ある女の最期

 あたし、どうやら進撃の巨人の世界に転生したらしい。

 今どきトラ転なんかあるのかとたかを括っていたけれど、まさか自分がその被害者になるとは思っていなかった。そもそもなんでトラックなんだよ。運ちゃん可哀想だろ。
 おんぎゃあと目を開けた瞬間、映った世界を見て進撃の巨人ファンのあたしは確信と共に絶望した。なぜなら、この世界は娯楽として楽しみたい訳で。自分が行くとなれば転生先ランキングワースト一位ぶっちぎり。誰が好んで巨人に食べられたいんだ。巨人化したキャラクターたちとかなら、まだ分からなくもない?けど。
 産まれてしまったのは仕方がないことで。羞恥プレイという名の幼児期間を超えて、一人でウロウロできるようになった頃にはおねだりしてもらった紙とペンで救済計画なんてものを書き始めた。オタク仲間とワイワイ話していたのが功をなし、内容はすんなり立てられた。世界を巻き込んだあれこれについてはまあ、どうにかなる。自分なんかにできるわけないと転生前には思っていただろう。しかし、今世のあたしは一味違うのだ。謎に整っている容姿はラッキーだったけど、それに加えて運動神経が明らかにいいのだ。2階から飛び降りてもカッコよく着地ができるし、かけっこだって負けたことがない。髪色こそ違うが目の色は黒。東洋の血でも入っているのか疑いたくなる。それに身体能力はアッカーマン家の顔負けだ。だからこそ、お気楽に過ごしていられるし、救済計画に乗り出したという訳だ。例の覚醒とやらがなかったのが残念だけど。
 気になる家の場所はというと必然というか偶然にもウォール・マリアのシガンシナ区。ある意味では天国と地獄の境な場所だった。それからというもの、日付けを入念にチェックする癖がついた。親友も真似してくれてるみたいで、なんだかこそばゆい思いだ。
 そう、親友といえば。この世界で新しい友達ができた。

「君が隣に引っ越して来た子?」
「…ぁ、えっと…」
「そんなに固くならないで。よろしくね!」
「う、うん…!よろしく」

 あたしが産まれてから隣に越してきた子で、ウォール・ローゼから来たらしい。なんでわざわざ外側に来たのかと聞いたら、調査兵団にいた母親が亡くなり、父親は足を悪くした。仕事は失わなかったが、トロスト区に住むのが厳しくなったらしい。父親が不自由そうに歩いているのを支えるのが役目なのだと、涙ぐんで答えてくれた。母は仕事熱心で殆どあったことがなく実感が湧かないと言われた。元の世界では有り得ない不幸に、同情してしまったのだ。

「それはね…わたしのおかあさん。おそとでしんじゃったんだって」
「おそと…もしかして、壁外のこと!?」
「へきがい?たぶん、それだと思う」
「……ごめんね」
「ううん、いいよ」

その口で言わせてしまった申し訳なさもありつつ、仲良くしていくと、前世を含めた誰よりも波長があった。おとなしい子でありながらの鋭いツッコミと時折する大人びた考え方に驚きながらあたしたちはどんどん仲良くなっていった。転生者なのか聞いてみたこともあったけど、どうやら違うらしい。

「おなかすいた」
「はやっ、さっき食べたでしょ!」
「…わたしはてんせいしゃじゃないから」
「なにそれ!使い方違うよ!」

 残念だ。しかし、あたしたちの間では鉄板のネタになってしまい、真実は闇の中だった。彼女に未来のことや壁の真実を話したことはない。おそらく、これからも話すつもりはなかった。

「あのね、わたしはてんせいしゃじゃないけど。ずっとともだち…だから」
「当たり前でしょ!かわいいやつめー!」

 転生者が他にいないとなれば、とうとう腹を決めるしかない。自分以外にこれから散るであろう命を救えるのだ。変な話ばかりするものだから、大人たちから奇妙な目で見始められた頃、ついに決心した。

