◇ vendange 壱


我ながら、厄介な相手を好きになったもんだ。

俺と太宰がポートマフィアに入って直ぐ、当初お目付け役として紹介された人、なまえさん。
その頃すでに準幹部だったなまえさんは、仕事が出来る上に大人の落ち着きだったり、色気だったりを兼ね揃えた人だ。
俺と太宰の憧れの人。
なまえさんを賭けたゲェム勝負を何回したか知れない。

俺は譲った心算は微塵もなかったが、太宰はなまえさんを自分のものだと触れ回った。
いつの間にかそれが暗黙の了解となり、なまえさんに手を出そうとする輩はいなくなった。
それはいい。
だが、"太宰の女"というのだけが許せなかった。
なまえさんもなまえさんだ。
しつこく逢引を誘ってきていた輩を払えたと、敢えて訂正をしなかった。
俺がどれ程もどかしい気持ちでいたかも知らないで。
…いや、当時俺が未だガキで、なまえさんを守る力がなかったのが悪い。

なんて、過去のことを感慨深く思い出してしまうのは、年に一度、嫌でも訪れる大して目出度くもねぇ日をあと数分で迎えるからだ。
それでも、こんな日も悪くないと思えたのは、なまえさんが毎年祝ってくれていたからだった。
太宰がいなくなるまで。

太宰がポートマフィアから姿を消した後、なまえさんは酷く胸を痛めていた。
なまえさんが胸を痛めてやる必要なんてないのに。

止められなかった、と。

太宰は姿を晦ます直前、なまえさんを訪ねたのだと、なまえさんがこっそり教えてくれた。
それは、なまえさんの中から自分という存在を消さない為の太宰の策略だと、何度言い聞かせても受け入れられなかった。
太宰の悪趣味を心底恨んだ。

それからというもの、なまえさんは俺に対して余所余所しく、腫れものに触れるかのように接した。
俺も俺で、忙しさにかまけるフリをして、なまえさんから距離を置くようになった。
ぎこちない笑顔を見ているのが辛くて。

それでも未消化の想いは燻り続けている。
遠くにその姿を見つければ目で追ってしまうし、太宰がいなくなったことで、再び纏わりつく輩が現れては排除にかかった。
なまえさんに関する情報は、幹部権限で必ず俺に報告するよう指示もしてある。
準幹部という立場のなまえさんを追い越した今、そういったことは造作もなかった。

書類に向けていた視線を天井へ向け、軽く息を吐いた。
横目で掛け時計を見ると、丁度、長針と短針が重なろうとしていた。
ぴたりと重なった瞬間、衣嚢が断続的に振動を繰り返す。
正確には衣嚢に入れてある携帯端末が、だ。
勝手に心拍数が徐々に上がった。
若しかしたら、止まらないこの振動は、なまえさんからの着信かもしれない。
どこにも根拠はなかったし、そうであってほしいという唯の願望だ。
そう言い聞かせながら、未だ震える衣嚢に手を伸ばし携帯端末を取り出す。

表示されている名前がなまえさんだったのなら…この気持ちが腐ってしまう前に、打ち明けるのもいいかもしれない。

煩く早鐘を打つ心臓を抑え、画面を見ようとした、その瞬間。

「失礼しまーす!お疲れ様っす!」

最悪のタイミングで、立原が執務室の扉を開けた。
正直、心臓に悪いレベルで吃驚した。
手にしていた携帯端末が、執務机の上に滑り落ちてしまうくらいには。
上を向いて震え続ける携帯端末は、"立原"からの着信を知らせていた。

「……立原、手前ぇ」

「え、なんすか?中也さん、中々電話出てくれないから、迎えに来たっす!」

俺の心情など、当然、露ほども知らない立原は、あっけらかんとしていて怒る気も失せた。

「なんだよ、迎えって。今日はもう任務は」

「飲みに行きましょうよ!中也さんいないとつまんねぇし、つか財布がいねぇし。」

「おいコラ立原。本心ダダ漏れだぞ、潰されてぇか。」

軽く脅しつつ、机上の書類をまとめに入る。
今日はもう終いにして、立原達と飲みに行こうとしてる自分がいた。
無性に酒を煽りたい気分だったからだ。

その理由を、忘れてしまえるくらいに。




2019.05.06*ruka


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*confeito*