デレデレ主人公14 1/2


船に乗るお話。(全2ページあります)

翌朝、俺は大きな荷物を持って船着場にいた。
船着場には、俺と同じように荷物を持った旅行客が沢山いた。

先ほど購入したチケットと身分証を提示し船に乗り込むと、船底に近いEデッキのフリースペースに腰を落ち着かせる。
5日間の雑魚寝に耐えれば、この船は俺を新天地へ届けてくれるはずだ。
俺が目をつけた島は、年中花が咲き乱れている観光地らしい。人が多く、海軍基地もあって治安が良い。

隣に座り込んだおっさんと軽く挨拶を交わし打ち解ける。こういった場での出会いもまた旅の醍醐味だろう。
おっさんは旅行が趣味で、月末になると色んな島を訪れ、訪れた場所に点数を付けるのが趣味らしい。
俺の故郷であるこの島は何点だったか聞くと、43点と言う厳しい回答を頂いた。
歴史的な建築物の壁に、いくつもの穴が開いていたのがダメだったようだ。あの壁か。じゃあアイツのせいじゃん。

その後もおっさんは色々な島の話をしてくれた。怖い話も披露してくれた。
俺たち旅行者は互いに抱き合い震え上がって聞いていた。

「……でな?この話を聞くと夢に老婆が現れるそうだ。そして壺を買うかこの話を別の人に話すまで、夢に老婆が現れ続けるそうだ……」

おっさんはひとしきり語ると、お憑かれ様〜!と言い残しグウグウ寝始めた。

「ふざけんな!」
「聞いちまったよ!」
「サイテー!」

俺含む、周りにいた旅行者達全員が大ブーイングした。




船が港を出てだいぶ経ったろうか。

「――!」

俺達がおっさんを縛り上げていると、上から何やら叫び声が聞こえた。

「何だ何だ?」
「海賊船だ!」

数人の旅行者と共に上の様子を伺うと、どうやら海賊が乗り込んできているようだった。
乗客達の混乱した叫び声がだんだん大きくなる。それと同時にお前ら抵抗すんじゃねぇ!と言う怒号も聞こえ始めた。

俺って相当運が悪いんだな。
殺人現場目撃したり、強盗にあったり、今度は海賊か……前世でなんか悪い事したのかな。

そんな時、カバンの中からプルプルプルという音がした。電伝虫だ。
俺は急いで下の階に戻り、物陰に隠れ応答した。声の主はクザンさんだった。

『ナマエ。まだ島にいるか?頼むからいるって言ってくれ』
「今、船に乗ってるんですけど、少し前に島を出ました。あと……えっと今、海賊に襲われてて……」

はァ!?というクザンさんの大きな声が聞こえた。

『のん気に何言ってんだ!あー、俺も向かってるんだが厳しいな……島の海軍基地には連絡しておくから、それまで死ぬんじゃねェぞ』

クザンさんはそう言って通話を切った。
良かった。海軍が来てくれるならきっと大丈夫だろう。
そう思い受話器を置いた瞬間、腕を掴まれた。

「……もしかしてお前海軍に連絡したんじゃねェだろうな?」

海賊が俺の腕を掴んでいた。
そうして密告者として俺は甲板まで引きずられることとなった。




「お頭、この男が海軍に連絡してました!」
「ほォ……まだ若いのにいい度胸じゃねェか」

甲板につくや乱暴に押し出され倒れこんだ俺の目の前に、大きな足が近づいてくる。恐る恐る上を見るとバカでかい男がいた。
お頭と呼ばれたその男は俺の胸ぐらを掴むや、易々と片手で俺を持ち上げる。男は明らかに悪そうな顔をしていて、顔や体に無数のタトゥーが彫られていた。
……この顔見たことある気がする。

「……なんだ、俺の顔に見覚えがある見てェだな」
「最近、新聞で見た……」

最近懸賞額が上がったばかりの男だ。新聞の折り込みにこいつの手配書があった。
確か懸賞金は6000万ベリー……。
今までで37隻の民間船と5隻の軍艦を襲い、そのすべてにおいて老若男女問わず乗客を皆殺しにした極悪非道の海賊だ。
俺の答えに、ご名答……と男は嬉しそうに顔を歪めた。