「さいきん、あさからどこ行ってるの?」
「んー…実はね。体鍛えてるんだ」
「えっ、なんで!?」

 それからと言うもの、親が出稼ぎに行って一人になる親友と一緒に遊ぶ傍ら、体を鍛えるようになった。急に自分の子供が体を鍛え出したら怖いだろうから、親には隠れて初めてみた。そしたらもう軽い軽い。体が雲のように軽いのだ。子供だからと言う理由も勿論あるだろうけれど、それ以上に身体能力が高い。勝利を確信した傍ら、あたしに付き合ってくれている親友はかなり苦戦していた。なんだか申し訳なくなって、二人でやるようになった。親友も少しずつ成長しているみたいだ。

「うーん」
「ふふっ」

 壁が破壊される。つまり、物語が始まるまであと一か月ちょっと。救済計画やらを書き殴った紙を前にあたしは唸っていた。その姿を見て、隣でわたしの運動用の服を補修してくれている親友がくすりと笑った。大人から見た奇行も、親友はすっかり慣れっこだ。日本語、つまり彼女からすれば暗号も奇行の一種として片付けられている。とても寛大な親友だ。
 そんな黙認された状況で何をしているのかといえば。物語の始まりをどう生き延びるか、だった。わたしと親友含めた大切な人たちを助けるのが、始めの救済になる。但し、子供で貧乏なわたしたちでは行動範囲が狭すぎた。シガンシナ区はおろかウォール・ローゼまでなんて行けやしない。
 あたしと家族だけなら引っ越せるだろうが、巨人に蹂躙される土地に親友を残す訳にもいかない。どうしたものか、全くと言っていいほど思いつかない。唸り続けて数時間、親友のある言葉で天啓を得る。

「みんなでおでかけとかしたいね…」
「それだ!!!」
「え、え?」

 脱出ばかり考えていて、一時的に移動する方法がすっかり抜けていた。思い立ったら即行動。土下座して頼み込んだら、どうにか三泊三日の旅行ができるようになった。親友の家はお父さんが優しい人だから、誘ったら大喜びしてくれて助かった。これで、脱出はクリアだ。

 それからと言うもの、夢に見る光景は決まっていた。訓練所に入ってからの光景が目に浮かんでは消えていく。幼少期のエレンとは会わなかった。あの頃に戻りたい、と願うくらい幸せな時間を三人で過ごして欲しかったからだ。幼少期、変に介入しても困る。病気もしない丈夫な体だし、親友も風邪をひかない。ただ、名医がいる噂が伝わってきたのでいない訳ではないはず。成長して駆逐青年になったエレンなら見れる。お楽しみは後にだ。ついでに、教官に言う言葉も決めてある。調査兵団に入りたいと、親友には伝えた。初めて言ったときは、泣かれてしまったけれど、あたしの意思を聞いて納得してくれたみたいだ。楽しみでしかない。
 今日も、今日とて大好きな世界で、幸せな夢を望んで目を閉じる。

 そんな生活は、旅行日前日までだった。
 旅行の準備をしようと、集まって二人で荷物を鞄に詰めているところだった。簡素な机の上に、食料やら服を並べていた。小さい家も、子供二人だけだと大きく感じる。あたしの親は仕事をしに居なくなっていて、親友の父親はウォール・ローゼに出稼ぎに行っている。

「またお父さんがいなくて寂しいの?」
「別に、寂しくないもん」

 ぷっくり頬を膨らませた親友を横目に笑う。壁が破壊された日を境に、訓練所に行くまでのカウントダウンが始まる。原作介入が本格的になるし、訓練兵から調査兵団になるまで会える機会はすっかり減るだろう。寂しさを覚えながら横顔を眺める。真面目な親友は服を綺麗に畳もうと眉間に皺が寄っていて、少し可笑しかった。不機嫌そうな親友が最後の服を詰め終わる。

