デレデレ主人公10 1/2


09の旅行から数日後。(全2ページあります)

ルッチは姿を見せる頻度をガクッと減らした。

毎日の様に自宅やバイト先に現れては俺にメンチ切ったり俺にガンを飛ばしていたルッチが、旅行を境に現れなくなった。
とは言えお付き合いしたての頃に、バイトが無い日は必ず会う取り決めをしたので、今も休日は必ず会っている。
だから今日も俺とルッチはいつもの公園で落ち合い、適当に世間話をしている。

奇妙なことにあれ以降ルッチは正気に戻る様子は無い。デレデレの力が盛り返したのだろうか。
とにかく、最近のルッチは俺をぼーっと見ながら何か考え事をするのがお気に入りのようだった。
今もハットリにご飯を与えながらずーっと俺を見ている。正直怖いから凝視しないでほしい。

「ルッチさん、俺の話聞いてました?」
「聞いてない」

やっぱり。俺は気を取り直し、もう一度言った。

「お祭り行きましょうよ」
「祭り」
「はい。今日は花火大会があるんです」
「花火大会」

奴は木霊のように復唱する。

「ルッチ、"祭り"や"花火"って言葉知ってますか……?」
「指銃」
「うわ!撃ってきた!」

ルッチの沸点低すぎだよ。常に思春期じゃん。

「祭りだと?くだらねェ。花火なんてここからでも見えるだろうが。何故わざわざ人込みに飛び込む必要がある」

むむ。いつもなら二つ返事で誘いに乗ってくるのに。花火や祭り嫌いなのかな。パレードや旅行の時は人混み平気そうだったのにな。

「人が沢山いるのが楽しいんですよ」
「分からん」
「浴衣姿の女の子見たり、友達や恋人や家族とワイワイしながら屋台見るの楽しいじゃないですか」
「知らん」

こいつ……。

「ルッチって友達いないんですか?」
「必要ない」
「強がるなよ」
「強がっていない」

ルッチはそう否定するが、酔っ払いは酔ってる?って聞くと必ず酔っていないと主張するのだ。
友達なんて必要ないっていう奴ほど本当は友達が欲しいのだ。
来週の休日は鍋パ決定だな。ワイワイ騒いで青春を味合わせてやろう。

「あ、しかももうすぐルッチの誕生日じゃん」

当日どこかで食事しましょう、と言った。

「バイトがあるだろうが」
「休みとるんで問題ないです」
「必要ない」
「18時くらいがいいかなぁ、広場の噴水で待ち合わせしましょう」
「話を聞け」
「とりあえず今日の夜は花火大会行きましょうか。あ、浴衣も着ましょうよ」
「……」

今日は花火大会。来週は鍋パーティー。再来週は誕生日。俺は強引に約束をとりつけた。
多分もうすぐデレデレビームの効果が切れる。
今のうちにたくさんの人間らしいイベントをルッチに体験させたかった。いや俺がルッチとの最後の思い出を作りたかっただけだ。

ルッチはもうどうにでもしてくれと言う顔で、うんざりと空を見上げていた。



じゃあ夜18時に祭りで会いましょう!絶対浴衣着てきてくださいね!そう念を押して一旦ルッチと別れたのが8時間前。
浴衣に着替えた俺はワクワクしすぎて1時間前に到着してしまった。
だから退屈で、一足早く屋台を物色していた。それが間違いだった。



「この壺を買えばオヌシは幸せになれる、キェェエ!」
「ほ、本当ですか!?」
「この壺のお陰で今まで17人が四皇になれた」
「す、すごい…!」

会場となる大きな公園に設置された仮設トイレの奥の奥、人目につかぬ場所に、なんと壺を売っている屋台があった。
屋台で壺売るってどういう事だよ。そう思った俺が屋台に近づくと、ひときわデカい壺から老婆が飛び出してきた。
老婆は、幸せになるという壺を俺に勧めてきた。
絶対嘘だと思うのだが、四皇も買ったと言ってるし、世界政府もご用達だとか言うので、本物なのかもしれない。
いや本物な気がしてきた……!

「本来なら200万ベリーする品じゃが、今ならたったの2万ベリーじゃ」
「か、買おうかな……グェ!」

思わず財布を取り出すと、何者かに浴衣の襟を掴まれ、俺はそのままズルズルと引きずられていった。

「待ち合わせ場所にいないと思ったらこんな場所で何してる」
「ルッチさん、あの、苦しいです」

ルッチだ。
人通りの多い本道まで来るとルッチはようやく襟を離してくれた。死ぬかと思った。

「最近の屋台は壺まで売ってるのか?」
「俺も壺を売ってる屋台はさすがに初めて見ました。珍しくて、近寄ったら営業トークに乗せられて……危ないところでした」
「貴様、そんなんでよく今まで生きてこれたな」

それルッチが言うの?もうすぐルッチが俺を殺すんだよ?

