ここは、どこだろうか


頭をガンガンと叩かれたような酷い痛みで目が覚める。咄嗟に痛みの場所へ手をやるも血液などは付着しておらず、頭痛だろうかと頭をひねる。それ以上に彼の頭を捻らす問題はまだ山積していた。まず、この部屋は何だろうか。以前、部屋王をクラスメイトで決めた際に訪れた障子くんの部屋といい勝負の殺風景さがあった。
そしてふと横を見ると隣にはすうすうと寝息を立てる名前が横たわっていた。

「なぜっ……?!」
「…、ぅあ…頭いった……ん、あ、飯田、くん」

驚きで声をあげたことで名前も目を覚ます。そして寝起きとはいえ、その口振りから飯田同様、この部屋に見覚えが無いようだった。とりあえず出口を探そうかと辺りを見回すと、ドア一つないことに目を丸くする。記憶も無いが、どこから入ったのか。壁の白さがなんだか恐ろしく感じられ始める。圧迫感のあるそれは、窓一つなく光源がどこにあるかでさえも定かではなかった。すると少し離れた先の床に紙が落ちているのを2人は見つける。
なんだろうと名前が拾い上げる。が、すぐにビリビリに破いてしまった。突然の行為に飯田はギョッとして手を止めさせる。

「何をするんだ!?」
「何にも書かれて無かったヨ」
「絶対嘘じゃないか!」
「だって飯田くんは絶対!無理だよ!一生出られないよ!」
「何の話だ?!意味が分からない!」

彼女は何を見てそんなことを言うのか。それも「飯田くんは」と云い切る形で部屋から出られないと言っていた。想定だが、あの破かれた紙には指示のようなものが書かれていて、自身の悪く言えば融通のきかない性格では難しいものだったのかと推測する。ならば、

「名前くん、俺は確かに頑固な方だと思っている。その点で迷惑をかけていたならばすまない。しかし、この理解不能な状況から脱するには先程の紙に書かれていたことをやり遂げるとか、そういうことではないか?俺も出来る限り協力する。ともに力を合わせよう!」
「わ、こんな時に限って察しがいい」
「こんな時とは何だ?!いつも悪いみたいじゃないか!」
「いつも悪いよ!真面目め!だから出られないよ!」
「真面目であることの何がいけないんだ!?」
「真面目だから、あの文章読んだだけで気失うよ!」
「全く分からない!なんなんだ君は?!」

そんな言い合いを続けていると、彼女の後ろにいつの間にか先程と同じくらいの大きさの紙が落ちていた。あんなところにあっただろうか。いや、そんなことは良い。また破かれては堪らないと一瞬の隙をついて拾い上げる。見るなと叫ぶ彼女と距離を開けながら、何々と目をやる。そこにはただ一言、こう書かれていた。


『この部屋は相手とsexしないと出られない』


フリーズ。
遠くで彼女が、だから言ったのにと呆れた気がした。



暫くして、飯田は目を覚ます。最初にこの部屋で目覚めた時と同じく、ベッドに横たわっていた。違うのは「大丈夫?」と覗きこむ名前がいたことだった。そして、途端にあの言葉を思い出し、フリーズ。彼女はもう良いってと苦笑いを浮かべた。

「飯田くんが止まっちゃった後、色々調べたんだけどやっぱ出口は無いね。反響音も一定で、厚い壁ってことくらいしか分からなかったよ」
「そうか……」
「あ、それと」


ゴソゴソと彼女は何枚もの紙を取り出す。あの後、ぽつりと「時計くらいあればいいのに」と呟いたらいつの間にか時計が壁にかかっていたのだという。その要領で水やトイレなど最低限のものは確保できたという。ただ、出口を要求すると「不可」と書かれた紙が出てくるのだという。よく出来た作りだと飯田は息を吐いた。

「誰かの個性なのかな、見られてるとか思うと嫌だけど」
「何故俺達なのか…」
「……そうだね。謎だな」
「どれくらい時間は経った?」
「3時間くらいかな」
「そんなにか……」

予想以上に経過していた時間にため息を吐く。すると彼女は横たわる飯田によいしょ、と馬乗りになる。ギョッとする飯田を余所に、何てことないようにあっけらかんと言い放った。