それから男は俺の顔を見ながら、これから死ぬってのにあまり怖がらねェんだな……とつまらなさそうに呟いた。
そうして片手で俺を掴み上げたまま腰に下げている剣をスラリと抜き、俺の頬に剣を当てる。
もちろん怖い。だが正直、出会った頃のルッチに比べれば男の脅しなど子供だましのように思えた。

その時、ふと男の後ろに何かが見えた。それは真っ黒な塊だった。
その黒い塊はありえないスピードで近づいてくる。
一瞬、鳥かと思ったが違う。
"誰か"が空を蹴り、こちらへ向かって来ているのだ。

「おいどこ見てる」

よそ見をする俺にイラついた男が剣を振り上げた。
……だがその剣が振り降ろされることはなかった。

ドキュウン!

あの音が聞こえたからだ。
男が倒れると同時に俺は投げ出され甲板をゴロゴロと転がった。
なんとか立ち上がり目の前の光景に目をやると、懸賞金6000万ベリーの男は背中から血を流し倒れていた。
そして、その後ろには黒いスーツを着た俺の元恋人・現死神のルッチが立っていた。

先ほどまで胸ぐらを掴まれ、剣で脅されても平気だったというのに、ポケットに手を突っ込んだまま倒れた男を眺めているルッチを見た瞬間、俺は死を予感した。
ルッチはやがてゆっくりと顔を上げた。目が合いそうになる。
しかし

「強い!」
「助けに来てくれたのか!?」
「神様だ!」

様子を見ていた乗客達が身を乗り出してルッチに次々と声援を浴びせた。
するとルッチは足元の海賊をもう一度見て帽子を被りなおすと観客に向かって口を開いた。

「じきに海軍が来ます。民間人は下がっているように」

そう言ってルッチは俺の横を素通りした。

船長が倒れたことが理解できないのだろう、海賊たちはしばらく呆然としていた。
だがすぐに我に返ると体勢を立て直し、ルッチに向かって襲い掛かって来た。
6000万ベリーの船長の下にいたクルー達なだけある。素人目にも彼らは強かった。

しかしルッチはそんな男達の攻撃をものともしなかった。
ルッチは最小限の動きで敵の攻撃をよけ、時には手足を鞭のように振るい敵を沈めていく。
それは洗練された美しいダンスを見ているようだった。

「……面倒だ」

やがてルッチはため息をつくと上着を脱いだ。続いてシャツも脱ぎ捨てると細身だが鍛え上げられた肉体が現れた。
銃や剣が飛び交う中、ルッチはそれらを軽くあしらいながら涼しい顔で髪を結いあげ、そして一瞬で姿を消した。

「どこに消えた!?」

海賊たちが右往左往していると頭上に大きな影が落ちた。
空を見ると大きな獣がいた。ルッチだ。

奴は初めて会った時のあの姿をしていた。あの時は夜だったしパニックだったからあまり覚えていなかったが、日光の下に晒された今、男の姿がはっきりと見えた。
男の体格は二回り以上大きくなっていた。それだけでない。全身が獣の様な毛で覆われており、人と豹が混ざり合った異様な姿をしていた。凶器の様な鋭い爪が日の光に反射してギラリと光る。

化け物……。
誰かがそう呟いた。




そこからはもう奴の独壇場だった。
圧倒的なパワー、圧倒的なスピードであっという間に敵は沈黙した。

いつの間にか、甲板で息をしている者はルッチと俺だけになっていた。
歓声を上げていた乗客達ももういない。皆ルッチを恐れ、船底に逃げてしまった。
ルッチはただ俺を見つめていた。

「ルッチ……」

もう何を言えばいいのかわからなかった。謝罪も、命乞いも、もう何もかもが意味を持たないだろう。
その時だった。

「畜生……」

後ろからうめき声が聞こえた。
それはルッチが一番最初に倒した、あの6000万ベリーの男だった。

「……ようやく目が覚めたか」
「くそが……」

男はふらつきながらも壁に寄りかかり、ルッチを睨みつけた。

「安心しろ。殺さない。貴様は海軍に引き渡す」
「冗談言うな……インペルダウンに送られるくらいなら死を選ぶぜ」

血を吐きながら男は笑い、そうして服を脱いだ。
男の胸には箱の様な、奇妙な異物が埋め込まれていた。箱から管が突き出ていて、それは男の手に握られた装置と繋がっている。
それを見たルッチが目を細めた。

