デレデレ主人公END


エンディング(数週間後、どこかの島で)

『昨日退院したみたいよ。後遺症もないってさ』
「ありがとうございます」
『……それよりそっちで一人でやっていけそうか?』
「大丈夫です。クザンさんが良い島を見つけてくれたので。町の人も優しいし、ここならやっていけます」
『慣れるまでは定期的に連絡しなさいな。俺もたまにサボりに来るから……あとくれぐれも島から出るんじゃねェぞ』
「はい。何から何までありがとうございます」

眠そうな電伝虫にお礼を言い通話を切る。



あれから数週間経った。結局俺は故郷を離れ、遠く離れたこの島に移り住むことにした。
クザンさんが紹介してくれたこの島は船を何隻も乗り継がないと行けないような辺鄙なところにあった。
一応町おこしはしているようで、新たな住民となった俺は大歓迎された。期待の若手としてこき使われる毎日だ。

「もう昼時かぁ……」

寝袋と2,3個の段ボールしかない部屋に、俺の腹の音が空しく響いた。

新しい俺の根城は、海の見えるアパートの2階角部屋だ。
2年前にリノベーション済みらしい1Kの部屋は、キッチンと居室がドアで仕切られプライバシーが守られている。
しかも広い。そして何より、なんとトイレが独立している!
それなのに故郷のあのボロアパートより家賃が低いのだから驚きしかない。ここに来なければ俺は一生ぼったくられていただろう。

開けっ放しの段ボールに目をやると、海中ゴーグルが顔を覗かせていた。

「懐かしいな」

ルッチに殺されかけたなぁ。
つい最近の出来事だというのに、もう何年も経ったような気持ちになる。
あの男と過ごした日々はなんというか滅茶苦茶で理不尽で意味不明で危険だったが、悪くなかった。いや、正直すごく楽しかった。

「笑っちゃうよな……」

あの日クザンさんに頼んで、最低限の荷物を持ってこの島へやって来た。
その最低限の荷物の大半がルッチとの思い出の品々だった。
記念写真、雑誌、アロハシャツ、星形のサングラス、海中ゴーグル、バリバリになった浴衣。

……どれもこれも日用品ではない。
このまま家具を揃えて部屋が賑やかになっていけばきっとこれらは次第に部屋の隅に追いやられ、埃を被り、そしていつか忘れてしまうのだろう。そんな品物ばかりだった。
でもきっとそれで良いのだ。
この胸の痛みや喪失感も、その頃にはきっと良い思い出に変わっているはずだから。



隣の住人だろうか、ふいに洗濯物を叩く音がした。
その音につられ開ききった窓に目を向けると、洗剤の良い香りと共に潮風が部屋を包み込む。
今日は快晴、風が大変心地よい。

未だ進まない荷解きを今日も諦め、その香りにつられるように窓の向こうへ身を乗り出してみる。
アパートの真下に目を落とすと、近所のマダムたちが楽しそうに井戸端会議をしていた。
目が合ってしまったので慌てて会釈し、逃げるように坂の向こうの海へ視線を逸らす。
キラキラと光る波間に照らされ思わず目を細めると、遠くの波止場で老人たちが酒を飲みながらのんびり釣りをしている様子が見えた。

良い景色だ。

窓の向こうにはまだ見慣れぬ景色があった。これから馴染んでいくであろう景色があった。

いつか、この生活に慣れて町の人と仲良くなって、あの日のようにこの部屋に大切な人を招く日が来るのだろうか。
もしそんな日が来るのなら、その人とは今度こそ偽りのない関係を築きたい。
END



おまけ
→ルッチさんが殺しにくる話


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