デレデレ主人公09 1/2


08の数日後。温泉旅行に連れていかれる話 (全2ページあります) 1/2

目覚めたら知らない場所にいたことはあるだろうか。
俺はたった今それを体験している。

クー、クー

うっすら目を開けると眩しいほどの青空を背に、大量のカモメたちが喧しく鳴き声を上げながら俺のはるか上空を飛んでいた。
硬い地面から体を起こしあたりを見渡す。右も左も船、船、船。どうやら船着き場のようだった。
俺はここで、歓楽街に落ちてる酔っ払いのサラリーマンのように眠りこけていたわけだ。
しかし妙である。俺は昨日遅番だったのでバイトを終えた後は家に帰って速攻寝たはずだ。酒を飲みに外に出た覚えもない。いやもしかしたら飲みすぎて酒を飲んだことすら覚えてないのかもしれない。

「うぅむ……」

というかここはどこだろう。軽く見渡したが、この船着き場は俺が知っている船着き場と全く違うのだ。俺の住む島にこんな大規模な船着き場なんてなかったはずだ。まるでリゾート地のように遊覧船や観光用の船がぎっしり停泊している。行き交う人もなんだが顔ぶれや服装の雰囲気がまったく違う。
もしかしてまた酔っぱらって寒中水泳でもして見知らぬ島へ流されたんだろうか。いや悪魔の実を食べてしまった今、俺はもうカナヅチなわけだから海に入れば沈んでいくだけだ。
じゃあ、もしかして誘拐されたとか……?

「ナマエ、起きたか」

俺が呆然と海を眺めていると後ろから声を掛けられた。振り向くと端正な顔立ちの男がいた。ルッチだ。
見知らぬ地に見知った顔がいるのは安心する。

「よ、良かった!」

俺は思わず駆け寄りルッチの手を握った。
ルッチも眠っている間に攫われたのだろか。ルッチが眠っているところなど全く想像できないが、まぁルッチも人の子という事だろう。それにしても一体どうして俺たちが。正直ルッチは多方面に恨みを買っていそうだが、少なくとも俺は善良な一般市民である。犯人の狙いは何なんだろうか。

「俺昨日自宅のベッドで寝たんですよ。でも目が覚めたらここで倒れていて……一体誰が……」
「俺が連れてきた」
「えっ」

思わず手を放そうとしたらルッチが俺の手をがっちり握り返してきたため、俺は誘拐犯と手を握り続けるほかなかった。

「ここ何処なんですか?」
「セカン島だ」
「セカン島…」

なんか何処かで聞いたなと思いながらあたりを見渡すと島の奥に巨大な火山があり、火口から煙が立ち登っていた。火山活動が活発な島のようだ。
山には巨大な文字看板が建てられている。えぇと

「K A Z A N O N S E N……火山温泉?……あ!」

そうだ。この島、旅行雑誌の温泉特集記事に載っていた島だ。

「……もしかして俺が言ってたこと覚えててくれていたんですか」
「別にお前のためじゃない。明日の19時がタイムリミットだ。それまでせいぜい楽しむんだな」

ルッチは安いツンデレのようなセリフを吐いた。絶対俺のためじゃん。逆に俺のためじゃないなら誰のためなんだよ。
どうやら明日の19時に帰りの船があるらしい。せっかくの海外旅行なのでもっとじっくりとした時間が欲しいが、明後日はバイトがあるから仕方ない。

「っていうか旅行に行くなら一言言って下さいよ。無一文で来ちゃいましたよ」
「こういうのが好きなんだろう?」

奴は続けて、この間誕生日サプライズがどうのこうの言ってただろと言った。
どうやら俺はサプライズ好きだと思われてしまったらしい。じゃあルッチは俺を喜ばせようと温泉旅行をサプライズしてくれたわけか。

「それに、お前の薄い財布ならちゃんとある」
「薄い財布」

ルッチが俺に薄い財布を投げつけた。初任給で買ったボロボロの、いや味のある薄い財布は俺の手にぴたりと馴染んでいる。良かった。

「必要な物は現地調達しろ」
「了解です」

財布を装備した俺は気持ちが楽になった。ルッチが休日の俺の予定を決めるのは毎度のことだ。
今を楽しもうじゃないか。




「このアロハシャツとかどうです」
「良いんじゃないか」
「……その台詞しか言えないんですか?」
「もう10回以上、服の感想を聞かれる俺の身にもなれ」

あれから俺達は服屋へ向かった。今日はバカンスなのだ。バカンスの正装といえばアロハシャツにサングラスと相場が決まっている。
数十回目になる俺の問いかけに対し、ルッチは勘弁してくれといった顔で反論してきた。