 鼓膜を突き破るような轟音と突風と共に、木屑や板が降り掛かってきた。咄嗟に頭を抱えて姿勢を下げる。恐る恐る目を開けたら、同じような格好の親友がいた。瞳に混乱を滲ませて劈くような悲鳴をあげる。むわりと吐き気を催すほどの鉄の匂いが窓から流れ込んできた。最初に飛び込んできたのは鮮やかな赤、恐ろしいくらいの青空。

「ぁ、あ…ああ」

 親友の体が半壊した家の瓦礫に呑まれている。偶然にも、主人公の母と同じような状態で。親友はそこから出ようと踠きながら、泣き声をあげていた。
 そんな。こんなはずじゃなかったのに。壁の破壊がずれるはずがない。出発の鐘の音をどうして聞き取れなかったんだろう。調査兵団が戻ってきていたの?数え間違いってそんなはず。取り返しのつかないことをしてしまった。あたしのせいで?

「違う!」

 頭を振って物騒な考えを振り払う。今考えるべきはそこじゃない。先ほどから、地面が小さく揺れている。巨人が入ってきたんだ。このままでは、親友が食われて、巨人の腹の中。カルラと同じ運命を辿る羽目になる。

「たすけて、たすけて…!」

 助けを求める親友の声にハッとした。悲観的になってる場合じゃない。これから何人ものキャラクターを救うのに、親友すら助けられなくてどうするんだ。

「今、引っ張り出すから!!」

腕を引くと食いしばったような悲鳴を親友があげる。何かに引っ掛かっているようで、びくともしなかった。辺りから絶望的な叫び声が聞こえてくる。その中に知っている声がいる気がした。

「上の板を、板を……どけて」

 数分格闘しても、親友の体は自由にならない。爪の間に木片が挟まって、血が滲む。子供の力では限界なのか、そう考えた時に親友がか細い声をあげた。
 すぐさま、親友の上に乗っている板をどかす。親友の言う通りだ。このまま、体を引いてるだけじゃ何も変わらない。荒い呼吸を繰り返しながら、必死に手を動かした。上半身が見えた状態になって、もう一度腕を引っ張る。今度こそ、絶対に助けるんだ。千切れそうに痛くても、巨人がすぐそこまで来ていても。一心不乱に体を引いた。

「ぬけ、た……?」

 時が止まったかに思えて、親友と目を合わせる。胸に飛び込んできた親友を抱きしめて、その暖かさにホッとした。救済できたんだ。この世界で、初めての。親友の足は出血こそしていたが走れないほどではなさそうだ。勇気を奮い立たせて、立ち上がる。

「ねぇ、あれ…」

 親友が指を指した先には、地獄が広がっていた。生ぬるい鉄臭さが立ち込め、あちらこちらから死に際の絶叫が聞こえる。虫みたいに摘まれた男が、巨人を口汚く罵って、頭を齧られていた。ぱたぱた水滴が垂れる音がして、親友の下に水溜りができる。
 男の声がぷつりと途切れる。唇を真っ赤にした巨人がこちらを向いた気がした。呆然とする親友の手を取って走り出す。人混みに向かって、ただひたすらに前を向いて走る。喉が痛い。心臓は死んじゃいそうなくらい締め付けられて、苦しい。後ろから、悲鳴とか嫌な音が聞こえてくる。そんなの嫌だ。手を引っ張る。恐怖で大粒の涙がぐちゃぐちゃ、焦点の合わない目があたしを見る。この子は、あたしが守らないといけない。船を目指してひた走った。大きな岩が落ちていて、真っ赤な何かが潰れているのにも。気づいたらあれだけいた周りの人が居なくなって、時折人の絶叫が何処からか聞こえるようになっても、ただ足を動かした。
 こんなところで終わってられない!あたしはまだ一人しか救えていない。転生したのに、何も。原作で死亡した人たちを救って、ハッピーエンドを目指すんだ。転生者として、役目を果たすんだ。

