遠い遠い未来の話


長い長い夢のようだった。
辛いことも沢山あったけど、幸せに生きてこれたのは、私の周りにいる人たちのお陰だ。
この時が来ると知ってから、ずっと長生きする事だけを考えていた。
最後にした約束を果たすため、必ず生きてこの日を迎えると。

夫は私のために、私の実家があった街へ越してくれた。
あの人は昔から私の事だけを考えて、私のためにずっとそばに居てくれた。
私もあの人の傍に居れることにこの上ない幸せを感じていた。
この街に住んでから、懐かしんで散歩に出かけるようになった。

孫はよく私の散歩について来てくれた。
色んな事を話した。
おとぎ話のように「神隠しにあった女の子がいてね、その子はタイムスリップしてしまったのよ」と言うと、純粋無垢な眼差しがキラキラ輝いていたのを覚えている。
その孫が大きくなって、ある時、可愛らしいお嫁さんを連れてきて、また幸せが増えた。
それからすぐにお腹に子が出来て、懐かしい顔に出会うことが出来た。
それだけでも十分幸せだったけど、私はまだ待っていた。
日に日に飲む薬の量が増えた。
もう限界が近いのは流石に分かっていたけど、それでもまだ私は生きなければいけない。
老体に鞭を打ち、毎日散歩は欠かさなかった。

空き地だった所に、見慣れた家が建ち懐かしさのあまり呆然と立ち尽くしていたら、庭に出ていた奥さんが声を掛けてくれた。
もう耳が遠くなってしまって、はっきりとは聞こえなかったけれど、何度も何度も聞いた声だった。
記憶の中の声よりも幾分若く聞こえるのが、少しおかしくて思わずくすりと笑ってしまった。
それから散歩の時はそこの奥さんと話すのが日課となった。

ある時、散歩に出ようとした私に孫が久しぶりに付き添ってくれるという。
有難い申し出に喜び、2人で久しぶりに外に出た。
私の膝くらいの身長の時からこうして一緒にいたけれど、今や軽々と身長を越され、逞しくなった。
子供も孫も、あの人の血が9割入ってるんじゃないかと思うくらいそっくりだ。
孫は「じいちゃんは、婆ちゃんに似てるって言ってたよ」と言った。
「きっと目が悪かったのね」と笑うと「俺もそう思うよ」と言う。
優しい所はあの人に似たのね。

「もうすぐ2人目が生まれるんだ」

散歩の途中、そう教えてくれた孫はとても幸せそうだった。
私はドクンと脈打つ心臓をなんとか抑え、「おめでとう」と呟く。

その日から少したって、2人目のひ孫が生まれた。
そして、


「…婆ちゃんに似てる」


屈託のない笑顔で、あの子を抱く孫。
おくるみの中にいるひ孫を見て、思わず「どこがだ」と言ってしまった。
残念なことにこの子もまたあの人にそっくりだ。

だけどそれ以上に、私の記憶の中にいる先輩の顔にそっくりだった。
顔を見てすぐに「この子だ」と思ったのは、間違っていない。
震える腕にそっと乗せてもらい、孫のお嫁さんが、添えてくれる。
ずっしりとした重み。
命の重さはこんなものだっただろうか。
そして、零れる涙。
ひ孫の顔を汚すまいと、孫にハンカチで拭ってもらった。

「泣き虫だなぁ、ばあちゃん」
「…仕方ないのよ、この子に会いたかったから」

ずっとずっと、会いたかった。
やっと会えた。

傍にいる上のひ孫が心配そうにこちらを見る。
優しく頭を撫でて「貴方もこの子も、大切よ」と言うと、大きな瞳が細くなって子供らしい笑みを見せた。

「本当にいいのかい、2人で決めた方が…」
「2人で決めたんだ。婆ちゃんに名前をつけてもらうって。俺たちセンスないみたいだから」
「そんなことはないのにね」

孫夫婦は私にこの子の名前をつけてほしい、と言った。
申し訳なかったが、私は知っている。
この子にはもうすでに名前があるのだ。

「善照」

優しい優しい人の名前よ。

眠っていた顔が僅かに笑った気がした。


また会えましたね。

大好きな善照さん。



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