「さて、じゃシようか」
「なっ?!」
「だって、いつまでもここにいられないし。腹括ってよ」

名前はそう言うと制服のネクタイをしゅるりと外した。そしてすぐにブラウスのボタンに手をかける。飯田は本日何度目かの声をあげるも、彼女は止まらなかった。

「やめたまえ!誰かに見られてるかもしれないんだろう?!」
「そうは言っても、こうしないと出られないし」
「そんなの分からないじゃないか!敵の罠かもしれない」
「けど現状、できることって無いんだよ」
「まだ何か策が!」
「…っ、無いよ!!」

いつかのように、名前は激昂する。飯田はあの病室を思い出した。ぽろぼろとシーツに涙が落ちては染みていく。

「壁殴っても蹴っても傷ひとつ付かない。携帯もない。誰かが助けてくれる保証もない」
「……」
「何が目的かなんて、分からない。ヴィランなのか誰かの個性の暴走なのか、それともただの夢かもしれない。確認できないんだもの」
「」
「けど、疑問に対して返答はくれるの。さっきみたいに、紙で」
「……それ、は」
「この部屋は完全な隔離空間。外界からどうこうすることはできないって。出るためには、指示をクリアすること」
「だが!」
「どこかで録画して売り捌くのが目的かって聞いてもそれは無いって」
「しかし、そんなこと信用することなど!」
「それでも、出られないなら可能性に縋るしかないでしょう?」

だから、諦めて


名前はそう呟いて、俯きながら飯田の服に手をかけた。その手は微かに震えていて、それでもぷちりぷちりとボタンが外されていく。

名前は、自分が気絶している間、どんな気持ちだったのだろう。頼りにならない友人。無理難題な指示。出られない空間。そこに1人で挑んで、失敗して、絶望して。涙を流させ、こんなことを。
それでも、彼女が言うとおり今は可能性に縋るしかないのだ。

ならば


「名前くん」
「…止めないよ」
「違う。聞いてくれ」
「お説教もいやだよ」
「名前くん」

語気を強めて言えば、彼女の指はゆっくり離れていった。やっと目があった気がした。

「俺はこの部屋から出たい。だから、この指示に従うほか無いと思う」
「うん」
「けど、そんな理由で君を、その……抱くのは不本意だ」
「…ごめんね。けど、」
「違う、きっと君は自分なんかが相手でと思ってるんだろうが、俺は嬉しい」
「っ、え?」
「脱出するから出たい訳ではなく、いや、勿論それもきっかけの1つではあるが……。君が好きだから、」
「…やっぱ、妄想のほうだったか」
「何でそうなる!?」
「だってあの飯田天哉が、委員長がそんなこと言うわけない。恋なんかしないとか言いそうだし、抱くとか、絶対言わない」
「君の中の俺は大層ストイックだな…」

俺だって人並みに恋くらいする

むっとなりながらも呟いた飯田に名前は震える声で、ほんとに?と繰り返した。

「わー…うれしい。死んじゃいそう」
「それは、」
「ふふ、私も好きだよ。なんだか後出しじゃんけんみたいだけど。本当に、好き」
「…お互い、それを証明するには、やはり脱出しなければならないな」
「うん」
「……その、経験は」
「ないよ。飯田くんと一緒」
「俺はそんなに経験なさそうに見えるのか」
「だって、そもそも婚前交渉とか言語道断とか言いそう」
「確かに、区切りをつけてからというのが本音だ」
「ほら」
「だから、ここから出た暁には両親に挨拶に着いてきてくれないだろうか。その、本来ならば名前くんのお母様にもお会いしたいが」
「ぷ、ろぽーずみたい」
「そのつもりだ。大事な身体を傷物にして終わりになんかしない」
「ふ、ふふふっ、あはははは!飯田くん、やっぱ真面目だね」
「…そんなに笑うことだろうか」
「ふふふ、ごめんごめん。嬉しいよ」


じゃあ、外出られたらご挨拶させてね


いつものように悪戯っぽくほほ笑む彼女に飯田は勿論と力強く頷いた。














           


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