少しだけ雲がかった空の色は



「貴崎さんって市丸隊長のこと好きなの?」


毎日毎日書類仕事に追われて大変だと言うのに、女子というのはこの類の話は片手間でも出来るらしい。


「急になんの話ですか?」
「最近、隊長と関わる機会が多いみたいだけど、まさか隊長を好きになったりしてないわよね?」


隊長があなたなんかを好きで構ってるわけないでしよ、身分をわきまえなさいだなんて私が一番よくわかっている。
先輩からのこの手の嫌味は慣れたもので、当たり前じゃないですか、私はただの平隊員ですよと返すと気が済んだのか、わかってるならいいのよと小さく笑って鼻歌まで歌い出した。
ただの平隊員だなんて自分で言ってて落ち込む。物語で言ったら隊員Fとかだ。台詞も多分ない。そんな隊員Fには起承転結の起もやってはこない。


「なんや、きみ上機嫌やね。」
「市丸隊長!」
「華ちゃん、おはよう」
「お、おはようございます。」
「隊長ってば、どうしていつもその子に構うんですか!」


私の所属する三番隊の隊長はこうして突如現れる。本来は挨拶なんか交わせるような相手ではないのだけど、いつの間にか会話を交わす間柄になっていた。
最初はあめちゃんをくれて、その後はちょこちょこ仕事を助けてくれて、そうしているうちに好きになってしまったことはここだけの話にしておこう。あるあるすぎる展開でそんな単純な自分に自分でも呆れる。
そして、最近隊長はなぜか後ろから抱きしめるような体勢で急に現れるから顔が近くて心臓に悪いので本当にやめてほしい…。


「ボク、華ちゃんに用があんねん。ちょっと手伝ってくれる?」
「隊長!私が行きますよ!そんな子に頼まずにわたしが「ボクは華ちゃんに頼んだんやけど、分からへんかった?」
「ひぃっ…!!」
「?」


隊長の声色がいつもと違うなと思うのと同時に目の前の先輩の顔が真っ青になって俯いてしまった。

急に背中の重みが軽くなったと思えば、ほな行こかと手を差し出されたので立てという意味だと思い手を重ねた。
今回もまた隊長にただ従うしかなかった、という事を口実に少しでも一緒にいたいと思ってしまう。


「ええ子やね、華ちゃんは。」
「何を手伝えばいいのでしょうか?」
「ボクのお散歩。」
「また吉良副隊長に怒られますよ?」
「他の男の名前を呼ばんといて。ボクは華ちゃん以外は名前で呼ばへんのに。」


そんな事は言わないで欲しい。期待なんかしたくないのに、もう十分すぎるほど惹かれているのに、平隊員Fの私があなたに釣り合うわけないのに、あなたのその甘い言葉が私を惹き付ける。



「…なんでそんなこと言うんですか。」
「!」


…あ、いや!何言ってるんだ!私!!
つい心の声が音になって出てるじゃないか!!
隊長も驚いていらっしゃるじゃないか!!!


「華ちゃん、どういう意味?」
「え、いや…あの…」
「ボク、ちゃんと言うてくれへんと分からへんなぁ。」
「…だって、そんな風に言われたら…辛いです。隊長の優しさに甘えてしまいそうです…。私はただの平隊員ですから…」


先程から重ねられている手は隊長がしっかりと握っているおかげで繋がっている。私は少しの力しか入れられない。こんな下っ端の隊員が隊長の手を握るなんて…と思う反面、この少しの力が離したくないという気持ちの表れだ。


「ええよ。」
「え…?」
「もっと甘えてほしいわ。それとも、ボクのこと好きやない?」
「…す……」
「…華ちゃん、ちゃんと言うて?」


あぁ、なんてずるい人なんだろう。強く握られた手はもう逃げられないし、高い背を低くして目線を合わせて見つめられた目も逸らせない。


「あの…隊長の事が…好きです…」
「よく出来ました。」
「きゃっ」


隊長の言葉を聞いた瞬間、何が起こったかわからなかった。急に体が浮いた事に驚いて瞑った目を開くと風景が一変していた。隊長が私を抱えて瞬歩で移動したみたいで、気づけば隊長の手を力いっぱい握っていたようで慌てて離そうとした。


「あかんで?やっと捕まえたんや。離さへんで。」
「え?」
「ボクも華ちゃんの事好きやって知らんかったん?あんなに分かりやすくアピールしとったのに、華ちゃんは鈍感なんやね。」
「え!?」
「あの子がボクに好意があるを利用して華ちゃんにボクのいいとこたくさん話してもらおと思っとったんやけど、華ちゃんの事悪く言うやろ?そら、ボクも許せへんかったし…せやから、もう今日は迎えに来たんや。」


そう言うと隊長は静かにそっと口づけをしてくれた。唇が離れると数秒見つめあってた後、恥ずかしくて目を逸らした。


「可愛いなぁ。華ちゃんは末端におるから接点作るん大変やったわぁ。」
「そうだったんですね…気づきませんでした…」
「じゃ、今日はこのままボクとデートやね。」

君はボクの大切な人なんだやからもっと自信を持たなあかんよと私の手を歩く隊長のそばにずっといたいと思って返事の代わりに少しだけ手に力を込めた。
突然連れてこられたコスモス畑を一緒に歩きながら見上げた空は隊長みたいだと思った。


―あなたの瞳に似た薄水色だった。

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