何て言うんだろう、彼氏が出来た途端にモテ始める現象。
フリーの時は全然相手にしなかったのに、誰かのものになった瞬間、こぞってアプローチを仕掛けるというのは、
本能か何かが働くのだろうか。
言っている事は自意識過剰以外の何でもないんだけれど。

脳内で冷静にこんな事を考えるくらいには、わりと冷静である。
例え、今目の前で告白を受けている最中だとしても。

「今日、飲みに行かねぇか?」

そう言って人の業務中に何度も話しかけてきたのは、あの忌々しい同期、冴島だ。
コイツと話す時は自然と身構えるようになったので、速攻で「無理」と返したのだが、
それでも懲りずに何度も何度も誘ってくるから、その度にボールを無視する身にもなって欲しい。
ずっと同じ返事をしていたら、とうとう自販機に飲み物を買いに行くときに、捕まってしまった。
人の目もあるので、一応話だけは聞こうと立ち話をした際。
飲みの誘いかと思ったら全く別の話だった、という訳。

「…男がいるのは知ってる。だけど、考えて欲しい」
「無理」

話が終わった所で、取りあえず変わらない返事を打ち返し、私はその場を後にしようとした。
大体、好きになる訳がない。
勿論我妻という彼氏がいるので、断ることは当たり前なのだが、それでもなくともコイツは、以前私の仕事を盗んだ張本人。
そんな出来事をすっかり忘れてしまったのだろうか、このボケは。
きっと告白自体も何かの悪戯に過ぎないのだろう。

オフィスに戻ろうとした私の手を掴む冴島。
身体が動かなくなってすぐに振り返ると、少しだけ必死な顔で私を制止させる姿があった。
…少なくとも悪戯ではなさそうだ。

「酷い事もした自覚もあるっ…だけど、誤解もあるから…」
「誤解?」

冴島の酷い事、というのはまさしく私の企画を丸パクリした事を指しているのだろう。
ただ誤解というのは聞き捨てならない。
あれからどれだけ日が経っているというのだ。
誤解ならばすぐに解けばよかったのに。

「誤解とは?」

表情は変えずに冴島を一瞥して尋ねる。
聞いてくれる素振りを見て冴島がほっとしたような顔をした。
聞くだけなら聞くけどね。ここは会社だから。

「…あの会議は、俺の本意ではない…。確かに、お前から話を聞いてパワポは作った。だけど、それは会議用ではなくて、お前に見せようとしただけなんだ」
「ふーん」

冴島の顔が普段のクールなそれと全く違う。
何となく本当なんだろうなと思うけれど、今となってはどっちでもいい。
それが本当だとしたら、冴島を嫌う理由は少しだけ無くなるって程度。

私の反応が思ってた反応と違ったのか、冴島が不安そうな目をこちらに見せる。

「…完全に俺の所為だ、上司が勝手に会議に出すなんて、思いもしなかったんだ」
「それはそれは…」

まあ、結局の所。
今の私にとっては別にどうでもいい。
要は女の私が出すよりも、男の将来有望株の冴島が企画を出す方が圧倒的に良かった、というだけ。
ブラックな所はない会社だけれど、元々この会社は男の人が優遇されている。
それを理解してから、私の仕事に対するモチベーションは下がったまま。
正直、もっといい職場が見つかり次第辞めるつもりでもある。

「…ただ、冴島が今になって本当の事を言ってくれた事は感謝しようかな」
「すまない、あの日にでも言うつもりだったんだ…だけど、お、お前に男がいたから…」
「あぁ…あの日ね、あの日」

ふと脳裏に浮かぶ、以前我妻が会社まで迎えに来てくれた日。
確かにあの日は結構しつこく冴島に絡まれていたっけ。
我妻がいたから撒けたんだった。

「あの男が、彼氏なのか?」
「そうなるね」
「…俺よりアイツの方が、いいのか」
「そうなるね」

別にふざけている訳ではないんだけれど。
私としてはそう答える以外にない。
そこでやっと冴島は手を離してくれた。
離してくれた手を見て、私は「サンキュー」と言うと、そのままオフィスへ戻った。