「でもあの壺、四皇や世界政府もご用達だそうですよ」
「あんな物を買った覚えは無い」
「いやルッチは四皇でも世界政府の人間でもないじゃん」
「…………」

ルッチは黙ってしまった。
その時、俺はふとあることに気づいた。

「あれ?ルッチもハットリも浴衣着てない……」

ルッチとハットリは今朝会った時と同じ服装だった。浴衣着てくるよう言ったのに……。

「着るなんて言ってない」
「そんなあ」
「クルッポー」

俺だけはしゃいでるみたいじゃんと文句を言うと、その通りだと言われてしまった。

「祭りといえば浴衣なのに……」
「周りを見てみろ。普段着の奴らも多いだろうが」
「ルッチに初めての祭りを体験させてやりたかったのに……」
「別に初めてじゃない。仕事で立ち寄ったことはある」

そんな……そんなぁ……。

「ルッチの浴衣姿見たかった……」
「…………」

ルッチは白い目で俺を見ていた。
浴衣デートは、彼女ができたらやってみたいことリストの一つだった。消化出来なかったのは残念だが仕方ない。
俺は気持ちを切り替えることにした。



「ルッチ、あれやりましょうよ」

屋台をブラブラ見物していた俺が指さしたのはハンマーゲームだった。ハンマーで叩くと円盤が跳ね上がり、上がった位置を競うゲームだ。
一番上まで到達すると豪華景品がもらえるらしい。未だに優勝者はいないみたいだった。
壁を豆腐のように抉れるルッチなら絶対優勝できるはずだ。いっそ円盤が宇宙までぶっ飛んでいくかもしれない。

「断る」
「えー!」
「貴様がやれば良い」

俺じゃあ優勝できないよ……。

「ルッチなら絶対勝てるのに……」
「フン」

旅行から帰ってからというものルッチのノリは壊滅的に悪くなった。俺なんかしたかな……。



そうしてお互い無言のまま屋台を見ていると前方から大きな声が聞こえた。

「ウェーイ。お姉ちゃんかわいいねェ〜」
「あー行っちゃった」
「お前振られてんじゃん」
「うるせー」

前方で酔っ払いの集団が、すれ違う女の子達に絡んでいるようだった。
人が行き来する道の中央に居座っていて大変迷惑だが、ピアスやタトゥーをしている怖いお兄さん達は無敵だ。
当然注意できる者は居らず、通り過ぎる人々はただ彼らを避けて進んでいく。
このままではルッチと彼らがぶつかってしまう。俺はルッチの腕を掴むとルッチを通路脇に移動させようとした。

だがルッチは俺の手を叩き落とすと、そのまま集団の中に突っ込み強引に通り過ぎて行った。
メンタル強すぎだろ。

「痛っ」
「なんだアイツ」

酔っ払い達はルッチの態度に不満を持ったらしく、女の子の物色をやめて俺達の後を追いかけてきた。

「シルクハットのお兄さーん」
「おーい無視か〜?」

男達がルッチに呼びかけるが、ルッチは完全に無視を決め込みスタスタと歩いている。
隣にいる俺は大変気まずい。

「つかなんでシルクハット?マジシャンかァ〜?」
「手品しろよ手品ァ〜」

て・じ・な!と酔っ払いたちがコールする。何なんだこいつ等。
彼らの言う内容は俺も一度は思ったことであったが、見ず知らずの他人にそれを言われるのは不快である。俺がムッとし振り返ろうとすると、ルッチは放っておけと俺を視線で抑えた。
案外大人の対応をするルッチにびっくりした。

「ハト、帽子から出ちゃってますよォ〜!」
「いくら出したら手品見せてくれるんだ〜?50ベリーならあるぞ〜」

後ろを歩く男達は尚もしつこく絡んでくるので、俺はルッチにお金を渡すと芝生の向こうの通りを指さした。

「ルッチ、ちょっと焼きトウモロコシ買って来てよ」

するとルッチは俺をチラリと見たが黙って、道を反れ屋台に向かって行った。
焼きトウモロコシ屋は長蛇の列なのでしばらく戻ってこないだろう。これで後ろの酔っ払い達も諦めてくれるはずだ。
予想通り、標的が居なくなってしまったので男達は残念そうに声を上げた。

「つまんねーな」
「俺たちが怖くて逃げちゃったんだろ」

わはは。後ろで喧しく爆笑する男達。
暇だし追いかけようぜという彼らの言葉に我慢できなくなり、俺は思わず後ろを振り返った。

「あの、やめて下さい」

ルッチはマジシャンじゃないです。
……いや待って。マジシャンなのかもしれない。ルッチの仕事知らないから自信なくなってきた……。
酔っ払い達の視線が今度は俺に向かう。

