きつねの嫁入り



「華、おいで。」


いつだってあなたに呼ばれることが好きだった。

気がつけば流魂街で生活してたし、出生になんて疑問にも思わなかった私はただただ定期的に訪れる空腹をどう誤魔化しながら生きていくかばかりを考えていた。
道端に座り込むそんな私を見つけて、自室に連れ帰って人としての本来の生活を教えてくれた。


「華は飯作るんが上手なんやな。ええお嫁さんになるでー。」


そうやって私が作る料理を褒めてくれた。頭を優しく撫でてくれるあなたが好きだった。あなたのお嫁さんになりたいって言ったら子供が何言ってるんだって笑い飛ばしたよね。あれ本気で言ったのに。


「ええか、使い方を学んでちゃんとした死神になるんやで。」


副官章をつけたあなたが私に言った。
あなたのために死神になるって決めた日はあなたとの暫しの別れでもあって、あなたに見合う女になって戻ってくると誓った日でもあった。


真子さんのおかげで真央霊術院に入ることになった私は、彼の元を離れて寮で生活することになった。

それから数年が経って、卒業までもうすぐ。残りわずかな霊術院生活を真面目に過ごしていた。


「華!今日護廷十三隊の隊長が何人か視察に来るみたい!」
「そうなんだ。ていうか、課題は終わったんですか?」
「華のを写す予定です!」
「たまには自力でやったらどう、なの…」
「うわ、三番隊と五番隊の隊長だ!」


副官章をつけていたはずの彼は白い羽織をヒラヒラと揺らしながら気だるそうに廊下を歩いていた。
だけど、私は走り出したい気持ちを抑えて再び課題に目を落とした。

ちゃんと死神になってから堂々と会いに行くと決めたんだ。今行ってもガッカリされるだけ。
何より出て行って私の事を忘れられていたら悲しい。
何せ彼からしたらたまたま拾った子供を少しだけ面倒を見ただけに過ぎない。


「おい、俺が来たのを分かっとって挨拶も無しか、華?」
「し、っ…ひ、平子隊長…」
「!…あほか。」
「え…?」
「そんな呼び方教えた覚えないで。慣れんことせんといつも通りに呼びいや。」
「…真子さん…?」


そう呼べば、昔と変わらぬ笑顔でええ子やなって言われた。
やっぱりこの人が好きなんだなって。


「華、もうすぐ卒業やろ?」
「あ、はい。」
「志望書に"五番隊"って書いときや。他はなんも書かんでええから。」
「え…?」
「何、真子ナンパしてんの?」
「うっさいわ、ローズ。そんなんちゃうわ。特別に紹介したるわ。こいつは俺の将来のお嫁さんやで。なぁ、華?」


彼の言ったことを脳で処理するのに数十秒かかって固まってしまった私を見て、鳳橋隊長の真子さんを見る目がどんどん引いていく。
何も言わない私に俺のお嫁さんになりたくなくなったんかと聞かれた私は涙を流しながら頷くことしか出来なかった。


「どっちやねん」
「お嫁さんになるぅ…」
「泣き方がまだまだ子供やなぁ」
「ふふふっ」
「笑いながら泣くか?晴れてるのに雨降ってるみたいやで。」
「きつねの嫁入りだね!」
「誰がきつねやっちゅうねん!」


羽織の袖で私の涙を拭いてくれた彼の元で働くのはもう少し後の話。


―突然の発言に頬をつままれた気持ちになった。

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