 そう、転生者だ。整った容姿に明るい性格。人当たりは良くて、運動神経は抜群で、大人びている――選ばれた人。特別、だ。イレギュラーなんだ。物語を変える力があるはず。
 人見知りの激しく友達がいなかった子供にも優しく、親孝行者。前世を活かして知識の吸収は早い。生まれつき運動神経は良くて、鍛えてもいて。立体起動でもその力を発揮して色んな人を、死ぬ運命にある人間を一人でも多く助ける。まさに、影の英雄。
 あたしは有頂天になっていた。前世のあたしを置き去りにして、前のあたしは主人公でも、主要人物でもない、ただの脇役だったのに。高望みをし過ぎた、だから。

「は…」

 どしん、と地面が揺れる。曲がり角から、大きな影がこちらを覗き込んだ。
 黄ばんだ歯には布切れや赤黒い何かが挟まっていて、小太りの体がゆらゆら揺れる。無邪気な赤ん坊のようなまん丸の、黒い瞳が二人を写した。

「ひ…」

 あたしの手を痛いくらいに握ってくる。小さな悲鳴は耳に入ってこなかった。足が動かない。重くて、動かせない。こんなに、怖かったっけ?巨人って。もっと、奇妙でマスコット的な存在じゃなかった?おかしい。絶対おかしい。

「は、はやく…にげない、と」

 ねえ、とか細い声がする。どしん、巨人が踏み出してきた。口を魚みたいにはくはく動かした親友は失禁して、ぱたぱたと地面に染みを作る。巨人一歩がこんなに大きいなんて聞いてないよ。踏み潰されたぺちゃんこの何かが足の裏にくっついてひらひらしてるのも知らない。あれは人なの?あの、平べったいなにかが?血の匂いが臭い。呼吸音がうるさい。ワイヤーの音はいつまで経っても聞こえてこないし。意味がわからない。途中で助けられるものじゃないの?思い通りにならない。作られた世界なのに。全部知っている世界なのに!
 どしん、三回目の揺れで正気に戻ったような心地になった。いつまでも突っ立っててどうする!早く逃げなきゃ。誰かが気付いて助けに来てくれるかもしれない。助けてくれる。助けて。助けて!

「ノエル……」

 親友が縋るようにあたしを見る。ガクガク震えていても、手のひらは離れていなかった。ぎゅっと手を握り直して、決死の思いでその瞳を見る。恐れや絶望で憔悴しきっている顔に光が灯った。

「はやく!逃げなきゃ!」
「う、うん」

 若干落ち着きを取り戻した腕を引いて走り出す。急がば回れ。多少遠回りでも船に乗らないと!わたしが動き出すと急に地面の振動が速くなったのがわかった。
 親友が声にならない悲鳴を上げた。巨人が、走り出した。でも、背後なんか向かなかった。後ろなんてみたらそれこそ、死にそうだったから。もげちゃいそうなくらい全身が軋む、喉は焼けるように熱い。音が近づいてきている感じがする。後ろから名前を呼ばれる。爪を立てるくらい強く手を握る。二人で生き残って、あたしはみんな救済するんだ――!!

 ふと、体が引かれた。遠心力で投げ出される体、一度止まってしまうと限界を迎えた体は動かなくなった。砂埃が上がる。膝を擦りむいた。あたしは、何が起こったのか理解できなかった。
 どしん、どしん。巨人が近づいてくる。動けない。違う。一度止まった体はもう、動かない。

「え?なに、どうして、は?」

 意味がわからない、なんで、あたしが倒れているの?背後から死が迫ってきているのに。どうして、親友は泣きながらあたしを見てるの?