「……爆弾か」
「当たりだ。威力は小さいが中に海楼石がぎっしり詰まってる」

加工に失敗したものを詰めただけだが能力者には効くだろうな、と男は言った。
海楼石。たしか海と同じエネルギーを持つ石のことだ。能力者の悪魔の力を無効にするし海の中にいるのと同じ効力があるという。
爆発したら散弾の様に周囲に飛び散ってしまうのは明白だった。
ルッチは俺を後ろに押しのけると、男に近づいた。

「おっと、この爆弾は俺の心臓が止まっても爆発する。だから変なこと考えるなよ」

男が心臓を指しながら笑うのでルッチは渋々動きを止めた。

「お二人さん、逃げたほうが良いんじゃねェか?」

男はニヤニヤと笑いながら忠告する。そうは言うがおそらく背を向けた瞬間、この男はボタンを押す気でいるのだろう。当然ルッチは動かなかった。
俺も動かなかった。……というか俺は腰が抜けて動けなかった。
そんな様子がよけいに海賊の感情を逆撫でたらしい。

「随分な余裕じゃねェか……なら死ねよ」

死に逝く男が起爆ボタンを押した。

俺はなるべく縮こまり衝撃に備えた。
同時にズドンという腹の底から響くような轟音と振動がした。
何かが四方八方に飛んでいき、壁や床に飛来物が突き刺さる音や破壊された木々がガラガラと落ちる音が聞こえてくる。

それからどのくらい経っただろうか。
あたりが十分に静まり返ってからようやく俺は目を開けた。





目の前には獣がいた。
獣はその大きな背を俺に向け、ピクリとも動かない。

……逃げなかったのか、ルッチ。

焦げついた床には埃や瓦礫の破片が舞い落ちていたが、余計な足跡は一切残っていなかった。
それはつまり爆風に煽られ飛来物が飛び交う中、男が微動だにしなかったことを意味していた。
だがあれだけの衝撃を、海楼石を浴びて無事でいられるとは思えない。

獣はシュルシュルと音を立て小さくなり、やがて俺がよく知る男の姿となった。

「……ルッチ」

思わず声を掛けると、限界を迎えた男の体が声に押されるようにぐらりと傾いた。

倒れてしまう。
殺されるとか、もうどうだって良かった。
俺はとっさに駆け寄り、ルッチの体を抱きとめた。
正面から向き合ったルッチの体は酷い有様だった。いくつもの石や木片が突き刺さり血が滴り落ちている。
ルッチは虚ろな目をしていて、されるがままだ。満身創痍の男はもはや抵抗すらできないようだった。

ルッチ。お前馬鹿だろ。
お前なら海楼石なんて避けられただろ。逃げとけよ。

俺はルッチの頬に触れた。
男は虚空を見つめていたが、やがて己の頬に触れる存在に気づいたようでゆるゆると首を動かし焦点の合わない目で俺を認めると、何かを見つけたような顔をした。
そして頬をなぞる俺の手にゆっくりとルッチの手が重なる。
叩き落とされると思ったが、奴は驚いたことに俺の手に頬を寄せた。

「ルッ……チ……?」

驚いて思わず手を離すと、男は俺の手を追いそっと自分の指を絡ませた。それはまるで、熱に浮かされたあの日の俺の様であった。
そうしてそのまま腕を後ろへ引き、俺を抱き寄せる。
腕の中に俺を閉じ込めた男は、呆然とする俺の耳元に口を寄せると切なげな声で俺の名を呼んだ。

「ナマエ……」

何なんだお前は。
どうしてこんな事するんだ。どうしてそんな顔で俺を見るんだ。どうしてそんな風に俺を呼ぶんだ。

お前はまだ俺の"恋人"なのか?
まだ悪魔の実の効果が残っているのか?

でも俺は、そんな目で俺を見る男なんか知らない。
そんな声で俺を呼ぶ男なんか知らない。知らないんだよ。

なぁ、今のお前はどっちなんだ。

俺は男をまじまじと見た。いつの間にか男は意識を失っているようであった。
それから海軍が到着するまで、男は俺を庇う様に抱きしめて離さなかった。

→(2ページ目)


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