◆ vendange 弐
「だぁーから、手前ぇらにはなまえさんに指一本触れさせねーっつってんだろぉ」
中也さんを誘って、広津のジイさんと三人でいつものバーに来たのはいいが、まぁ早々に酔い潰れる中也さん。代わりに、俺、立原がお届けするしかねーか。
飲み始めこそ、アンニュイな雰囲気を漂わせていた中也さんだったが、二杯目くらいからいつもの調子になって、なまえさんの話を始めた。
この人、酔うといつもそれだなぁ。
よっぽどなまえさんのことが好きらしいが、酔ってる時以外は頑なに認めない。
酔ってない時に直接聞いたことがあったが、半殺しにされたので、それ以降は禁句となった。
まぁ酔うと本音をブチ撒けるから、意味ねぇと思うんだけど。
今もちょっとなまえさんの話題を振ったらこの有様だ。
面白くて意図的に振ってるのは、口が裂けても本人には言えないが。
「大丈夫っすよ、中也さんが睨み効かせてるから、誰も手出しできませんって。あっでも…」
三杯目の葡萄酒を差し出しながら、中也さんを宥めた。
意味深な言葉を語尾にチラつかせながら。
「ンだよ、さっさと言え。」
面倒臭い酔っ払いだな。
それにしても嫌な役回りだ。
これ言ったら俺の命が危険に晒されるって解ってんのか、広津のジイさんは。
「偶然この前、本当すっげえ偶然なンすけど、なまえさんが煙草購ってる所見たんっすよ。
でもなまえさんって煙草吸わないっすよね?アレって若しかして男…」
そこまで言いかけて、頭部を中心に腕で防御しつつ、固く目を瞑った。
殴られると思っていたからだ。
だが、いつまで経っても拳は飛んでこないし、怒声も響かない。
逆に怖ぇよ。
不気味な沈黙に、ゆっくりと目を開き、中也さんを見る。
固まっていた、微動だにしねぇ。息してるよな?
中也さん越しに見える広津のジイさんが、やけに落ち着き払っていて若干腹立つな。
「あー…俺の、見間違えかも知れないっす!さーせん!」
「ンな訳ねぇよ。あんなイイ女、早々いねぇからな。」
喋った。意外と平気そう…なのか?
それだと、こっちの企画倒れになり兼ねないから困るんだが。
大泣きぐらいしてくれたらよかったのに。
「なまえさんもいい齢だからな、好きな男ぐらい」
「ちょっと。誰がいい齢なのよ、中也。」
なまえさん、最高のタイミングでの御登場あざッす!
中也さんは、豆鉄砲でも喰らったかのように吃驚している。
よっし!狙い通りだ。
広津のジイさんに、こっそり親指を立てて合図を送ったら、目を細めて笑ってた。
本当の爺さんみたいだな。
「な、どうしてなまえさんがここに!?」
動揺を隠せない中也さんは慌てて席を立った。そしてその弾みで手にしていた葡萄酒を溢すという粗相をした。
仕様がねえ酔っ払いだな、まったく。
慣れている俺は、手拭きで中也さんのジャケットにかかった葡萄酒を拭こうとした。
「立原、いいよ。」
なまえさんが俺の手から手拭きを取ると、そのまま中也さんのジャケットに宛てがいポンポンと叩いた。
中也さんは茹蛸みたいに真っ赤になっていた。
「久々に顔を合わせたと思ったら、随分じゃない。」
「いや、違ッ…違うんだよ!イテテテテ!」
なまえさんが言い訳をする中也さんの頬を抓った。
まるで十五そこらのガキみたいな反応に、必死に笑いを堪える。
「抑も、幹部命令で呼び出されたのだけれど、中原幹部殿?」
尚も中也さんの頬を抓り、引っ張りながら言うなまえさんに、中也さんは目を丸くした。
当然だ、なまえさんを偽りの幹部命令で呼び出したのは俺らなんだから。
「なまえさん、何言って」
「中也さん、今日誕生日でしょ。俺らからのお祝いッす。」
広津のジイさんの横に移動してネタばらし。
なまえさんは、そういうことかと納得してくれた様子で、眉を下げて笑った。
中也さんはというと、なまえさんから解放された頬を摩りながら俺を横目で見ていた。
時間差で怒られるパターンか、これ。
人知れず歯を食い縛る。
然し、小さく聞こえた礼の言葉がその可能性を否定した。
中也さんはなまえさんを前にすると、急に幼くなる。
嗚呼、そうか。
出会ったのが十五で、その時からずっと、変わらず好きだって言ってたか。
感覚が戻ってしまうのだろう。
酔ってると、そういったことも赤裸々に話してくるから、こっちが恥ずかしくて死にそうになる。
微笑ましくもあるが。
「なまえさん、男ができたんだろ。いいのかよ、こんなとこで酒呑んでて。」
ちゃっかり自分の隣のスツールを空けて着座を促すくせに、皮肉る中也さん。
不覚にも少し可愛いと思ってしまった。
本人に言ったら半殺しじゃ済まないだろうな。
そこ、俺の席だけどな。
なまえさんが来てくれて嬉しいと、こんなにも解り易く顔に出ている。
それはもう、太字のマジックででかでかと書かれているのも同然だ。
「私に、男?またそんな仕様もない冗談を間に受けてるの。
…だから、治に揶揄われるのよ。」
小さく笑いながら、促されるままなまえさんはスツールに腰掛けた。
「だ、太宰は今関係ねぇだろ!」
「それにね、"見えない用心棒"が私の周りを清く保ってくれてるから、私に男を作る隙はないのよ。
中也が一番よく知ってると思うけれど。」
「……ふん。」
楽しそうに笑うなまえさんは、中也さんの頭を撫でた。
すげぇ…
中也さんの頭を撫でても怒らない。
怒るどころか、中也さんが嬉しそうにしている。
なまえさんって、すげぇ。
つか、中也さんが日々なまえさんに近付く輩を排除してたこと、知ってたのか。徹底してたからな、気付くか、普通。
そんなことを考えながら、なまえさんの隣の空いているスツールに、腰を下ろそうとした瞬間。
「おい、立原。」
そう、本当に瞬間。
今日イチ低い声で名前を呼ばれる。
そして、今日イチ鋭く睨まれる可哀想な俺。
「さーせん!」
なまえさんの隣に座るだけで、これだ。正確には、未だ座ってすらいねぇけど。
なまえさんに手を出そうなんて、猛者いるわけ…
あ、いたわ一人。
包帯塗れの元ポートマフィアの探偵社員。
まぁ、あの人は特別として。
中也さんの隣に座っていた広津のジイさんが、ひとつ席を空けてくれたから、俺はそこに座った。
その間中也さんは、なまえさんと楽しそうに話をしている。
お祝いは大成功だな、こりゃ。
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2019.05.07*ruka
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*confeito*