「あ、何だてめェ。マジシャンのアシスタントか?」
「親切な俺たちが、マジシャンに仕事与えてやろうとしてるだけだろうが」
「調子乗ってんじゃねーぞアシスタント」

男の一人が俺を小突いた。
小突かれた俺はたたらを踏み別の酔っ払いの近くによろめくとその酔っ払いもまた俺を小突いた。
やがて彼らはキャッチボールのように俺を突き飛ばすようになり、行動はどんどんエスカレートしていった。

あ、まずい。
突き飛ばされた先にいた男が、腰を低くしボクシングのような構えをしていた。
そうして俺の腹に、酔っ払いのボディブローが見事に入った。

「ヴッ」

たまらず屈みこんだ俺を酔っ払い達が囲み、1人が俺の髪を掴み上げた。

「お前のせいで酔い覚めただろうが」
「慰謝料としてこれは没収な」

そういうと男の一人が屈みこみ、俺の懐に手を突っ込むと薄い財布を抜き取った。
そうして立ち上がると同時に、他の仲間が俺の背中を蹴り飛ばす。
腹を押さえ無様に地面に這いつくばる俺を見て気が晴れたのか、男たちは俺を跨いで(何人かは踏みつけて)通り過ぎて行った。
さよなら俺の財布……。
その後、様子を見ていた周囲の人達の助けにより、俺はなんとか立ち上がり近くのベンチに座った。背中痛い……。




しばらく待っているとルッチが両手にトウモロコシを持ってやって来た。
パレードの時も思ったけど、黒スーツのルッチとトウモロコシってなんかシュールだなぁ。
綿あめとか両手に持ってたらきっと面白いだろうな。綿あめ買わせれば良かった。

ルッチは、俺の姿を見ると一瞬目を見開いた。

「……どうしたんだその恰好」

さっきまで新品同様だった浴衣が乱れていて、しかも土で汚れていたらまぁ不思議に思うだろう。

「階段で転びました」
「なるほど……」

奴は片眉を上げ興味なさそうに返事をすると、片方の焼きトウモロコシを俺に差し出した。
俺がひとまずトウモロコシを受け取り、ルッチが座れるよう少し横にずれた。
ルッチは俺の隣に座るとトウモロコシを半分に折り、大きい方をハットリに献上していた。ハットリそんなに食べれるかな。
それからルッチはポケットから小銭を取り出すと俺に押し付けてきた。

「釣りだ」
「差し上げます」
「…………お前、財布は」
「落としちゃいました」
「…………」

ルッチは目を細めたが、それ以上何も追求しなかった。



「ハットリすごいね。完食だ」
「ポ!」

やがて俺たちはトウモロコシを食べ終え、まったりしていた。おなかがぽこっと膨れたハットリはすごくかわいい。
さて、これからどうしようかな……。
もう財布が無いから何も買ってやれないし、花火の時間もまだ先だし。
俺が考えていると熱烈な視線を感じた。ルッチだ。最近のルッチは俺をいつも凝視しているのでもう気にしないことにしている。
しかし、ルッチはじっと俺見てこう言った。

「歯にびっしりトウモロコシの皮がついている」
「えっ」

慌てて舌で歯を触るが、そんな感覚はない。こういうのは自分じゃなかなか気づけないから困る。

「トイレでも行って見て来い」
「うん……」

恥ずかしい……。
俺は生娘のように顔を赤くしながら向こうの公衆便所へ駆け込んでいった。



「おかしいな……」

大口を開けて洗面台の鏡を見つめるが、鏡に映る俺の歯は真っ白である。
トウモロコシの皮なんてついていなかった。
俺は揶揄われたんだろうか。ルッチってふざけたりするんだ。

むしろ思った以上に浴衣が汚れていることに気づいたので、俺は念入りに土を払うことにした。
げっ背中に思いきり蹴り跡残ってた……。




「ルッチどこ行ったんだろう……」
あらかた土を落としたのでベンチに戻ると、ルッチがいなかった。
俺がきょろきょろとあたりを見渡していると、遠くから悲鳴と叫び声が聞こえた。

「!」

思わず声がした方向を見ると同時に、何かがー……いや男が吹き飛んできた。
水の石切りのように地面を何度も跳ねながら吹き飛んできた男は俺の足元でようやく止まった。
息も絶え絶えといった様子で動くこともままならないようで、男のヒュウヒュウという苦し気な呼吸音が聞こえる。
歯が折れ目蓋が腫れ上がった原型を留めていない男の顔面を呆然と眺めていると、そいつと目が合った。

「ひっ」

男は俺を見て怯えたように謝罪した。

「悪かったよ!ふざけただけだ……!」

男はガタガタ震えながら、殺さないでくれ、そう言って気を失ってしまった。
男をよく見るとその服装に見覚えがあった。先ほどの酔っ払い達の1人がこんな服を着ていた。

まさか……。

俺は男が吹っ飛んできた方向へ走り出した。

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