「でもルッチが着る服ですし……」
「待て。俺が着る服を選んでいたのか?」
「もちろんです。じゃあとりあえずルッチのはこの服にしますね」
「待て。やめろ。断る。そんな悪趣味なシャツを着る気はない」
「イテテテ!さっき良いんじゃないかって言ってたのに!」

悪趣味なシャツをカゴに入れ、レジに並ぼうとするとルッチの大きな手が伸びてきて顔をがしりと掴まれ阻止されてしまった。

「じゃあルッチが選んで下さいよ。それ買うんで」
「このままで良い」
「火山がある島に、黒スーツでシルクハットの男がいるのは変だと思うんですが……イテテテ!」

また顔を鷲掴みにされてしまった。ひどい。

「はァ、くだらん」

ルッチはうんざりした顔でため息をつくと、豹柄のシャツを俺のカゴに突っ込んだ。ヤクザみたいなシャツだ。こんなの全然アロハじゃないよ……。

精算後、試着室で着替えると俺達は店を後にした。
豹柄のシャツを着たルッチは格好良かった。豹柄とかないわーと思っていたがよく似合っていた。
ルッチの肩に留まったハットリも、俺が選んだ悪趣味なアロハシャツを着ていてとても可愛い。
良い買い物ができた。
店の窓には、星型のサングラスを頭にかけ、蛍光ピンクのアロハシャツに身を包んだ俺が映っていた。何処に出しても恥ずかしくない観光客ファッションだ。
俺達は今最高にバカンスしている。

「次は何処に行きたい」

豹柄の色男が俺に尋ねる。
次はもちろんあれだ。

「温泉!」




カポンと誰かが桶を置く音が響き渡る。

「いあああああ〜……」

棚田のように設置された大量の湯船。その1番高い湯船に浸かりながら、俺は力の抜けた声をあげていた。そういえば俺、悪魔の実の能力者だった。風呂に入るとやっぱ力抜けるわ……。

「黙れ」

その一段下の浴槽にはルッチがいる。隣には桶が浮かんでいて、薄くひいたお湯でハットリが水浴びをしていた。
あーあー唸る俺に嫌気がさしたのか、ルッチは辛辣な言葉を投げかけてくる。

「喘ぐな」

ルッチはこれが喘ぎ声に聞こえるの?耳大丈夫?
だが旅先でテンションの上がっている俺は無敵だ。

「んぅうう〜……」
「……」
「ふあああ〜」
「……」
「……」
「……」
「風呂上がりにコーヒー牛乳飲むのがルールらしいよ」
「そんな決まりはない」
「んああああ〜……」
「喘ぐな」

喘いでないってば。

「そろそろ上がるぞ」

ルッチがざばっと立ち上がると身体にまとわりついたお湯が、しなやかな筋肉を伝って流れ落ちていく。
前々から思っていたがルッチはセクシーすぎると思う。今だって向こうにいるマッチョ達がルッチに熱い視線を送っている。
危険だ。ルッチが傷モノになってしまう。俺が守らないと。
そう思い俺もロブ・エッチに続いて立ち上がった。

脱衣所へ向かっていくルッチの背中は、なんかどっかで見たような形の傷があった。

「ルッチの背中の傷って何?」
「階段で転んだ」
「なるほど……」

絶対嘘だ。階段で転んでこんな意味深なカッコいい傷がつくなら俺だって4、5回は転ぶわ。でもまぁ本当のことを言うつもり無いみたいだから奴の嘘に付き合うことにした。
ルッチの背中は大きく、筋肉が形よく浮き出ていてまるで彫刻のようだった。

そうして元の格好に着替えるとルッチは鏡台の前で髪を乾かしはじめた。長髪は大変だ。

「ルッチ」
「なんだ」
「ルッチの体ってセクシーですね」
「は」

俺が肉体美を称賛するとルッチが鏡越しに俺を凝視したので、鏡越しに手を振っておいた。
ルッチは顔に手を当てしばらく俯いていた。
俺はルッチをほったらかしてコーヒー牛乳を買いに行った。




「はい。ルッチとハットリの分」
「ポ!」

しばらくして脱衣所から出てきたルッチとハットリにコーヒー牛乳を渡すと、奴は素直に受け取った。

「片手を腰に当てて一気飲みするらしいよ」
「そんな決まりはない」

片手を腰に当てて一気飲みしたコーヒー牛乳はとても美味しかった。ルッチは普通に飲んでいた。




そろそろご飯が食べたい。

「お腹空きました。なんか食べたいです」
「その前に一度ホテルに行くぞ」
「ホテル」

そういえば一泊2日だからどっか宿を取ってるわけだ。今は多分昼過ぎ、いや昼をだいぶ過ぎている。そろそろチェックインとやらをするのだろう。

スタスタ先を進む男についていくと、なんだかすごく立派なホテルに辿り着いた。
従業員が頭を下げて迎えてくれる。お荷物をお預かりしますと言われたので、とりあえず元々着ていた服が入った袋を渡した。ボーイは、これしか荷物持ってきて無いの?という顔をしていた。
ホテルのロビーはとても広く、高そうなシャンデリアがぶら下がっていた。インテリアや流れる音楽、すべての調和が取れていた。客も上等なスーツや綺麗なドレスを着ていて、ロビーを華やかにしている。とりあえずアロハシャツを着た俺は完全に場違いだった。