「ご、め…なさ、ごめ…ん、なさい」

 ゆるして、と彼女の口が動いた。ずっと繋がれていた手はあたしの手と離れていた。違う。手を離されたんだ。親友が背を向ける。あたしを置いていく。小走りが駆け足になって、走り出す。あたしはただそれを目に焼き付けるように見ていた。たすけて、掠れた声で呟く。だれも、聞いてはくれない。本来ならあたしが聞きつけて助ける役だったのに。絶対、そうなる運命だったのに。
 生ぬるい息が顔にかかる。とてつもない匂いにその場で吐いた。地面に打ち捨てられた身体をつままれる。容赦なく掴まれ、鋭い痛みが身体を貫く。胃が圧迫されて再び吐いた。真っ赤な手の中、考え付くのは輝かしい、成すはずだった未来。ボキ、何処かの骨が折れた。肺に突き刺さったようだ。ひゅぅひゅう呼吸をする。この世界に生まれ落ちて少ない記憶が走馬灯のように流れていく。その大半はわたしを見捨てて行った友達との思い出だった。怒りは湧いてこなかった。あたしもあの年頃だったら同じことをしていたような気がしていたから。一度死んでいるので、生死への執着が薄れているようだった。口から血を吐き出す。止まらない。体が嫌な音を立てる。目を硬く閉じたまま、ありもしない望みにかけてみたりする。エレンみたいに巨人覚醒イベント、ならないかな。無理だ。普通の町娘の生まれだってとっくに調査済み。あーあ、見たかったな、この世界の全部。

 ついに、その時が来たようだ。むわりと死臭が身体を包む。湿っぽいなにかに入れられようとしている。歯がガチガチ音を立て、脳が危険信号を出して鳴り止まない。頭は落ち着いていても、体は死から必死に逃げたいようだった。もがいてみる。体が巨人の唾液に絡みついて、滑るだけでピクリともしない。唾液は所々真っ赤な塊や皮膚が混じって見えた。粘ついた透明な液が絡み付いて、肌をゆっくりと流れ落ちてく。喉の奥からする生暖かい匂いが嗚咽を誘う。
 高望みし過ぎたんだ。今世は。転生者だからって小説みたいにはいかない。凡人が主人公にはなれないんだ。来世は転生者なんかじゃなくて、脇役でもなくて、一度目の世界で普通に暮らしたいな。

──あいつは?

 親友を囮にしたあいつは?開拓地で働くことになる。そこへ、訓練兵団の募集。あたしはエレンと同い年、彼女も同じ。あたしがやりたくてたまらなかった。あたしがするはずだったこと。それを、あいつがするの?あたしはここで惨めに死んで、大好きなキャラクターに認知もされていないのに。

 羨ましい。不公平だ。そんなのおかしい。あいつが死ぬべきだ。あたしがあいつを囮に使うべきだった。助けなきゃよかった。あんなの見捨てて逃げればよかったのに。妬ましい。あたしは痛くて苦しくて辛いのに。あたしをこんなにしたあいつはあたしがしたいことを全部できるの?あたしの人生はここで終わり。あいつは生きる。生きて、これからもみんなの記憶に刻まれる。

「ふざ、けんな…よ!!」

 腹がミシミシ音を立てる。喉から血反吐が滝のように流れ出る。地面に真っ赤な絨毯を作る。石畳の淵に流れ込んで、川を作る。内臓が裁かれて、突き破って紐みたいにぶら下がった。冷たい。歯が体に押し当てられている感覚がした。喉から胃液と血を地面に撒き散らす。喉が。泥が喉に詰まっているみたいに苦しい。

「ずるい!ずるいぃああああああ!!!」

 頭蓋骨が卵の殻みたいにぐしゃりと潰れて、絶叫した。喉が焼けるように痛い。喉の皮膚が引き伸ばされて裂けているせいで内側に風があたっていて、冷たい。脳みその一部がちぎれて、巨人の喉に落ちて行く。

「おかあさ……」

 何かが液体の中にボトボトと落ちた音がする。小さくて醜い潰れた無花果のような何かは、故郷と同じ真っ青な青空に手であった部位を伸ばす。

「…しぃに…だぁくな」

 巨人の歯が降りてきた。血走った目が歯に押し出されて、外に飛び出る。潰れたりんごジャムのような何かが巨人の口からこぼれ落ちた。赤い糸を引いた目玉はかつての親友の背中を、いつまでも、見つめてた。