◆ adagio 壱


「作ちゃん、そっち行った!」

ヨコハマの街の片隅に、元気な声が響いた。
とある賃貸しの駐車場で這いつくばる二つの陰。織田作之助となまえだった。
ポートマフィア最下級構成員の両名は、対象の捜索及び捕獲を任命され、絶賛作戦行動中である。
何故這いつくばっているのか、それは対象が人ではなく猫だからだ。
駐車してある車体の下を覗き込む織田。

「ち、ち、ち、おとなしく出てこい。お前の行動はお見通…」

織田は異能力”天衣無縫”を使い、数秒先を視る。
一秒後に猫が逃げる方向へ回り込めば良い。
そう思ったが、その更に一秒後、猫と同じ方向へなまえが猛スピードで突進し猫を捕獲するものの進入してきた車と激しく衝突する未来が視えた。
織田は咄嗟に保護対象を猫からなまえへ変更し立ち上がると、丁度猫となまえが交錯するところだった。
織田はなまえの体を包むように抱き、車が進入してくるであろう方向と逆へ跳んだ。なまえが固いコンクリートの地面に叩きつけられないようにと、一瞬の判断で自分の体となまえとを入れ替えた。

「さ、作ちゃん!ごめん…大丈夫!?」

なまえは織田に抱えられたまま顔を上げ問う。

「なまえこそ無事か、怪我は。」

少し呻いた後、織田がなまえを抱えたまま上体を起こす。
織田に跨がる恰好になったなまえが涙目で答えた。

「私は大丈夫、それより作ちゃんは?痛いとこは?あ、頭打ってるかも!救急車…」

「落ち着け、なまえ。俺は問題無い、お前が無事なら救急車は必要ない。」

優しくなまえの頭をぽんぽんと叩くと、なまえは織田の胸に泣きついた。
両腕で猫を抱えている為、顔を押しつける。

「ごめ、ごめんね、いつも邪魔ばっか…」

泣きじゃくるなまえの背中を摩って、落ち着かせようとする織田。
なまえは龍頭抗争の際に、織田に助けられたのを切っ掛けにポートマフィアの一員となり、そのまま織田の部下となった。
また、同抗争によって身寄りを失くした為、公私共に織田の世話になっていた。
その恩を返したいと日々奮闘するなまえだが、中々思う様にはいかず、失敗を重ねては織田に泣きつくのが常となっていた。
織田の慣れた手つきはその所為である。

「なまえ、邪魔なんてしていないだろう。今だって、その手の中にあるのは何だ。」

なまえは鼻を啜り、猫と言いながら織田を見つめた。

「俺たちの今日の任務は何だ。」

「フロント企業社長の愛猫の捜索及び捕獲…」

未だ涙目で答えたなまえの頭を撫でると、ほんの少し、織田は笑った。

「任務完了だ、お疲れさん。」

織田の優しさに、再び涙が溢れ出すなまえ。織田の肩口へ擦り寄ると、優しい両腕が体を包んだ。

「なまえ、鼻水はつけるなよ。」

「はぁい…」



無事に猫を引き渡すと、盛大に感謝された二人が並んで道を歩いていた。
報告へ戻る途中、突然なまえが織田の後ろへ隠れ、あからさまに厭そうな顔をした。
織田はそれが何か解ったらしく、前方を見てその原因に声を掛けた。

「太宰。」

織田の背中にしがみつくなまえは何故声を掛けるのかと言いたそうな表情で織田を見上げる。
それに気付いていながら一切気にせず、太宰に近付く織田。

「やァ、織田作。仕事終わりかい、お疲れ様。」

織田に気付いた太宰が振り向き挨拶をした。織田は挨拶を返しながら、なまえの背を前へ押し出す。

「ほら、幹部に挨拶は。」

厭がるなまえに挨拶を促す姿が父娘の様で、太宰は笑いを堪える。
その様子に舌打ちをしつつ、明後日の方向を見ながら渋々挨拶をするなまえ。

「オツカレサマデス、ダザイカンブドノ。」

全くと言っていい程に感情がこもっていないなまえの挨拶に、織田は小さく溜め息を吐く。

「お疲れ様、おちびちゃん。今日も可愛らしいね。今の舌打ちは聞かなかったことにしてあげよう。」

年齢差は然程ないものの、太宰はなまえを子ども扱いすることが間々あった。
それもあって、なまえは太宰を敵視していた。敵意を抱いているのはなまえばかりで、太宰に面白がられている事には気付いていない。

「すまない、太宰。後で確り躾けておく。」

「いいよ、いいよ、気にしていないから。」

「そうだよ、作ちゃん!いいよ、太宰なんて」

「なまえ。」

「だ、太宰幹部なんて」

「そこじゃない。」

「え?」

なまえと織田の遣り取りに、顔を抑えて笑う太宰が思い出したように言った。

「そういえばなまえちゃん、配置換えがあるみたいだよ。」

その数日後、中規模の人員調整による配置換えが行われた。
織田はそのままだったが、なまえが全く別の地域に配属された。
当然、織田とは離ればなれになってしまった。

それから更に数日経ったある夜の事。
織田と太宰は行きつけのバー・ルパンで肩を並べていた。

「太宰、なまえの事なんだが。」

織田の開口一番は、なまえの事だった。
太宰は軽く返事をしつつ酒杯を傾ける。

「毎晩泣いているんだ。泣き疲れると眠るんだが、泣いている理由が解らん。」

そう言って頭を掻く織田を、太宰が笑う。

「理由なんて、本人に聞けばいいじゃないか。」

「…聞いても答えないうえに、俺の前では笑ってみせるんだ、下手くそな作り笑いで。」

織田が溜め息を吐いて酒を煽る。
太宰は体半分を織田へ向け、片肘を突いて頭を支えた。

「泣き止ませるなんて簡単さ。」

薄く口を歪ませる太宰から、織田は静かに視線を逸らした。



翌日からなまえは、太宰の指揮する部隊の中に居た。

「おちびちゃん、顰めっ面はやめなよ。」

「ちっ…ハイ、ダザイカンブドノ。」

なまえの無礼な態度に太宰が怒る事はなく、愉しそうに笑った。

「なぁんだ、いつも通りじゃない。」

太宰の言葉になまえは眉を顰め、顔を背けた。

「ねぇ、君が今すべきことは何だと思う。」

その問いになまえは押し黙る。
太宰も返答を待つ心算はないらしく、少しも気にする事なく続けた。

「織田作に隠れておめおめと泣くことかい。
バレないように繕っているみたいだけれど、下手な演技なら打たない方がマシだ。かえって織田作に心配をかけているって解らないの。」

容赦のない太宰の言葉に、なまえは顔を真っ赤にして鋭く睨みつける。
然し、返す言葉がないのも事実だった。

「織田作の近くに居なくても恩返しならできるだろう。
例えば、織田作につまらない任務が廻らないようになまえちゃんが数をこなすとか。」

その日の夜から、なまえは泣くことをやめた。
また、笑うこともなくなった。




2019.11.14*ruka


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*confeito*