どうしていいか分からずモジモジしているとルッチの顔を見た係員が飛んで来てチェックインの用意をしてくれた。その間、俺はウェルカムドリンクを飲んでいた。ルッチの分も飲んでいた。
そうして通されたのは最上階の部屋だった。案内してくれたホテルマンは、スイート何とかルームと言っていたが忘れた。とにかくすごく高そうだ。
設備の紹介を終えたホテルマンが去ると同時に俺は悩みを打ち明けた。

「あの、ルッチさん」
「何だ」
「ここおいくらになるんでしょうか……」

ルッチと俺で割り勘だとしても絶対10万ベリー以上はしそうだった。
するとルッチは馬鹿にしたように笑った。

「安心しろ。貧乏人から金はとらん」

貧乏人で良かったと心から思った瞬間であった。
気が楽になった俺は部屋を探検すると衝撃の事実に直面した。
部屋にはリビングがあってキッチンがあって、しかもトイレと洗面台と風呂場が独立してあった。まだ確認してないが寝室も何処かにあるのだろう。広い、豪邸だ。一生住める。3点ユニットバスの俺の1Rの部屋を捨ててここに住みたい。
何より窓の向こうに!風呂がある!

「ジャグジーだ」
「すごい!後で入りましょう」
「……一緒に入るのか?」
「広いからいける!」
「…………分かった」

ルッチは躊躇しているようだった。もしかしたらさっき俺がセクシーだねとか、セクハラみたいなことを言ったから身の危険を感じているのかもしれない。

「半端な時間だが何処かで食うか?」
「うーん。ビュッフェでいっぱい食べるからいいです」
「そうしろ」

夜ご飯はビュッフェらしい。ルッチはコースよりビュッフェの方が喜びそうだからと言っていた。その通りだ。
それにしても今日のルッチは優しすぎて、俺何かに目覚めそうだよ……。

そうして食べた料理は最高だった。
夜景を背景にジャグジーに浸かりながら、先ほどまでの至福の時間に想いを馳せる。

「美味しかった……」
「俺はお前が皿まで舐め始めるんじゃないかと冷や冷やした」
「そこまで意地汚く無いです」
「そうは思えんが」

向かい側に腰を下ろしたルッチは呆れた顔をして笑っていた。ムカついたのでお湯をかけると倍にして返された。それから俺たちはジャグジーのライトの色を変えたり音楽を掛けたりまたお湯をかけあって遊んでいた。

ジャグジーを堪能した後、俺たちは部屋にあった酒を片っぱしから開けた。こんな美味しい酒を知ってしまった今、これからどうやって生きていけばいいんだろう。そう言って嘆く俺を見て、ルッチは呆れていた。
バスローブ姿で片手に酒を持つルッチは、何か金持ちって感じだった。
奴のバスローブから覗く鍛えられた体を見ていると何だかそわそわする。普段かっちりしたスーツを着ている男のこんな無防備な姿は、俺を落ち着かなくさせた。

変な気分になってしまった俺は、そろそろ寝ます!と言って寝室へ逃げ出した。




「これは……」

寝室の扉を開けると、馬鹿でかいベッドが1つあった。
恋人同士、旅行先で2人きり、豪華な部屋に一つのベッド、何かセクシーなルッチ、この流れは……。

「安心しろ。手は出さん」

俺が固まっていると、後ろから顔を覗かせたルッチがくつくつと笑った。

「婚前交渉は禁止なんだろう?」

どうやらルッチは俺が信仰している架空の宗教の掟を覚えてくれていたらしい。俺はほっとすると同時に肩透かしを食らったような気持ちになった。いや何でちょっと落胆してるの?俺……。


結局俺たちはベットの両端で互いに背を向け寝ることにした。就寝時間をだいぶ過ぎ、真っ暗な部屋に目が慣れてくる。くるりと体を反対に向けるとぼんやりルッチの姿が見えた。ルッチは向こうを向いていて大きな背中だけが見えていた。

「ルッチ」
「……何だ」
「連れてきてくれてありがとう」
「……」

ルッチからの返事は無かったが、微笑んでいるような気配がした。

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