。

あ、食われた。

柔らかい感触を唇に残して、我妻の顔が離れる。
私はまた顔に熱が籠ってしまう。それずるいなぁ。

でも、アンタの顔も赤いよ。

恥ずかしくて仕方ないけれど、私は握った手にぎゅっと力を込める。

もっともっと、近くに居たい。
今まで離れていた分、もっと。
願わくば、永遠に隣に居れますように。








「…雰囲気ぶち壊して、ちゅーしないで」
「ちゅー好きでしょ」
「私が好きなのは善逸」
「…っ! だからぁ…!」




atogaki
これにてサザンカの色に染まる、完結です。
変な所でカットしましたが、じゃないと永遠とイチャイチャを書いてしまいそうだったんです。
ごめんなさい。
ちなみに、あと一話どこかで番外をと考えています。
どうかそちらも読んで頂けますと幸いで御座います。
ここまで読んで下さり、誠に有難うございました!


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