「へぇ、告白ですかぁ?」
「そう。冴島からね」
「どうせ音速で振ったんでしょぉ?都合がいいんですよ、あの男ぉ」

お昼休み、ご飯を食べつつ朝あったイベントについて、イチゴちゃんに話した。
普段の可愛らしい顔からは想像がつかないくらい口元が歪み、チッと舌打ちまで飛んでくる始末。
イチゴちゃんに嫌われるイケメンとは。

カルボナーラをくるくるとフォークで巻き取り、私はこくりと頷いた。
まあ、断る以外に選択肢はないし、我妻と別れて…なんて考えもつかない。

「そういや、今度私有給取って一週間ぶち抜くんですよぉ」
「いいなぁ。どっか行くの?」

あっという間に冴島の話題は過ぎ去ってしまった。
それくらいイチゴちゃんには興味のない男だという事だ。

「沖縄に行くんですぅ」
「ほぉ。勿論彼氏と?」
「むしろ、そのタイミングで彼氏以外連れて行く筈ないですよね?」
「そうだね」

サンドイッチを可愛らしくパクパク食べるイチゴちゃん。
その表情はどこか嬉しそうだ。
そうそう、そう言う顔をしている方がとっても可愛いよ。

「先輩は旅行とか行かないんですかぁ?」
「…あー…行ってみたいけどねぇ」

イチゴちゃんにそう言われて、顎に手を置いて考えてみた。
確かに旅行はいいかもしれない。
だけど、我妻は行きたがるだろうか。
普段のデートですら「面倒」といって家に引きこもり、二人でゲームをするような悲しい休日を過ごしている。
旅行に行きたいと言っても、素直に連れて行ってくれるだろうか。


「帰って聞いてみる」

イチゴちゃんにそうは言ったものの、私は心の中で無理そうだなと思っていた。

ーーーーーーーー


「いいよ」


晩御飯を2人で摘んでいる時に、昼イチゴちゃんと話した内容を喋っていた。
だから今度一緒に旅行行かない?と自然な流れで聞いたんだけど、吃驚するくらいあっさり返事が返って来た。
気の所為かと思ってもう1回同じ事を尋ねても、同じ回答だった。

「いいの?」
「だからさっきからいいって言ってんじゃん」

面倒臭そうに答える我妻。
私はその姿を見て嬉しくなってしまって、自然と笑みが零れた。

「本当に?」
「あのね、いい加減しつこい」
「だって嬉しいから」

そう答えると、我妻はぐ、と言葉を飲み込んで私を見た。
それから私達は何処に行こうか、何をしようかとあーだこーだ喋りつつ、晩御飯を楽しんだのだけど、
私がさらに吃驚したのは次の日の晩である。

「予約したから」

そう言って、温泉の写真が表紙のパンフレットをテーブルに投げ出す我妻。
衝撃発言に私は目を疑った。

「え?」
「温泉がいいって言ってたよね」
「言ってた!けど、いくらなんでも行動早過ぎない?我妻、そんなに旅行楽しみにしてたの?」
「…まあね」

頬を指でポリポリとかく我妻に、私は飛びついた。
突然の事で我妻は堪えきれず、私と一緒に後ろのベッドに倒れ込む。

「重っ」

女子に対して有り得ない発言をしてようが、今日は許そう。
私はにこにこと破顔したまま、我妻の上で転がっていた。

「ありがとうー!善逸大好き」

ついでに名前を呼ぶと、一寸置いて我妻の顔が赤くなる。
暫く私達はそのまま抱き合っていた。


ーーーーーーーー

温泉旅行なんて実はあんまり行ったことがない。
そんな時間もなかったし、一緒に行く相手すらいなかったからだ。
だから、我妻と一緒に行けると言うのは、素直に嬉しい。
新幹線に乗り込む時も、駅の人の多さに酔ってもずっとにこにこしている私を見て、我妻は怪訝そうな顔をしていたけど。
それ程旅行に行くのを愉しみにしていた。

行きは近くのテーマパークに寄り、一頻り遊んで夕方に旅館へ移動した。
旅館の前について、私は顎が外れそうなくらい驚いた。
何だこの高そうな旅館は。
如何にも老舗旅行といった雰囲気で、高級感が漂っている。
お庭には枯山水的なものあって、思わず凝視した。
やたら煌びやかな内装にも驚いて言葉が出ない。

そして、案内された部屋は所謂スイートと呼ばれる部屋だったみたいだ。
部屋の広さも然る事乍ら、窓からの景色が素晴らしい。
大きく開かれた窓のサンに手を置いて、暫く眺めていた。

「…そんなに見て飽きない?」
「飽きるわけないじゃん!こんなに綺麗なんだよ?」
「だったら、いいけどさ」

面白くなさそうに唇を尖らせる我妻に気づいた私は、窓から離れて我妻に近寄っていく。

「…温泉、予約してるんだ。貸切で」
「かし、きり?」

どれだけ驚かせるつもりなんだ。
全てを通り越してポカンである。


「だからさ、温泉一緒に入らない?」


言われた意味を理解して、ボンと湯気がたつように顔に熱が篭もる私。
家でも一緒にお風呂なんて入ったこと無かった。
羞恥心がジワジワと頭に上がっていく。

「は、はいる…」

顔を見るのは恥ずかしい。
だから我妻の服の裾を引っ張ってそう言うのが精一杯だった。


我妻の案内で到着した貸切風呂。
勿論、今の時間は私達しかいない。
ドキドキしながら脱衣場へ入ると、我妻が何もせず棒立ちで私を見ている事に気づいた。

「な、何してるの?」
「俺の事は気にぜずお脱ぎ下さい」
「……」

無言で蔑むような目をして我妻を見ると「ちぇっ…」とブツブツ文句を言いながら背中を向けた。
もう何度も見られているけれど、明るいところでは勘弁して欲しい。

我妻が後ろを見ている間に、私はサッサと身に付けているものを脱いでいく。

タオルで前を隠しながら振り返ると、我妻も脱ぎ終わったようだった。
お互い隠すべきところを隠して、ようやく風呂場へ。
そこから見える景色も、部屋でみた景色並に綺麗で、声が漏れた。

「き、綺麗…」

湯気立つ温泉にゆっくり足を入れてみる。
染み渡るような温かさだ。
肩まで浸かり、同じく浸かった我妻の隣に腰を下ろした。
今になって物凄く恥ずかしくなってきた。
なんの話しをしようか、と頭を巡らせる。

「…た、高かったんじゃないの?」

何とか絞り出して出た話題は、折角旅行にきているのにぶち壊しかねない話題だった。
隣の我妻は「あー…ね」と軽く濁す。

早速ひと会話終わってしまった。
まずい。
えーとえーと何かないかな、何か。

「…そう言えばさ、会社のあの同期の人とはどうなの?」

人が必死で話題を考えていたら、我妻がポツリと零した。
同期?冴島のこと?
首を傾げながら我妻を見る。

「ほら、前付き纏われていたし」
「あ…もう大丈夫。ちゃんと無理だって断ったから」
「……断る?」
「あ…」

普通に漏らしてしまった。
言ってすぐに口元を手で覆ったけれど、既に我妻の額には青筋が見えた。

「それってどういう意味?」
「えっと…」

冴島に告白された事は我妻に言ってなかった。
別に言うほどの事でも無かったし。
だけど、今言わなかった事を凄く後悔している。
だって我妻の口元がひくついてるんだもの。

我妻に腕を捕まれ、抱き寄せられる。
素肌が触れ合う。

突然の事に心臓がバクバクと音を立てた。


「…後で布団の中でじっくり聞くからね?」


悪戯っ子のような顔で耳元で囁かれ、私は血の気が引いていくのを感じた。


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